★まず、この「雑記」、標題が前回の標題「高齢運転者対策の限定条件付き運転免許の創設が成長戦略? 拙速、安直すぎないか、高齢ドライバーの交通事故防止対策・・・No.1」とは、いささか異なっていますが、取り扱うテーマは前回同様、昨今の高齢ドライバーの事故防止対策についてです。ですから、念のため、標題の4行目に、「拙速、安直すぎないか、高齢ドライバーの交通事故防止対策を考える・・・No.2」としておきました。
★さて、初めに、去る4月19日に東京・豊島区池袋で発生した死亡交通事故、つまり、87歳の高齢男性ドライバーが緊急時にアクセルとブレーキを踏み間違えた結果、暴走したとみられる交通事故により、自転車で横断中の母娘2人が死亡、数人の歩行者らが重軽傷を負ったことなどを受けて、政府が6月18日に開催した交通安全対策の関係閣僚会議で決められた緊急対策を紹介しましょう。まず、この緊急対策は、(1)高齢者の安全運転を支える対策の推進(2)高齢者の移動を支える施策の充実(3)子どもの安全確保、以上の3本柱になっており、(2)の高齢者の移動を支える施策の充実に関しては、「相乗りタクシー」を全国で導入することや「自動運転バス」の実用化に向けた検討を進めることとしています。また、(3)の子どもの安全確保に関しては、保育園児等の未就学児が保育園等の施設外を集団で散歩するなどの際、その安全を確保するための策で、元警察官など地域住民に「見守り活動」を委嘱するほか、子どもらが集団で移動する時間帯に車の通行を制限する「キッズゾーン」(仮称)の創設を検討すること、その「キッズゾーン」等の道路の路面に車の走行速度を物理的に抑制する効果が高い緩やかな凸部(ハンプ)を設置する個所を増やすことも盛り込んでいます(読売新聞・2019.6.19参照)が、本稿は前回に引き続くNo.2でもあり、そのテーマは、昨今、テレビ・新聞等の報道で多く見聞きする「高齢ドライバーの事故防止対策」でもありますから、以下では、関係閣僚会議で決定された(1)から(3)の緊急対策中の(1)の「高齢者の安全運転を支える対策の推進」に関する問題等に限って取り上げていくこととします。
★まず、新聞等の報道によると、緊急対策の「高齢者の安全運転を支える対策の推進」とは、前回の「雑記」でも紹介しましたが、政府の第28回の未来投資会議(2019.6.5)において、75歳以上の高齢ドライバーを想定し、自動ブレーキなど安全機能を備えた車のみが運転可能となる「限定条件付き運転免許」を創設する方針決定が表明されていましたが、今回の緊急対策では、その「自動ブレーキなど安全機能」にかかわることがより具体的に決められた―と概括することができます。そこでまず、一般的にいわれる「自動ブレーキ」というのは、専門的には「衝突被害軽減ブレーキ」とされる装置で、ドライバーがうっかり・ぼんやりしていたり、いわゆる「脇見運転」等をしていたりして障害物の発見が遅れて事故に至ることを防ぐために、センサーで障害物を検知し、自動的にブレーキが機能する仕組みのものですが、この機能・システム搭載車は既に実用化され、市販されており、2017年末現在の国内の新車への搭載率は78%にも及んでいます(北海道新聞・2019.6.29)。また、国は、自動車メーカー等の求めに応じ、2018年(平成30年)3月、乗用車の衝突被害軽減ブレーキが一定の性能を有していることを国が認定する制度を創設し、2018年中に国内メーカー8社から申請があった152の型式についての認定審査を行い、今年2019年4月にその性能認定の結果を公表しています。しかし、衝突被害軽減ブレーキの性能に関する統一基準は、国内ではもちろん、国際的にも定められていないため、メーカーや車種によって性能にバラツキがあるほか、対歩行者に関する認定要件がないのが実情ですが、タイミングの良いことに、今年2019年6月の24日から28日の5日間、スイス・ジュネーブで開催された国連の「自動車基準調和世界フォーラム(WP29)」の第178回の会合で、乗用車等の衝突被害軽減ブレーキ(AEBS)の国際基準が成立しました。
