★唐突ですが、警察では、発生した人身交通事故(以下、単に交通事故と記す)に関し、「交通事故統計原票」を作成しています。この「交通事故統計原票」には交通事故の発生日時や場所、第一当時者や第二当事者の氏名や年齢等はもちろん、当時の天候や路面の状況、道路の形状や線形、事故車両の種別、事故の「類型」や交通違反の種別等々、およそ100項目にも及ぶ調査項目があり、現場検証や事故当事者あるいは目撃者の証言などの捜査結果に基づいて該当項目のすべてが記入されることになっており、いわゆる交通事故統計はこの「原票」に記入された事項を集計した結果のものであるということになりますが、事故の第一当事者に関して言えば、「年齢層別発生状況」や「違反種別発生状況」などは多くの方が見聞きし、なじみがあると思いますが、「運転免許の経過年数別発生状況」を見聞きした方は極めて希なことだろうと思います。
★「運転免許の経過年数別発生状況」というのは、その事故の当事者が乗用車、貨物車、特殊車、二輪車(原付を含む)の運転者である場合、事故時の車両を運転することができる運転免許を取得してからの経過年数を調べて統計化したものですが、その経過年数は(1)1年未満、(2)2年未満、(3)3年未満、(4)4年未満、(5)5年未満、(6)10年未満、(7)10年以上に区分されているほか、(8)免許外・無免許等、(9)調査不能という項目もありますが、「雑記子」が問題視しているのは、1年未満〜5年未満は1年刻みになっているのに対し、あとは10年未満と10年以上の2区分だけになっていることです。5年以上10年未満がひとくくりというのは特段の問題はありませんが、少子高齢化が急速に進行し、65歳以上の運転免許保有者が1,863万人を超え、運転免許保有者の22%余りをも占め(※2018年末現在)、つまり、運転免許保有者の5人に1人以上が65歳以上の高齢ドライバーであり、その高齢ドライバーによる交通事故が社会問題化し、昨年2018年に全国で発生した交通事故の22%余、死亡事故の30%余が65歳以上の高齢ドライバーが第一当事者になっているという状況にある今日、「運転免許の経過年数」別の発生状況をまとめるにあたって、10年以上がひとくくりにされたままだというのは、高齢ドライバーの事故発生状況を的確に把握する上でも、あまりにも無意味なことで無策すぎると思うのです。
★言うまでもなく、65歳以上の高齢ドライバーのほとんどの「運転免許の経過年数」は「10年以上」に該当すると思いますが、「運転免許の経過年数」が「10年以上」だからと言って、いわゆる「海千山千」の豊富な運転経験を有するベテランドライバーばかりであるとは限りません。「運転免許の経過年数」は、確かに10年、20年、あるいは30年以上という者でも、65歳未満のいわゆる現役時代には、日常的に車を運転したことはほとんどなく、いわゆる「ペーパードライバー」ですごし、退職後の65歳以上になってから比較的日常的に車を運転するようになったという者も少なくないでしょうし、逆に、運転免許を取得して以来、職業として文字通り毎日のように車を運転し続け、実質的に30年〜40年以上の運転経験を有する者も少なくないというのが65歳以上の高齢ドライバーの「運転免許の経過年数」の実態だと思います。そうした65歳以上の高齢ドライバーの運転経歴の状況を少しでも明らかにして、交通事故防止対策や安全運転教育の現場に役立てていくためにも「運転免許の経過年数」が10年以上の者はすべて「10年以上」でひとくくりしてしまうのはあまりにも荒っぽすぎることだと思うのです。
★思うに、「交通事故統計原票」上の「運転免許の経過年数」が5年未満は1年刻みに区分されているのに対し、あとは「10年未満」と「10年以上」の2区分だけという妙に偏った区分にされているのは、「交通事故統計原票」が整えられた当時(定かには判明しませんでしたが、多分、昭和45年前後)、24歳以下の、いわゆる「若年ドライバー」による交通事故・死亡事故の多さが問題視され、その一つの要因として「若年ドライバー」の運転経験の未熟さが問題視されていたことが背景になって「運転免許の経過年数」が5年未満は1年刻みに区分され、5年以上は「10年未満」と「10年以上」の2つだけという区分になったのではないかと思われます。言い換えれば、特に「運転免許の経過年数」が「10年以上」のドライバーによる交通事故はさほど問題視されていなかった結果なのではないかと思います。ちなみに、弊社編集部においても、かつて、「若年ドライバー」の「運転免許の経過年数」別の事故発生状況を検証したことが何度かありましたが、その検証結果によると運転免許取得後1年未満のドライバーの事故発生率が最も高く、2年未満、3年未満、4年未満・・・と運転免許の経過年数が1年長くなるごとに、事故発生率が確実に低下していくことが判明しました。こうした実態を受けて、道路交通法の一部改正が行われ、1972年(昭和47年)10月には「初心者マーク」の表示義務化が施行され、また、1990年(平成2年)9月には「初心運転者期間制度」が施行されたという経緯があります。