★3月3日、政府は、高齢ドライバーによる交通事故防止対策として、75歳以上で、一定の違反歴があるドライバーが運転免許を更新する際、「運転技能検査」を義務付け、一定の基準に達しなければ免許更新を認めないとする新制度や、「あおり運転」への罰則強化、タクシー運転手等に必要な第2種運転免許の受験資格要件の緩和などの道路交通法の一部改正案を閣議決定した、とのニュースが翌日4日の新聞各紙で一斉に報じられたことは周知のことと思われますが、本稿では、この道交法一部改正案のうちの一つ、2022年に施行予定しているという、75歳以上の運転者の免許更新制度の改正案について、新聞各紙の記事等を参照して、その概要を紹介するとともに、問題点等を検証してみようと思います。
★まず、75歳以上の運転者の免許更新時に運転技能検査(実車試験)を実施しようとする狙いは、高齢ドライバーによる交通事故は、他の年齢層のドライバーによる事故に比べ、いわゆる「操作ミス」によるとみられる事故が多いという特徴が認められることに鑑み、特に75歳以上のドライバーのなかには、加齢による心身機能の低下の結果、運転技能が衰え、安全運転に差し障りがある者が少なくないのではないか・・・との考えから、免許更新時に運転技能検査を導入することで、運転技能の衰えによる「操作ミス」事故の防止に資する、ということのようです。ただし、既に制度化されている「認知機能検査」は、75歳以上の高齢ドライバーが一律に受検する制度になっているのに対し、運転技能検査は、過去3年以内に一定の「違反歴」がある者に受検義務が課せられることとしており、一定の「違反歴」については「政令」で定めるとしていますので、その詳細は目下のところ不明ですが、信号無視や大幅なスピード違反などを想定しているとのことです。
★また、受検期間は「認知機能検査」と同様、免許更新期限の半年前からとし、まず、「技能検査」を受け、「合格」すれば「認知機能検査」を受けてもらう流れとすることで両検査の運用の円滑化を図るとしていますが、「技能検査」で「不合格」となった場合は「認知機能検査」も受検できないこととなりますが、「技能検査」は繰り返し受検できるとしています。しかし、「不合格」のまま更新期限が過ぎてしまうと免許は「失効」ということになります。そのため、運転免許が「失効」し、日常生活に致命的な打撃を受ける者も出てくるおそれがありますので、そうした者の救済措置として「安全運転サポートカー」のみを運転できる任意制の「限定免許」を創設することも改正案に盛り込んでいます。なおまた、運転技能検査は、運転免許試験場や指定の自動車教習所等のコースで試験官が立ち会いのもと行い、試験内容や合格基準(減点方法等)は内閣府令などで定めることとしているため、現時点ではその詳細は不明です。
★以上が、去る3月3日に閣議決定された道路交通法の一部改正(案)中の高齢運転者対策、つまり、75歳以上の運転者の免許更新時における運転技能検査(実車試験)の導入にかかわる一部改正(案)の概要です。確かに、高齢ドライバーによる交通事故防止対策としてその運転技能に着目した対策が検討されて然るべきであることは、かつて、この「雑記」でも記したことがありますが、その必要性の可否やあるべき制度にかかわる社会的な議論がほとんど為されないままに、いわば唐突に閣議決定されたかのようにしか思えないこの一部改正案は、あまりにも拙速的で不備が目立つものに思います。まず、運転技能検査受検の対象者を75歳以上で過去3年以内に「一定の違反歴」を有する者と限定していますが、果たして、この限定がどれだけの有意性を持つのか、この点にまず疑義を持っていましたが、折しも、3月9日の朝日新聞の社説でもこの問題を取り上げ、「高齢運転者による死亡事故事例を見ると、8割以上は過去3年以内に違反行為をしていない」とし、だから、新たに導入しようとしている運転技能検査は「実効性が薄い試験になってしまうのではないか」という懸念を表明しています。
★ちなみに、朝日新聞・社説に「高齢運転者による死亡事故事例を見ると、8割以上は過去3年以内に違反行為をしていない」とありますが、高齢運転者の年齢区分が明記されていません。ただ、文脈からすると、多分、75歳以上の高齢運転者に限ってのことだろうと推測されます。というのも、弊社編集部が所有する交通事故分析データでは、65歳以上の高齢ドライバーという区分でのデータしかありませんので、それと照合すると、数値に比較的大きな違いがあるからですが、いずれにしても、「違反歴」と事故惹起の因果関係はそれほどの有意性があるものとは思えないことは確かです。