★去る7月22日、警察庁交通局は、今年2019年上半期における死亡交通事故の発生状況をまとめ、公表しました。それによると、今年上半期の全国の交通事故の死者数は昨年同期比185人減の1,418人で、記録が残る1956年以降で最少だったことが判明したほか、「歩行中・自転車乗用中の死者の法令違反状況の推移」や「幼児・小学生の交通事故死者数等の推移」なども示していますが、そのなかでも、75歳以上の高齢ドライバー(二輪、原付を除く)が第一当事者になった死亡事故の「人的要因」別の発生状況を、今回初めて分析し、75歳未満のドライバーによるそれと比較した結果をまとめ公表している点が特に注目されます。
★その分析結果によると、最も多い「人的要因」は漫然運転等の「内在的前方不注意」や脇見等の「外在的前方不注意」、「安全不確認」といった「認知の誤り・認知ミス」で計42%を占めており、次いで「ハンドルの操作不適」や「ブレーキとアクセルの踏み間違い」といった「操作不適・操作ミス」が34%、判断の誤り・判断ミスが7%という結果になっていますが、「操作不適・操作ミス」が「人的要因」となった死亡事故の割合が75歳未満の場合に比べ、3倍に近い値になっており、なかでも「ブレーキとアクセルの踏み間違い」による死亡事故の割合が75歳未満の約17倍にも達しているという大きな特徴があることが判明しました。このことを取り上げて記事にした日本経済新聞(2019.7.23)では、「加齢による認知機能や運転技術の衰えが背景にあるとみられる」としています。こうした理解が大勢になっているためか、7月31日の北海道新聞夕刊では、「高齢者の運転 サポート商品続々」という見出しのもと、北海道内のカー用品店では、高齢者向けの「運転サポート機能」をうたったドライブレコーダーやカーナビなど関連商品の品ぞろえを増やすケースが増えており、特にアクセルとブレーキの踏み間違いによる事故防止のための後付け装置は、急増するニーズに生産が追いつかず、予約から設置まで1ヵ月以上かかる入荷待ちの状態が続いているとして、高齢者向けの「運転サポート商品」を紹介する特集記事を組んでいます。
★だが、しかし、です。運転サポート機器の活用は、高齢ドライバーの安全運転の確保にそれ相応に寄与することは確かでしょうが、それだけが高齢ドライバーによる交通事故防止の唯一の方策であるかのような風潮には、大きな疑念を持たざるを得ません。すなわち、先に紹介した警察庁交通局の分析結果にもあるように、高齢ドライバーが第一当事者になった死亡交通事故の「人的要因」で「操作不適・操作ミス」の割合が75歳未満のそれに比べ3倍近くも高く、なかでも、「ブレーキとアクセルの踏み間違い」による死亡事故の割合が75歳未満の約17倍にもなっているというのは、高齢ドライバーの安全運転を考える上で極めて重要な問題点であることは確かですが、その問題点が「加齢による認知機能や運転技術の衰えが背景にある」というだけでは、何の解決にもなりません。確かに、高齢ドライバーのほとんどすべては「加齢による認知機能や運転技術の衰え」にかかわるなにがしかの問題点を抱えているでしょうが、だから、「高齢ドライバーは他の年齢層のドライバーに比べ交通事故を引き起こしやすい」と断ずるのはあまりにも雑ぱくで拙速すぎる論理です。
★確かに、公表された先の警察庁交通局の分析データでは、免許人口10万人当たりの死亡事故件数が75歳未満と75歳以上に分けて示されており、それによると、75歳以上のドライバーの免許人口10万人当たりの死亡事故発生件数は75歳未満のそれに比べ2倍ほど高い数値になっています。しかし、これはあくまでも、事故の結果として死亡事故になる率が高い―ということを示すものであり、「高齢ドライバーは他の年齢層のドライバーに比べ交通事故を引き起こしやすい」ことを示すデータでは断じてありません。大体、死亡交通事故というのは交通事故という氷山の一角であり、交通事故死者というのも、あまたの交通事故の結果にすぎません。たとえば、先の警察庁交通局の分析は、今年2019年上半期に発生した交通事故による死者の発生状況等を分析したものですが、その背後にはその死者数(1,418人)の130倍以上もの人身事故(187,000件余※速報値)が発生しており、さらにはその人身事故の少なくとも数倍以上にも及ぶ物損事故も発生しています。したがって、交通安全対策に資するための交通事故統計分析は、死亡交通事故だけではなく、少なくとも警察の交通事故統計に計上される人身交通事故全体をベースにした分析が行われるべきで、そうでなければ、交通事故の発生状況の特徴や傾向を的確に把握することはできないと考えます。もちろん、まずは死亡事故の削減・減少を図ることが第一課題であることに異存はありませんが、だからといって、死亡交通事故という氷山の一角だけを分析・精査すれば死亡交通事故抑止・防止の妙策が見出せるものでは決してありません。