しかし、時代は大きく転換し、少子高齢化が急速に進行するに至り、今や(2018年)、24歳以下のドライバーが第一当事者になった交通事故は13%余、その死亡事故も10%余で、65歳以上の高齢ドライバーが第一当事者になった交通事故は22%余、その死亡事故は30%以上を占め、高齢ドライバーによる交通事故が社会問題化しているのです。その高齢ドライバーによる交通事故防止対策をより有効・効果的に推進していくためには、高齢ドライバーによる交通事故の発生状況をより詳細に検証していくことが必要不可欠の基盤であると思います。そうした観点からして、「交通事故統計原票」上の「運転免許の経過年数」の区分の「10年以上」一括を改変し、10年刻みの10年〜20年未満、20年〜30年未満、30年〜40年未満、40年〜50年未満、50年以上に細区分するべきだと思うのです。
★また、先にも記しましたが、「運転免許の経過年数」だけでは実質的な運転経験等は測り兼ねますので、「運転頻度」という新たな調査項目をも付け加えることを提言したいと思います。ちなみに、その運転頻度の区分は、(1)ほとんど毎日、(2)週に2、3度、(3)月に1〜3度ほど、(4)2ヵ月に1度程度、(5)3ヵ月に1度程度、(6)1年に2〜3度ほど、(7)ほとんどペーパードライバーというぐらいの区分で良いと思います。ただ、こうした「運転頻度」は、事故当事者になったドライバーが死亡した場合等、当人から聞き出すことがことができないケースもあると思いますが、そんな場合でも家族等その辺の事情に通じている者に聞き出すなどでその概要を把握することは可能であろうと思いますので、是非、実現してほしいと願っていますが、更に欲を言えば、もう一つ付け加えておきたい調査項目もあります。それは「年間総走行距離」ですが、しかし、「運転日報」等の記録が義務づけられている職業運転手等を除く一般ドライバーの「年間総走行距離」を調査する作業は非常に至難なことだと思われます。ですから、既存の「原票」にある「通行目的」と「運転頻度」を付け合わせることで推計される推測値を引き出した「参考補充項目」としてでも良いからそれを実現することも検討してもらいたいと思っています。
★繰り返しになりますが、こうした「交通事故統計原票」の改革を提言するのは、社会問題化している高齢ドライバーによる交通事故の防止対策をより有効・効果的に推進していくためには高齢ドライバーによる交通事故の発生状況をより詳細に検証していくことが必要不可欠の基盤であると思うからにほかなりません。確かに、高齢ドライバーの視機能や認知機能、運転技量等の心身の安全運転能力は加齢とともに衰えていくというのが一般的な見識だろうとは思いますが、反面、それは個人差が極めて大きく、年齢のみで一律に決することができない―というのも事実だと思います。だからこそ、交通事故の当事者となったドライバーの運転実態をできるだけ詳細に明らかにすること、特に問題視されている高齢ドライバーによる事故の場合、その安全運転能力の衰えと事故発生の関わりをできるだけ詳細に明らかにすることは、同種の交通事故の再発を防止するための大切で不可欠の要件になると思うのです。
★ちなみに、以前の「雑記」(2019.8)でも取り上げましたが、安全運転能力が衰えた高齢ドライバー特有の交通事故だとみられがちな「ブレーキとアクセルの踏み間違い」による暴走事故について考えると、高齢ゆえの視機能や認知機能、運転技量の衰えがその大きな要因だと断じてしまうのは、あまりにも非科学的で稚拙すぎます。もともと、ブレーキ操作とアクセル操作というのは、発進・加速と減速・停止というまったく相反する操作であるにもかかわらず、同じ足でペダルを替えて踏み込むという同じ動作で行うわけですから、「踏み間違い」という操作ミスは誰にでも起こり得ることだと言えますし、事実、少なくとも一瞬の「踏み間違い」を経験したことがあるドライバーは意外に多いのではないかと思いますが、しかし、問題は一瞬の「踏み間違い」では済まず、ブレーキを踏み込んでいると思い込みアクセルを踏み込み続けて暴走に至るということですが、こうした事態は、極めて稀有な異常行動で、心身の安全運転能力が衰えた高齢ドライバー特有のことだと早計に断じてしまうのは問題だと考えます。75歳以上の高齢ドライバーでも、運転頻度も高く、経年の総走行距離も30万〜50万キロ以上にも及ぶ文字通りの超ベテラン・ドライバーで、いわゆる「ヒヤリ・ハット」の経験も多く有し、いわゆる「海千山千」の運転経験を積んできて、いまなお現役ドライバーとして日常的に運転している高齢ドライバーが、一瞬の「踏み間違い」にとどまらず、アクセルをブレーキと思い込んで踏み込み続けて暴走し事故に至るということは極めて考えにくいことで、もしかしたら、その種の事故は、運転頻度や総走行距離も少なく、いわゆる「ヒヤリ・ハット」の経験も少ない初心ドライバー並みのドライバーに特有のことではないかとも考えられるのです。そうした点を解明するためにも、「運転免許の経過年数」の「10年以上」の詳細、そして、「運転頻度」や経年の「総走行距離」等の運転経験の実態をより明らかにしていくことが必要であり、それが「交通事故統計原票」の改革を提言する所以の一つなのですが、いかが・・・。(2019年10月23日)