参考のため、弊社編集部が公益財団法人・交通事故総合分析センターの基礎データを基に独自に集計分析して所有しているデータ(交通事故の第一当事者になったドライバーの「過去5年以内の違反歴」別事故発生状況・2018年)を紹介してみると、まず、全年齢層の人身事故全体では、「違反歴あり」が52%ほどを占め、「違反歴なし」の47%ほどよりも多いことは確かですが、その差はわずかで、特に高齢運転者(65歳以上)に限ってみると、「違反歴なし」が半分以上(54%)を占め、他の年齢層に比べ「違反歴なし」の者による事故の方が多いという状況になっています。特に死亡事故に限ってみると、その傾向は一層顕著で、全年齢層では「違反歴なし」が47%ほどに対し、65歳以上の高齢者は「違反歴なし」が55%余になっています。
★さらに参考のため、弊社編集部では「交通事故の第一当事者になったドライバーの『過去5年以内の事故歴』別事故発生状況・2018年」も有していますが、それをみると、全年齢層の人身事故全体でも、65歳以上の高齢者の場合でも、90%以上の事故が過去5年以内に「事故歴なし」の者によって引き起こされており、死亡事故に限ってみても、ほとんど同様の状況になっています。つまり、少なくとも過去5年以内の事故歴の有無は事故惹起のリスクの高低と明確な因果関係にあるとはほとんど認められないという結果になっています。こうした状況を勘案すると、75歳以上に限るとはいえ、過去3年以内に違反歴がある者に対し、その運転免許更新時に運転技能検査の受検を義務化するという今度の一部改正案は、その妥当性の根拠が極めて希薄であると思わざるを得ないのです。しかし、特に75歳以上の高齢ドライバーは加齢による心身機能の衰えに伴い運転技量も総じて低下していることは確かでしょうから、運転技量にかかわる何らかの対策が必要であることには大いに同意するものです。ちなみに、先に紹介した朝日新聞の社説では、75歳以上を対象に義務づけられている「認知機能検査」と事故惹起の因果関係に関しても「死亡事故を起こした高齢者の約半数は、この認知機能検査で、問題なし、と判定されていた」と現行の「認知機能検査」の有効性にも疑問を呈し、「実際に運転してもらって技能を確認し、水準に達しなければ免許を失効させるというのは理にかなう」とはしていますが、それがいきなり、運転技能検査の受検の義務化というのではあまりにも拙速すぎると思うのです。特に、過去3年以内に違反歴がある者に限って運転技能検査を義務づける、というのでは、その妥当性の根拠があまりにも希薄すぎると思うのです。かといって、朝日新聞の社説でも指摘しているように、「対象を広げすぎると、反発が予想され、更新業務にも支障が出る」おそれがあります。
★これらのことを総合的に勘案すると、先の社説で提言しているように、現在、「70歳以上に課せられている講習時の実車指導との連携を図り、異状が認められれば、強制力のある実車試験につなぐ仕組みを検討する」のがベターだと思います。しかし、それが実効性を持つためには、まず、現在、70歳以上に課せられている「高齢者講習」時の「実車指導」の在り方そのものを検証し、問題点等を明らかにした上で抜本的な改善を図ることが必要不可欠だと考えます。というよりも、高齢ドライバーによる交通事故防止対策として、「高齢者講習」の受講義務化や「認知機能検査」の受検義務化に次いで「運転技能検査」受検の義務化という新たな手立てを矢継ぎ早、安直に導入する前に、これまで実施してきた「高齢者講習」や「認知機能検査」の成果や実情等を検証し、問題点や改善点はないかを真摯に検討してみることこそが今、早急に求められていることだと思います。
★都道府県によっても多少、実情が異なることもあるようですが、まず、「雑記子」も2回の受講経験がある「高齢者講習」について、そのなかでも、本稿で問題としている「実車講習」について、その実情等を記してみようと思います。まず、実車運転するコースが実際の道路ではなく、自動車教習所内の箱庭的コースであることが問題であると思っています。そして、そこでの「実車講習」は、その決して広いとは言い難い箱庭的コース内に設置されている一時停止等の標識や信号機の信号に従って、コースを周回するほか、コース内にあるS字コースやクランク・コースの走行とバックでの車庫入れとなどを行うのですが、それは受講者の皆が、何十年か前の運転免許取得時に運転教習の仕上げとして行った実車教習と同じような内容で、少なくとも「雑記子」には、正直、こうした実車講習が今後の安全運転確保にどれほど役立つというのか・・・と、懐疑的にならざるを得ないものでした。もちろん、受講者のなかには、70歳以上の高齢運転者とはいえ、いわゆる「ペーパードライバー」や、たまにしか運転しないという人も少なくありませんので、そうした人のなかには、運転技能の基本を改めて確認させられたとしてその意義を認める人もいるとは思いますが、高齢運転者の運転技能をチェックし、安全運転の確保、事故防止への実践的なアドバイス・指導を行うことが狙いであるならば、自動車教習所内の箱庭的コースでの実車指導ではなく、実際の道路での、いわゆる「路上教習」を取り入れるべきで、その高齢ドライバーが日常的に運転している道路で、なおかつ、その高齢ドライバーが日常的に運転している自身の車に指導員が乗り込んでチェック・指導する、そうした仕組みをきちんと確立することがベストであると思うのです。