※「タイミングの良いことに」とは記しましたが、もともと、国連の「自動車基準調和世界フォーラム(WP29)」、なかでも、乗用車等の衝突被害軽減ブレーキ(AEBS)の国際基準に関する検討を行う分科会は、日本が共同議長国として議論を主導してきましたので、国際基準決定の見通しがついたことを受けた上で、6月上旬の第28回未来投資会議で、また、6月中旬の関係閣僚による交通安全対策会議での「緊急対策」、つまり、自動ブレーキなど安全機能を備えた車のみが運転可能となる「限定条件付き運転免許」を創設等の方針が決められた―とみるべきなのかもしれません。
★その国連の「自動車基準調和世界フォーラム(WP29)」でまとめられた「衝突被害軽減ブレーキ」の国際基準は、概括すると、(1)見通しの良い道路を時速30キロで走行中、時速5キロで横断する歩行者に衝突しない(2)時速40キロで走行中、停止している車に追突しない(3)時速60キロで走行中、時速20キロで走行中の車に追突しない、というもので、この国際基準の発効は来年2020年1月頃になるとみられていますが、その発効後、国土交通省は道路運送車両法の「保安基準」に盛り込み、国内での適用を実現することとしています。また、その国際基準および「保安基準」に合致した衝突被害軽減ブレーキ(AEBS)の新車への搭載の義務化についても、議論を本格化させ、年内にも結論を出す方針でいるとのことですから、75歳以上の高齢ドライバーを想定した「限定条件付き運転免許の創設」もそれに準じて実施されることになると推測されます。ただし、「限定条件付き運転免許」の限定条件とされる「自動ブレーキなど安全機能」搭載車というのは、その国際基準がようやく定まった衝突被害軽減ブレーキ(AEBS)のみが搭載されていればOKというものではなく、昨今、相次いで発生しているアクセルとブレーキの踏み間違いによる急発進・急加速による事故を防ぐための装置も「安全機能」の一つとして想定されていますが、この装置に関しては国際基準もまだないため、6月中旬の関係閣僚による交通安全対策会議での緊急対策では、この装置、つまり、アクセルとブレーキを踏み間違えたときの急発進・急加速を抑制する装置の「性能認定制度」を創設することを決めただけです。ですから、どのような仕組みの装置を可として認定するのかは、今のところ、未定です。
★ただ、前回の「雑記」でも紹介しましたが、東京都の小池百合子知事が6月の都議会で、その購入・設置費用の9割ほどを1年間ほどの期間限定で補助する方針を表明しましたが、そのアクセルとブレーキの踏み間違いによる急発進・急加速抑制装置は、ベンチャー企業等の開発・製品として既に市場に出ており、センサーによって踏み間違いを感知し、間違ってアクセルを急激に踏み込んでも、エンジン出力がカットされ、急発進・急加速しない仕組みの装置のようですが、政府が創設しようとしている性能認定制度というのは、当然、それら既存の装置をも想定に入れた制度になるのでしょうが、「衝突被害軽減ブレーキ(AEBS)」のように「保安基準」に組み込むまでの厳格な統一基準ではないようですから、果たして、どの程度信頼できるのか、何らかの事由でセンサーが機能しなかったり、故障したりすることはないのか・・・という懸念は残ります。しかし、こうした先端技術はまさしく日進月歩で改良・改善されていくのは必定ですから、そうした懸念の解決も時間の問題だといえるかもしれません。ですから、政府も「自動ブレーキ等の支援装置や自動運転のための技術の活用をさらに促し、それら最新技術の普及を後押しすることは、日本の経済成長にも貢献する」(読売新聞・2019.6.18朝刊)として「成長戦略」に位置づけたのでしょうが、果たして、「自動ブレーキなど安全機能」搭載車のみの運転が可能となる「限定条件付き運転免許の創設」は、高齢ドライバーによる交通事故防止の救世主になり得るか・・・といえば、事はそれほど簡単・単純なことではないと考えます。
