★2020年、正月三が日明け早々の4日、テレビ、新聞のメディアでは一斉に衝撃的なニュースが報じられました。アメリカ国防省が敵対するイラン革命防衛隊の精鋭組織「コッズ部隊」のカセム・ソレイマニ司令官をイラクの首都バグダッドで殺害したことを公表したというもので、イランの最高指導者ハメネイ師は「厳しい報復」を宣言、イラン・ロウハニ大統領も「必ず復讐を行う」とする声明を出し、アメリカとイランの敵対関係、中東情勢の緊迫化が一気に高まり、1月8日にはイランがイラク駐留の米軍基地2ヵ所にミサイル攻撃を行いました。しかし、イランが報復に動いた場合は直ちに反撃する方針を示していたアメリカ・トランプ大統領は即座の武力的反撃を見合わせたことで、世界中がひとまず安堵しました。とはいえ、事態は予断を許さず、世界情勢を揺るがす緊迫化の火種は一触即発の危険を抱えたままの前途多難な年明けになったと言えましょう。
★振り返って、この「雑記」の本領である交通安全界の行方をみると、これまた前途多難と言うべきか、行く末に大きな不安・危惧を感じざるを得ない大改革が現実のものとなるのがこの新年です。まず、昨年の12月1日、スマートフォンや携帯電話を使いながら車を運転する、いわゆる「ながら運転」を厳罰化する道路交通法の一部改正が施行され、テレビ、新聞等でも一斉に報道されました。この一部改正は、昨年5月の通常国会で審議・可決され6月に公布されたものですが、この時、可決・公布された道路交通法の一部改正は、「ながら運転」の罰則強化だけではなく、「ながら運転」の厳罰化以上に重要と思われる一部改正も行われており、それが今年2020年の5月下旬までには施行されることになっていますが、施行日がまだ先のこととあってか、テレビ、新聞等での関連報道がほとんどみられません。しかし、繰り返しになりますが、「雑記子」は「ながら運転」の厳罰化以上に重要な一部改正であり、かつ、問題・疑義も大きい一部改正だと思っていますので、本稿ではこの一部改正を取り上げて紹介し、問題点等を検証していくことにします。
★「ながら運転」の厳罰化以上に重要なことだと思う一部改正とは、「自動運転技術の実用化に対応するための規定の整備」です。政府は、かねてから、「高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部」の「官民ITS構想・ロードマップ」や「未来投資会議」の「実行計画」等で、2020年をめどに、高速道路での「レベル3」の自動運転(トラックの隊列走行)、過疎地などでの「レベル4」の自動運転(移動サービス)を実現させる方針を明らかにしていましたが、今年5月下旬までに施行予定の道交法の一部改正は、その実現を具現化するための必要不可欠なステップとなる規定改正です。しかし、その「自動運転技術の実用化に対応するための規定」とは、あくまでも「レベル3」の自動運転の公道走行を可能にするための規定にすぎず、この一部改正では「レベル4」の自動運転の公道走行を実現することは断じて不可能です。「レベル4」の自動運転の公道走行(移動サービス)も2020年をめどにそれを実現することを公表している政府方針からすると、極めて中途半端であまりにも場当たり的すぎる一部改正だと言わざるを得ませんが、とりあえず、そのことはさておき、今年5月に施行予定の道交法の一部改正の「自動運転技術の実用化に対応するための規定」を改めて紹介し、その問題点等を検証してみます。
★まずこの一部改正では、道路交通法第2条(定義)第1項の第13号(路面電車の定義)の後に「第13号の2」として「自動運行装置」という新たな定義を追加しました。その「自動運行装置」とは、「道路運送車両法第41条第1項第20号に規定する自動運行装置をいう」とされ、その具体的な規定は、昨年6月公布の道路交通法の一部改正に先立って、同年5月の通常国会で審議・可決され、5月中に公布された道路運送車両法の一部改正で新規に規定されているものです。ちなみに、その道路運送車両法の一部改正による新規定を一部意訳的に紹介すると、「コンピューター・プログラムにより自動的に自動車を運行させるために必要な、自動車の運行時の状態及び周囲の状況を検知するためのセンサー並びに当該センサーから送信された情報を処理するためのコンピューター及びそのプログラムを主たる構成要素とする装置であって、当該装置ごとに国土交通大臣が付する条件で使用される場合において、自動車を運行する者の操縦に係る認知、予測、判断及び操作に係る能力の全部を代替する機能を有し、かつ、当該機能の作動状態の確認に必要な情報を記録するための装置を備えるものいう」となっています。正直なところ、コンピューターやそのプログラムに関する基礎的な知識すら持ち合わせていない「雑記子」などは、この改正規定を読んでも、「自動運行装置」とは、ともかく、ドライバーがハンドルやアクセル等を操作しなくても自動的に車を走行させる装置、という程度の理解しかできませんが、多くの一般ユーザーも多分、大同小異なことだろうと思いますし、それでもさしたる問題は生じないと思いますが、核心の問題は、なぜ、この「自動運行装置」の定義づけを新たに付け加えたのか、という点です。