★だからこそ、氷山の一角にすぎない死亡交通事故の統計分析結果だけに基づき、「高齢ドライバーは他の年齢層のドライバーに比べ交通事故を引き起こしやすい」と決め込むのは安直・拙速すぎることなのです。ちなみに、これまでも、「事故傾向者」、つまり、交通事故を引き起こしやすい者を絞り込もうとする研究・調査は世界的にもさまざまに行われてきましたが、誰もが納得し認め得る決定的な研究成果は見出されていません。したがって、75歳以上のドライバーは、確かに一般的には、加齢による視機能や認知機能、あるいはまた運動能力の衰えが認められるとはいえ、その衰えの程度等は個人差が大きく、75歳未満の者と同等以上の諸機能を有する高齢ドライバーも決して少なくありませんので、一律に75歳以上のドライバーは交通事故を引き起こしやすいと決めつけるのは極めて早計で差別的すぎることなのです。これからも社会の少子高齢化が急速に進行する現状に鑑みれば、高齢ドライバーの安全運転を確保する対策は交通安全対策上の重要課題の一つであることは確かですから、この際、あまりにも安直・単純すぎる死亡交通事故のみの統計分析に留めず、まずは、人身交通事故の当事者となった75歳以上の高齢ドライバーの運転経歴や総走行距離、運転頻度をも追跡調査し、運転経歴や総走行距離あるいは運転頻度に応じた事故発生率の状況を明らかにし、他の年齢層のドライバーのそれとの比較分析をしてみる調査研究を早急に実施すべきだと強く切望します。
★75歳以上の高齢ドライバーによる死亡交通事故の「人的要因」別の発生状況では、他の年齢層に比べ3倍近くも「操作の誤り・操作ミス」による事故が占める割合が高い、との結果が出ていますが、もしかしたら、それは、単純に「加齢による認知機能や運転技術の衰え」だけが要因になっているのではなく、運転経歴や総走行距離あるいは運転頻度等によっても大きな差異が生じることでもあるかもしれません。一般的に、高齢ドライバーといえば、少なくとも、免許取得後の経過年数が30年から40年以上にも及ぶ超ベテラン・ドライバーであるかのように思い込みがちですが、免許取得後の経過年数が30年から40年以上にも及んでいても、実際の運転経験は乏しく、総走行距離や運転頻度は初心ドライバー並みという者も少なからずいると考えられますし、あるいはまた、定年退職前後に運転免許を取得したという者もいるかもしれません。その一方で運転頻度も高く、総走行距離も30万キロから50万キロ以上にもおよぶ文字通りの超ベテラン・ドライバーもいる、それが75歳以上の高齢ドライバーの実態であり、それを年齢だけでその視機能や認知機能、運転技量(の衰え)等を一律に判断してしまうのは、いかにも非科学的で稚拙すぎます。特に、75歳以上の高齢ドライバーの死亡事故に多いと言われる「ブレーキとアクセルの踏み間違い」は、もしかしたら、総走行距離や運転頻度も少なく、いわゆる「ヒヤリ・ハット」の経験も少ない初心ドライバー並みの高齢ドライバーに特有のことで、文字通り超ベテラン・ドライバーといえる運転経歴を有し、いわゆる「海千山千」の運転経験を積んできて、いまなお現役ドライバーとして日常的に運転している高齢ドライバーが決定的な場面でブレーキとアクセルを踏み間違えるという操作ミスを犯すということはあり得ない、と断ずることはできませんが、「雑記子」の50年以上、70万キロ以上におよぶ運転経験からしても非常に考えにくい稀極まるミスだと思わざるを得ません。
★もちろん、発進・加速と減速・停止という相反する操作を同じ足でペダルを替えて踏み込むという同じ動作で行うわけですから、論理的には「踏み間違い」という操作ミスは誰にでも起こり得ることだと言えるかもしれません。しかも、認知機能や運転技量の衰えが明瞭にみられる高齢ドライバーであれば、なおさら、そうした操作ミスを犯しやすいと言えるかもしれません。しかし、一瞬の「踏み間違い」はいざ知らず、踏み間違いをしたままアクセルを踏み込み続けて暴走し、事故に至るという事態は、極めて稀有な異常行動で、高齢ドライバーの誰にでも起こり得ることだと断じるわけにはいきません。