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2018年8月23日

ホームページの内容を一部リニューアルしました。トップページに掲載されていた「シグナル交通安全雑記」は、交通安全時評内でお読みいただけます。

最終更新日:2019年11月15日

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交通安全時評

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安全運転管理 あれこれ記 その157 「人動車」という発想
交通リスクコンサルタント 小林 實

家電レベルになった自動車

 「自動車」という日本語は、英語でautomobile、ドイツ語では Auto とかWagen になりますが、いずれも「自動的に動く」という意味がその語源にあります。カブトムシの愛称で呼ばれているビートルは、ドイツのフォルクスワーゲン(Volkswagen)社の車ですが、社名を訳せば「国民車」という意味になります。これは、1933年当時、独裁者ヒトラーが、すべての国民が車を持てるように―という発想から、設計者ポルシェに依頼して作ったのが始まりとされています。いずれにしても車には「自動」という語がもとにあり、それが日本語では「自動車」となったわけです。
 古い話ですが、1912年頃のアメリカでは、車のエンジンを始動するのにクランクハンドルを回す必要がありました(かつては、我が国でもトラックによく見られました)が、エンジンがうまく始動しないことも多く、ハンドルが逆回転して顎を打ったり、腕を脱臼したりする人も数知れなかった…ということです。
 そこである人が、キャッシュレジスター用のモータが、瞬時に強い力を発揮し、引き出しを一気に開けることにヒントを得て、エンジンの「スターター」を開発したことから、腕力のない女性でも車の運転に支障がなくなり、アメリカでは女性ドライバーの数が大幅に増えた―という経緯があります。
 このようにして、ハードとしての車は大幅に進化した結果、ハンドルを握る人間の負担が軽減されてきたわけで、かつては、運転教習での最大の難関であったマニュアル車でのクラッチ操作というのも、オートマチック車(AT車)の普及により、ある意味で過去の話となりました(ただしAT車限定免許でない人にはまだ大変でしょうが)。
 一方で、いわば家電のレベルまでになった(なり下がった)車の簡便さというものが人々の間に浸透し、新車を買えば必ずついてくるマニュアル(取扱説明書)にも目を通さないユーザーも多くなりました。長年事故も起こさず、車とうまく付き合ってきたという過去の勲章は、当然、高齢者の間にも刷り込まれ、昔から慣れ親しんだ車なのだから、運転なぞ簡単なものだと、高をくくっている高齢ドライバーが増えていることも事実です。

人間の見込み違い

 前にもご紹介したことのある東大名誉教授の平尾収先生(平成7年没)は、我が国の自動車工学の権威として、今日の自動車工学のいわば基礎を作られたお一人です(本項109回参照)。人と車の関係についても造詣が深かった方で、先生はその著書の中で「人動車」なる造語を多用されています。そこでは、人間と機械との関係を見た場合、いくら安全で精巧な車を作っても、それを操作する人間の方にどうしても「見込み違い」が生じやすいという観点から、人間サイドの特性に視点を置かれた理論を展開されました。つまり、車が自動的に動くということでなく、ドライバーにすべてをコントロールする責任があるとして、人間がこれを動かす―という意味から「人動車」という発想を持たれたわけです。
 こうしてみると、将来完全な自動化が進むまで、まだ人間がやらなければならない運転上の課題は、たくさんあることになります。例えば、前方の信号で停止している車の手前で的確に停車しなければならないような場合、いかにどのくらいの割合でスピードを落として止まるか―ということを、ドライバーは頭の中で瞬時に計算して減速するわけです。これは、自分の現在の位置とそのスピードから、停止位置までの距離と時間とを細かく割り出して制御するということです。ちょうど数学でいう微分的な動作、すなわち、変数の微小な変化に対応した変化の割合を求めることに当たります。仮に、前方の事態を的確にとらえられない場合、しかも制動動作に遅れが生じれば、当然、車は止まることができず追突…という事態を招きます。
 しかし、加齢とともに、こうした計算能力が低下することは当然考えられます。ちょっと他のことに気を奪われたりして、この判断に遅れが生じると、当然パニック状態が発生しやすくなり、ことに運動神経に衰えがみられる高齢ドライバーはこうした事態に陥りやすいともいえます。最近の高齢者による暴走事故を見ますと、足が言うことをきかない、硬直してアクセルから足が離れない―といったことが原因に挙げられますが、それ以前に的確な環境の把握に欠陥があると考えられます。

サイコロキャラメルの箱

 昭和の初期から現在に至るまで、幅広く子供たちに愛された菓子に「サイコロキャラメル」というのがあります。これは、昭和2年に明治製菓が発売したもので、大変古い歴史がありますが、2016年の3月に全国販売が中止されました(現在は北海道限定で販売されているようです)。
 数学者で桜美林大学の芳沢光雄教授によりますと、この販売中止は大変ショックだというのです。つまり、あの赤と白のキャラメルの箱こそ、空間認知に大いに役立つ大切なおもちゃであり、キャラメルを食べたあとで、空箱を広げると展開図ができることこそ「みそ」だというわけです。このキャラメルの展開図を用いますと、これを立体に戻したときに、サイコロの見えている面から見えない裏の面の数字を想像することができる―という具合に、いわゆる空間認識能力が養われてくるのだと芳沢さんは言われます。要するに、現代の子供たちは空間認知力が徐々に退化してきているので、こうしたおもちゃがなくなることに危惧がある―というわけです。
 最近の子供たちは平面上の遊びが多く、スマホやテレビの画面で得た情報を頭の中で三次元空間に置き換えて認識することで、空間認知の感覚を養っているのだそうですが、これですと、本来の認知能力が退化してしまうのでしょうか。
 三次元空間を認識する能力の低下は子供たちだけの問題ではないようで、安全運転に求められる「見えないところ見通す」といった作業は今の若者も苦手のようです。また、高齢者の暴走事故防止には、何としても車を停止させる「ブレーキ力」がメインの課題だとする「高齢ドライバー擁護派」の人たちの言い分も正しいのでしょうが、同時に、高齢ドライバーの認知レベルの問題、例えば「空間認識力の劣化」についても知る必要があるでしょう。

車という道具

 自動化が進化して、認知・判断・操作を人間に代わって機械の方が肩代わりする―というのは、あくまでも先のことであって、現在のところ、ドライバーの仕事をすべてやってくれるわけではありません。アクセルさえ踏めば車は進み、ブレーキペダルを踏みさえすれば車は止まるというのが現代人の車に対する感覚でしょうが、果たして車という道具はそれだけのものなのでしょうか?
 気楽な気持ちから車を運転し、ちょっとしたミスから大きな事故につながることは、最近続発する高齢者の暴走事故が示している気がします。現代社会が車というある意味で完成された道具をあまりに気楽に受け入れ、使っていないでしょうか。人間が責任を持って動かす「人動車」という発想こそが、今まさに必要なのではないでしょうか。

(2019年6月)

 

小林實(こばやし・みのる)

 1959年慶應義塾大学大学院修士課程修了。警察庁入庁、科学警察研究所勤務。同研究所勤務の間、米国厚生省訪問研究員、フィリピン大学交通訓練センターでの教育指導などに従事。1989年交通部付主任研究官を最後に退官後、(株)損害保険ジャパン顧問、(財)国際交通安全学会顧問、主幹総合交通心理士。現在、交通リスクコンサルタントとして活躍。
 『運転学のすすめ』『安全への視点』『運転の構図』『あんぜんかわらばん』『クルマ社会の安全管理』『なぜ起こす交通事故』など著書多数。当社からは『安全運転管理のスタンス』『安全運転管理の心理学』を発行。

 

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