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昔から、日本には「一姫二太郎」という諺がありました。これは、女の子のほうが夜泣きが少ないなど、男の子に比べて育児に手がかからないため、最初のお産は女の子のほうがいいという意味です。この諺をもじってでしょうか、60年近く前の1960年代に、危険なドライバーのタイプと称して「一姫、二虎、三ダンプ」というものがありました。きっと年配の方なら覚えておられると思います。
このリストに挙がっている三つというのは、車を運転していて出会う怖いものという意味のようで、運転慣れしていない女性ドライバー(あくまでも当時の)がその一つに挙がっています。次の「虎」ですが、トラといいますとトラックを連想しそうですが、これは酒酔い運転のドライバーのことを指しています。三番目は、ダンプカーそのものです。この順番というのは、先程の「一姫二太郎」の語呂合わせを取り入れたものであり、決して女性ドライバーが最も怖いという意味ではありません。
1960年代というと、「交通戦争の勃発」とばかりにマスコミが騒いだ時代であり、交通事故による死者の数が毎年1万人を超え、増加の一途をたどっていた時代です。年間の死者の数が、日清戦争2年間の戦死者1万7,000人超を上回る勢いで増加していたことから、「戦争」という名がつけられたといいます。
当時は、マイカーがようやく普及し始めた頃であり、運転免許を取ろうとする女性ドライバーの数も少しずつ増えてきた時代です。このため、女性運転者という存在が結構目立って見えたのでしょう。しかも、まだ交通環境に不慣れな人が多かったせいか、トラックやタクシーの男性のプロドライバーたちからは、「危険なドライバー」としてレッテルを貼られていたように思います。急に車線変更して割り込むとか、あわてて急ブレーキを踏むといった女性ドライバーが目立ったのでしょうが、今でこそ、こんな女性を蔑視するようなスローガンは禁句でしょうし、下手をすれば女性差別とかで訴えられかねません。
また、飲酒運転にしても、取り締まり機器がまだ十分とはいえず、その精度も決して高いとはいえなかった時代です。飲酒量の規定もまだ甘かったこともあって、酒酔いレベルの量まで飲んで運転するドライバーも結構いたわけです。
さらには、列島改造論がはやる中、日本全国に建設ブームが起こり、ダンプカーが我が物顔に街を疾走するようになりました。このため、多くの歩行者や自転車、いわゆる「交通弱者」が犠牲になったことは記憶に新しいところです。
ところで警察庁では、以前から悪質性や危険性の高い違反として「無免許運転、飲酒運転、著しい速度超過」の三つを挙げて、これを「交通三悪」と称していました。さらに、1993年(平成5年)頃になると「新交通三悪」と称し、「違法駐車、過積載、シートベルト非着用」の三つを新たな三悪として取り上げるようになりました。
これは当時、違法駐車が都市部で慢性化し、ことに大都市圏では問題となり、交通渋滞に拍車がかかっただけでなく、違法駐車した車両の陰から出てくる歩行者をはねたりする事故も多発しました。
また、トラックの過積載も問題でした。1992年(平成4年)の重量オーバー取締り件数8万件のうち、実にその30%は10割ものオーバーであり、かなり意図的に重量オーバーがなされていたという実態がわかります。過積載というのは、その重量により道路を傷めるだけでなく、車体のバランスが悪くなることから、横転事故や追突事故が多発する原因ともなったわけです。
シートベルトの非着用が多かったのは、法制化直後のことでもあり、シートベルトの効果そのものが認識されず、単に着用が面倒くさいということもあったのでしょうか。着用率も今ほどに高くなく、ことに後部座席についてはほとんど関心がなかった時代でした。今でこそドライバーは、エンジンをかける前に、条件反射のようにシートベルトに手が行くようになりましたが、当時はまだそうした習慣ができていなかったのです。
先ほどの「交通三悪」で挙げた、無免許、飲酒運転、著しい速度超過に対する最近の年間取締り件数を見ると、これら三つの違反行為の占める比率は、2008年(平成20年)には3.9%を占めていましたが、その4年後の2012年(平成24年)には2.9%と若干減少の傾向を示しているものの、これらの違反行為は直ちに重大事故につながることを考えますと、数パーセントとはいえ無視できない数字です。
令和の時代となって、最近マスコミでも報道されている「あおり運転」は、新たな交通三悪のトップにくることは間違いないでしょう。テレビで毎日のように報道され、改めてその悪質性、危険性がクローズアップされてきています。
警察庁でも、今後の法改正などによって、あおり運転に対しては強い罰則規定を設けるといった動きがあるのは当然だといえましょう。トラックが被害者になるようなケースもあるようですから、管理者におかれては、あおり運転をされた場合には相手ドライバーに関わることなく、慌てずに冷静な対処をするよう、ドライバーに対して徹底されることを望みます。
二つ目としては「ながら運転」の問題があります。最近のスマホ・携帯電話の普及により、車の運転中でもこれを使用することが当たり前と思っているドライバーが結構いるようです。実際に、運転中のドライバーが頻繁にスマホに目をやる光景を見かけますが、都市部での錯綜する交通環境ではいつ何が起きるかわかりませんし、瞬時に対応ができると本人は確信しているのでしょうが、決してそうとは限りません。運転中はスマホや携帯を使用しないことを徹底する必要があるでしょう。
三つ目としては「まぁ、いっか」が挙げられるでしょう。これは、多くのドライバーがしばしば持つ感情ではないでしょうか。たとえば、信号が赤に変わりそうでも、「まぁ、いっか」という気持ちが働いて突っ切るとか、ちょっと軽く一杯ひっかけたあとなのに、近所のコンビニへ車で買い物に出かけるくらいなら「まぁ、いっか」という軽い気持ちで運転する、といった具合です。
横断歩行者の存在を無視する行為の中にも、この「まぁ、いっか」という心理が働いていないでしょうか。信号交差点で、横断中の歩行者の間隙を縫って走り去る行動や、横断中の歩行者が目の前にいるのに、ずるずると前進してきて歩行者を威嚇するような行動に出るドライバーが後を絶ちません。これらの「新交通三悪」の中には、他の交通参加者を軽視するという共通の課題が隠されているようです。
(2019年9月)
1959年慶應義塾大学大学院修士課程修了。警察庁入庁、科学警察研究所勤務。同研究所勤務の間、米国厚生省訪問研究員、フィリピン大学交通訓練センターでの教育指導などに従事。1989年交通部付主任研究官を最後に退官後、(株)損害保険ジャパン顧問、(財)国際交通安全学会顧問、主幹総合交通心理士。現在、交通リスクコンサルタントとして活躍。
『運転学のすすめ』『安全への視点』『運転の構図』『あんぜんかわらばん』『クルマ社会の安全管理』『なぜ起こす交通事故』など著書多数。当社からは『安全運転管理のスタンス』『安全運転管理の心理学』を発行。