★また、現状の「高齢者講習」の「実車講習」の問題点として、多くの受講者が違和感を訴えるのは、その「実車講習」の車には、本人と助手席の講習指導員のほか、後部座席に他の受講者も同乗していることで、余分な緊張感を強いられることです。「実車講習」にかかる人手・教習指導員の省力化ということを勘案した結果なのかもしれませんが、後部座席で順番待ちする人にとっても時間の無駄ですし、何よりも、受講者本人と講習指導員の二人だけなら、率直で忌憚のない評価・アドバイスのやり取りも可能でしょうが、後部座席に他人が同乗している場面では、それにもおのずと制約がかかるはずで、「実車講習」の意義も半減してしまうと思った次第です。さらにまた、受講者のなかには、普段乗り慣れている自分の車とは大分勝手が違う教習所の車を運転することに戸惑う人も少なくありません。こうした問題点を抱えている「高齢者講習」を見直し、改善することなく、唐突・拙速的に導入しようとしている「運転技能検査」制度は、果たして本当にその狙いを達することができるものになるのか、大きな疑義を持たざるを得ないのです。
★しかしながら、「矢は既に放たれた」、すなわち、75歳以上の高齢ドライバーの免許更新時に「運転技能検査」を義務づける道路交通法の一部改正案はすでに閣議決定され、国会に上程されたのですから、この一部改正の意義性を少しでも高めるためには、今後にその詳細が決定される「政令」や「内閣府令」などの一部改正作業を厳正に進めてくれることに期待するしかありません。念のため、「政令」というのは、法律の規定を実施するため、または法律の委任に基づいて発せられる内閣の命令のことで、また、「内閣府令」というのは、法律または政令を施行するために発せられる内閣総理大臣の命令のことを言います。そして、この度の道交法の一部改正に限ったことではなく、法律全般の一部改正に共通していることですが、3月3日に閣議決定された道交法の一部改正案というのは、あくまでも「法律」の、いわば骨格部分だけで、「運転技能検査」が義務づけられる「一定の違反歴」とか、「運転技能検査」の試験内容や合否基準などといった肝心の詳細部分は、「政令」または「内閣府令」などで定める、となっているだけで、その「政令」または「内閣府令」などの策定作業はこれから行われるのですから、その作業がより厳正に行われれば、この度の道交法の一部改正の意義性を今少し高める可能性が残されているということです。
★ちなみに、3月3日に道交法の一部改正案を決定した閣議では、改正法が成立すれば、有識者会議を設け、然るべき議論・検討をしたうえで、「運転技能検査」が義務付けられる「一定の違反歴」とか、「運転技能検査」の試験内容や合否基準などといった詳細部分を「政令」や「内閣府令」などで定める、としていますが、その内容が一般に明らかにされるのは、これまでの通例で言えば、改正法施行日の早ければ半年ほど前、遅ければ2〜3か月前のことで、それまでは、有識者会議での議論・検討が行われるとはいえ、その議論・検討の経緯は、ほとんど一般に公開されることなく、しかも、最終的には関係当局部内の作業で決定され、新たな義務を課せられることとなる肝心の高齢運転者や市民一般らが何も知らないままに、いきなり政令、内閣府令等として発令されてしまう、というのがこれまでの手順・流れでしたが、そうしたこれまでの手順のままでは、この一部改正の意義性を今少し高めることはできないと思います。
★そこで、今回の一部改正に伴う「政令」や「内閣府令」などの策定に当たっては、まず、内閣が設置するとしている有識者会議での議論や検討の経緯等を逐次一般に公開し、また、新たな義務を課せられることとなる肝心の高齢運転者や市民一般らの意見・意向を反映させる機会をも設け、それらの意見・意向をでき得る限り取り入れながら「政令」や「内閣府令」等の詳細を決めていく、そうした手順を取ることによってこの度の一部改正の意義性を今少し高めることが可能になるのではないかと思いますので、そのことを敢えて記し、その実現を切に願って本稿の結びとしましょう。(2020年3月23日)