★すなわち、そうした先進技術を活用するといっても、現実的には、肝心の高齢ドライバーが既に所有している車を手放し、先進技術による安全機能を搭載した車への乗り換えを実行しなければなりませんが、それには当然ながらそれ相応の費用負担が伴いますが、果たして、どれだけの高齢ドライバーがそうした費用負担をしてまでも安全機能搭載車への乗り換えができるのか、現下の高齢者の多くを取り巻く経済状況等を考えれば、その見通しは決して楽観視できるものではないと思います。そうした点からすると、東京都の小池百合子知事が表明した対策、つまり、アクセルとブレーキの踏み間違いによる急発進・急加速を抑制する装置の購入・設置費用を補助するという対策の方がより現実的だと思います。
★ちなみに、この東京都の対策は、都内在住の70歳以上を対象に、来る7月31日から実施されることになったようですが、朝日新聞(2019.7.4朝刊)の報道によると、都内の車用品販売大手の店舗には、東京・池袋での事故が発生した4月下旬以降、アクセルとブレーキの踏み間違いによる急発進・急加速を抑制する装置の購入・取付けを求める客が殺到しているとのことです。ただ、この装置は設置代金込みで3万円から4万円の製品で、特に高額な製品だとはいえないものの、それでも誰もが手軽に入手できる製品だともいえませんので、東京都がその費用の9割ほどを補助することになれば、その取付けが一層促進されることは確かだと思います。しかし、この装置の作動条件は時速10キロ以下の低速走行時ということですから、駐停車時の急発進・急加速による事故の防止に大いに寄与するだろうと思いますが、池袋の事故のような場合、つまり、時速40キロ前後で走行中、ハンドル操作を誤ってか道路左端のガードポールに接触した際などの緊急時に慌ててか、アクセルとブレーキを踏み間違えて暴走したとみられる事故のような場合、急加速抑制機能がどれだけ役立つかどうかは疑問です。また、このアクセルとブレーキの踏み間違いによる急発進・急加速を抑制する装置は既存の車に取り付け可能、つまり、後付け可能な装置ですが、もう一つの大切な支援装置である衝突被害軽減ブレーキ(AEBS)、いわゆる自動ブレーキは後付けが可能ではありませんので、せっかく、アクセルとブレーキの踏み間違いによる急発進・急加速を抑制する装置を購入・取付けたとしても、最終的には、政府が目指している「自動ブレーキなど安全機能」搭載車を購入せざるを得ないこととなりますので、東京都が表明した補助対策の効果も極めて当面的・限定的なものになってしまうことでしょう。
★いずれにしても、政府等が為そうとしている高齢ドライバーの交通事故防止の緊急対策というのは、結局、衝突被害軽減ブレーキ(AEBS)等の先進技術を活用した対策だと概括することができると思いますが、その先進技術の活用による対策にも、以上にみてきた通り、解決を要する問題点が潜在している―、ということをまず指摘しておきたいと思いますが、それ以上に大きく危惧するのは、高齢ドライバーの交通事故防止の「緊急対策」は「先進技術の活用」にのみ頼りすぎてはいないか・・・、ということです。つまり、「自動ブレーキなど安全機能」搭載車を活用することは、高齢ドライバーの安全運転を支援することに寄与することは確かでしょうが、しかし、そうした「先進技術」は高齢ドライバー自身の安全運転能力の向上を図るものでは決してなく、あくまでも支援機能・サポートシステムにすぎません。したがって、高齢ドライバー自身の安全運転能力は確実に低下していくものだから、望むべくは運転免許を返納して、車の運転をやめるのが最も良策で、それができない者は、「先進技術」による支援機能・サポートシステムを搭載した車を運転することで事故防止を図ることが必要不可欠なのだ、というのが「緊急対策」の根幹をなす考え方だと思います。しかし、繰り返しになりますが、頼みの支援機能・サポートシステムは、決して万能ではあり得ません。その一方で、高齢ドライバー自身の安全運転能力の向上、というよりは、安全運転能力の維持、あるいは、安全運転能力低下の防止といったほうが適切かもしれませんが、そうしたことがまったく不可能なことだとも思えません。