特に、20万、30万キロ以上の実走行経験を有し、いわゆる「ヒヤリ・ハット」経験も多く、「海千山千」の運転経験を積んできて、いまなお現役ドライバーとして毎日のように運転している文字通りの超ベテラン・ドライバーがブレーキとアクセルを踏み間違えて、しかも、アクセルを踏み込み続けたまま暴走してしまう、というようなことは、少なくとも通常の意識状態の下では起こり得ない操作ミスだと思わざるを得ません。したがって、「ブレーキとアクセルの踏み間違い」によるとみられた事故については、もちろん、死亡事故のみに限らず、少なくとも人身事故全体を対象にして「踏み間違い」に至る経緯や状況等を詳細に調査分析するとともに、そのドライバーの心身の状態や運転頻度等の運転実績をも調査し、「踏み間違い」の詳細な実態を明らかにすることが、まずは第一に必要不可欠なことだと思います。
★そうした調査分析により、「踏み間違い」の詳細な実態が明らかになれば、目下、注目を集めている「踏み間違い事故防止装置」の性能向上にも役立つであろうし、何よりも、そうした「踏み間違い」という操作ミスを犯さないための効果的な運転トレーニング法を開発することも可能だと思います。そもそも、ブレーキとアクセルの踏み間違いは、一般的に、いわゆる漫然運転時や予想外の危険事態に直面した時の「パニック心理」時に犯しやすい操作ミスだと考えられますが、そうした予想外の危険事態に直面した時は、素早くアクセルから踏み替えてブレーキを力いっぱい踏み込む、という緊急時のブレーキング法をトレーニング等により十分に習得している者や、いわゆる「海千山千」の豊富な運転経験を積んできた者ならば、「パニック心理」に陥らず果断に対処することが可能なはずです。しかしながら、これまでの我が国における「安全運転」というのは、「交通ルールや交通マナーを順守する」とか、「ゆとりの気持ちや思いやりの気持ちを持って運転する」など、心構えや、いわゆる「安全意識」の如何、つまり、インセンティブ(動機づけの刺激)を重視する傾向にあり、「安全運転を確保するためには、安全運転を確保するためのテクニックが厳然としてあり、これを習得し、駆使することが必要である」(※ドイツ「BMWドライバーズ・トレーニング・カリキュラム」)というような、いわばスキル(技術の巧みさ・熟練)をも重視する考え方はほとんど取り入れられていませんが、高齢ドライバーの安全運転で問題になっているのは、心構えや「安全意識」の如何、つまり、インセンティブの問題ではなく、加齢に伴う認知機能や運転技量の衰え、つまり、スキル上の問題のはずです。
★だとすれば、「運転サポート機器の活用」もさることながら、加齢に伴う認知機能や運転技量の衰えを極力抑え、その維持・回復を図る教育トレーニングを開発し、その普及を図る体制を整え、高齢ドライバーの誰もが、いつでも何度でもその教育トレーニングを気軽に受けることによって安全運転能力を維持・回復させ、あるいはまた少しでも安全運転能力を高めることによって交通事故防止を図る―といった面の対策こそが必要不可欠なのではないかと切に思うのです。確かに、既に普及し始めている「自動ブレーキ」や「踏み間違い事故防止装置」等の「安全運転サポート機器」の普及・活用も大切な対策ではありますが、そうした先進技術を過信し、頼り切ることによってドライバー自らの安全運転能力の衰えを促進する―といった危険性もないわけではありません。しかし、そうした「安全運転サポート機器」の活用も、そう遠くない将来に実現するであろう「完全自動運転(車)」の実用化までの繋ぎにすぎず、「完全自動運転(車)」が実用化されれば、ドライバーの安全運転という課題そのものが問題外となると考えるむきもあるかもしれませんが、その「完全自動運転(車)」の安全性を担保するためにも、また、「完全自動運転(車)」の核ともなるAI(人工知能)技術が人間性を失ったものとならないようにするためにも、現下の交通事故の発生メカニズムや人的要因等をこれまで以上に綿密・詳細に検証し、ドライバーの安全運転能力の問題点等を多角的・科学的に明らかにしていくことが必要不可欠であり、また、「安全運転サポートカー」や「完全自動運転(車)」を適正に利用していくための安全(運転)教育や益々増大するであろう高齢者がそれら先進機能を満載した自動車が主流となる新時代のクルマ社会の中で、自らの心身の健康を維持・確保して、新時代のクルマ社会に無理なく適応していくためのトレーニング法等の開発研究も必要不可欠な課題だと思うのです。換言すれば、安全運転問題は先進技術・ハイテクがすべて解決してくれる―とする「テクノロジー・ファンタジー」の風潮に、言い知れぬ危惧を感じるのですが・・・。(2019年8月21日)