★その答えは簡単明瞭、道路交通法第2条(定義)第1項の第17号に規定されている「運転」の定義づけを変更するためです。どのように変更されたかというと、以下の通りです。すなわち、「道路において、車両又は路面電車(以下、「車両等」という。)をその本来の用い方に従って用いること(自動運行装置を使用する場合を含む。)をいう」というもので、カッコ書きのアンダーライン部分が新たに追加規定されたのです。そして、この「運転」の定義の規定追加は、ひとえに、目前に迫っている「レベル3」の自動運転の公道走行を実現するためのものにほかなりません。念のため、これまで、「車両等をその本来の用い方に従って用いること」とは、ドライバー(運転者)がその車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作して走行することと誰もが自明のこととして理解してきました。また、ちなみに、日本の道路交通法を策定・制定する際の国際的な準拠としたジュネーブ条約(1949年制定、日本は1964年に加盟・批准)には、「車両には運転者がいなければならない」、「車両の運転者は常に車両の速度を制御し、また、適切かつ慎重な運転をしなければならない」と明記されており、ドライバー(運転者)が介在しない車両の運転はまったく想定されていません。したがって、ドライバー(運転者)が介在しない自動運転(車)の公道での走行を実現するためには、現行道路交通法の抜本な大改革が必須の絶対条件であることを、この「雑記」でも繰り返し述べ、早急にそのための論議・策定作業を「社会的受容性」をしっかり確保しつつ、つまり、一般市民・ユーザーの理解・共感を得ながら促進するべきだと訴えてきましたが、明らかになった対応策は、現行法の「運転」の定義に「自動運行装置を使用する場合を含む」との一文を付け加えることで、いわば、「運転」の定義の強引な拡大解釈をもって急場をしのぐという、何とも安直すぎる対応策だと思わざるを得ません。
★確かに、2020年をめどに、高速道路での「レベル3」の自動運転(トラックの隊列走行)を実用化させるとしてきた政府方針からすると、まさに今年はその2020年、もはや、道路交通法等関連法の抜本な大改革を論議し、その策定作業をする時間的余裕をまったく失ってしまった今日、現行法の「運転」の定義を一部改正し、「自動運行装置を使用する場合を含む」との一文を付け加えた拡大解釈で急場を乗り切る以外の手立てはなかったというのが実情なのでしょうが、これでは、国内的にはともかく、国内法の準拠となっているジュネーブ条約との整合性が取れていないことは確かです。百歩譲って、現行法の「運転」の定義の一部改正をもって「レベル3」の自動運転の公道走行を実現したとしても、政府方針には、同じく2020年をめどに「レベル4」の自動運転(移動サービス)を実現させることも明記していますが、5月下旬までに施行予定の道交法の一部改正でこれに対応することはどう考えても無理なことです。また、新たな一部改正で対応するとしても、その時間的余裕はほとんどありません。こうした状況は決して「雑記子」のみならず、自動運転(車)の実用化を促進してきた当局・関係者らの誰もが十分に承知していたことであるはずです。にもかかわらず、なぜ、「レベル3」の自動運転の公道走行のみに限られる対応策に留めたのでしょうか、その点に大いなる疑義を持たざるを得ず、性急・拙速的に促進しているように思える自動運転(車)の実用化の行方に多大な懸念が膨らむばかりです。
★奇しくも、本稿執筆に着手した1月14日、1月11日の日本経済新聞に掲載された「業界全体で計画遅れ 完全自動運転」と題した取材記事が目に留まり、興味が引かれました。この1月にトヨタ自動車の副社長級エグゼクティブフェローに就任したギル・プラット氏が日本経済新聞の取材に応じ、そのインタビュー内容等をまとめた記事ですが、まず、以下に、少々長文になりますが、その記事のほぼ全容を紹介してみます。