もちろん、高齢ドライバー自身の安全運転能力は放っておけば加齢とともに低下していくものですが、高齢者向けの「筋トレ」や「脳トレ」などが研究開発され、実用化・実施されており、それらによって、たとえば、筋力の衰えなどで歩行困難に陥った者が自立歩行を取り戻した等の成果事例も数多く報告されていることからすると、そうした「筋トレ」や「脳トレ」なども活用するなどして、工夫を凝らせば、高齢ドライバー自身の安全運転能力の低下防止・維持のための「安全運転教育・指導、トレーニング」プログラムを確立することも十分可能であり、支援機能・サポートシステムの技術開発とその活用対策と共に、いわば、高齢ドライバーの交通事故防止対策の両輪として、高齢ドライバー自身の安全運転能力の低下防止・維持のための「安全運転教育・指導、トレーニング」プログラムの研究開発、そして、それを適宜適切に実施していくための体制を構築するといった対策を打ち出すことが必要不可欠なことではないかと考えるのです。しかし、打ち出されている「緊急対策」には、そうした「安全運転教育・指導、トレーニング」の確立、あるいはその「教育・指導、トレーニング体制の構築」といった関連の対策がほとんどみられない、そのことに強い違和感を禁じ得ないのです。
★確かに、現在、70歳以上の高齢ドライバーがその運転免許を更新しようとするときは、「高齢者講習」を受講しなければならないことになっており、その「講習」では教本や視聴覚教材を用いた指導および運転シミュレーターや実車運転による指導、運転適性検査器材による検査に基づく指導が行われています。しかし、その「講習」は、高齢ドライバー個々人の生活環境や運転経歴、資質等の「個人差」はほとんど考慮されていない一律的なもので、また、安全運転能力の低下を極力抑え、必要最低限の安全運転能力の維持を図る、というものでもなく、ただ、安全運転能力の衰えを自覚させるという程度のレベルにとどまっているのが実態だと思います。しかも、その「講習」ですら、受講予約を取るのに一苦労するといった狭き門にもなっている上に、原則3年ごとに受講することになりますが、その講習内容は3年前とほとんど同じものという状況にもあります。果たして、この「高齢者講習」、これが施行・実施されてから既に20年余が経過しましたが、高齢ドライバーの安全運転の確保、交通事故防止にどれほど役立っているのか、その検証も為されておりません。いわゆる「団塊の世代」の運転免許保有者がこぞって75歳以上の高齢ドライバーとなる状況が目前に迫っている今こそ、せっかくの「高齢者講習」の成果や問題点をしっかり検証し、高齢ドライバーの安全運転確保、交通事故防止に役立つ「講習」、というよりも、もっと積極的に、受講した高齢ドライバー個々人の安全運転能力の低下を極力抑え、あるいは必要最低限の安全運転能力の維持を図ることができる「安全運転教育・指導、トレーニング」の唯一の法的機会として機能する「高齢者講習」になるよう抜本的な改善を図るべきだと強く思います。
★もちろん、「教育・指導、トレーニング」といった類の対策は手間暇がかかりすぎる上に成果もおぼつかない、だから、いわゆるハード対策、つまり、先進技術による安全運転の支援機能・サポートシステムが装備された車を活用する対策の方が直截的な成果が得られるのだ―、との反論があるであろうことは十分に承知してはいますが、それでもなお、高齢ドライバーの交通事故防止は、果たして本当に、先進技術による安全運転の支援機能・サポートシステムの活用といった、いわゆるハード対策だけに頼ったもので良いのか・・・、車の運転の継続を望み、また、車の運転を生活上必要不可欠な日常行動としている高齢ドライバーに対し、十分に研究開発された「教育・指導、トレーニング」の場を提供することによって、放っておけば衰えるだけの「安全運転能力」の低下を極力抑え、必要最低限の「安全運転能力」の維持を図るといった対策を実現することはできないのか・・・、それを熟慮すべきではないのかと思うのです。(2019年7月22日)