★プラット氏はトヨタ自動車の自動運転の開発部門を率いているが、完全自動運転の実用化について「競合他社では計画が後ろにずれ込んでいるところがある」と指摘し、2020年代当初にも業界で実用化の動きが出始めるとされていた時期が遅れそうだとの見方を示した。ドライバーが運転に一切関与しない完全自動運転を巡っては米ゼネラル・モーターズ(GM)傘下のGMクルーズが「19年中」としていた無人タクシーの開始時期を延期すると同年7月に発表。証券アナリストらの間でも懐疑的な意見が目立つようになっている。また、プラット氏は人工知能(AI)が自動運転のために行う要素として「認識」「予測」「判断」の3つを挙げ、認識や判断はAIの得意分野だが、「人の脳と同様にAIに『予測』させることはそれほど簡単ではないことが最近、分かってきた」と話す。トヨタだけでなく各社共通の課題だという。トヨタは完全自動運転の導入時期を明言していない。「現時点では当初計画通りの開発状況だ。ただ他社が公表している計画は後ろにずれ込んでいる」と指摘。業界全体では完全自動運転の導入が当初見通しよりも遅れる可能性を示唆した。また、完全自動運転は「技術コストが膨らむため、稼働率が高いMaaS(移動サービス)の専用車両を使うのが現実的」との考えを述べた。 20年はホンダが条件付きで運転を自動化する「レベル3」相当の新型車を投入する予定だ。プラット氏はトヨタのレベル3の発売時期は明らかにしなかったが、「実用的な条件で実現するのは想像以上に難しい」と指摘。「レベル3の実現には『レベル4』相当の技術が必要になる」という。ただ、トヨタも高速道路での渋滞時など場面を限定するレベル3相当であれば、数年内に投入できるとの見方を示した。また、プラット氏は「社会受容性」を完全自動運転の実現に向けた課題の一つとして挙げた。一方で「課題は残るが完全自動運転の時代は必ず来る」と言い切る。
★以上が、1月11日の日本経済新聞に掲載された「業界全体で計画遅れ 完全自動運転」と題された取材記事のほぼ全容ですが、この記事による限り、「レベル4」以上の、いわゆる完全自動運転(車)はもちろん、「レベル3」相当の条件付き自動運転(車)も、政府肝いりでその実用化に向けた実証実験が盛んに行われており、テレビ・新聞等のメディアでもしばしばその報道が為されていることもあって、「雑記子」もその技術はもはや実用段階に至っているものと思っていましたが、いわゆるベンチャー企業の動向は不明ですが、少なくとも、トヨタや他の自動車メーカー各社においては、完全自動運転の導入は当初見通しよりも遅れるのが実情のようです。そうであるならば、今年2020年中に「レベル3」の自動運転の実用化を図るために、道路交通法上の「運転」の定義を改変、つまり、「運転」に「自動運行装置を使用する場合を含む」という一文を付け加えた、その場しのぎの感が拭えない今年5月下旬までに施行予定の道交法一部改正はもはや取り消すことはできないことでしょうから、この一部改正への先に記したような疑義をできるだけ早く解消するためにも、「レベル4」以上の自動運転の実用化を想定して、道路交通法の単なる一部改正ではなく、抜本的な大改革、つまり、現行法の制定・施行時にはまったく想定外であった運転者が介在しない自動車が共存することとなる、これまでのクルマ社会とは次元がまったく異なる「新たなクルマ社会」に対応できる新たな道路交通法および関連法の策定・制定に向けた諸作業を早急に開始すべきであることを強く提言します。
★なおまた、先のプラット氏も完全自動運転の実現に向けた課題の一つとして「社会受容性」を挙げていましたが、道路交通法等の抜本的な大改革作業を進めるに当たっては、「社会受容性」をしっかり確保しつつ、つまり、 一般市民・ユーザーにも関連情報をしっかり開示し、その認識を高め、かつ、その意向を汲み取りながら諸作業を進めていく、このことも確実に実行してもらいたいと強く願います。政府(高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部)の「官民ITS構想・ロードマップ」にも明記されているように、自動運転の実用化が無用な混乱・弊害を生じることなくスムーズに促進されていくためには、何と言っても「自動運転(車)を利用し、共存することとなる市民が、そのメリットを事前に把握しつつ参加することが不可欠」の要件であるからにほかならないからです。そして、自動運転(車)の実用化を促進していく当局・関係者らのすべてがこのことをしっかりその頭にたたき込んでおいて、常に「市民・ユーザー第一」のモットーで関連諸作業を促進してほしいと願わずにはいられません。(2020年1月21日)