★今年2019年、平成から令和への元号の変わり目の4月から6月にかけて、過去にはあまり類例が見られないような悲惨な交通事故が全国各地で相次ぎ、テレビ・新聞等のメディアを通じて社会的注目を集めましたので、まずは、それらの交通事故概要を備忘録のつもりで以下に列挙してみます。
★まず、4月19日、東京・豊島区池袋で87歳の男性が運転する乗用車が左側面をガードパイプに接触させたのち、速度を上げて約70メートル先の横断歩道に進入して自転車で横断中の70代の男性をはね、さらにその先の交差点の横断歩道を自転車で横断中の母娘をもはね、また左折で交差点に進入してきたゴミ収集車に衝突し、ゴミ収集車は横転。このはずみで別の横断歩行者4人をもはね、その先の反対車線に停止していたトラックに衝突してようやく止まった。はねられた母娘の自転車は前後に切断され、母娘(31歳、3歳)は全身打撲で死亡、他の歩行者ら5人も骨折などの重軽傷を負ったほか、横転したゴミ収集車の運転手も負傷、乗用車の運転者と同乗の妻も負傷するという事故が発生した。乗用車の運転者は「アクセルが戻らなかった」と家族に説明しているとのことだが、現場にブレーキ痕が見当たらず、何らかの事情でアクセルを踏み続けたままの結果による事故とみられている。
★上記の事故から2日後の4月21日、今度は兵庫県神戸市のJR三ノ宮駅前の県道で、64歳の運転手が運転する神戸市の市バス(路線バス)が横断歩道の手前にあるバス停「地下鉄三宮駅前」で乗客を全員降ろした後、運転席で下を向き、ドアを閉めたり、サイドブレーキを解除したりする作業とみられる動作をしている最中、バスが発進し、時速10キロぐらいの速度で右方にそれながら既に赤信号になっていた横断歩道に突っ込み、横断歩道を渡っていた歩行者を次々にはね、その後も同じような速度で片側4車線の道路を右斜め方向に進み、高架下の中央分離帯柱に衝突し、更に数メートル進んで停止するという事故が発生。この事故で横断歩道を渡っていた大学生(女性20歳)とアルバイト従業員(男性23歳)が死亡、45歳の女性会社員が両脚骨折の重傷を負ったほか5人の歩行者が軽傷を負った。事故を起こした市バスはオートマチック車で、運転手は「発進準備をしていて、ブレーキを踏んでいたが急発進してしまった」と供述しているとのことだが、バスは約30メートルにわたって一定の速度で進み続けており、ブレーキ痕もなく、ブレーキと間違ってアクセルを踏み続けていた可能性が高いとみられている。
★そして、元号が平成から令和に変わった5月の8日、今度は滋賀県大津市の県道の交差点内で、右折車と直進車が衝突したはずみで歩道に飛び込んできた直進車が、交差点と歩道の境から2、3メートルほど離れた歩道上で信号待ちをしていた保育園児らをはね飛ばして園児2人が死亡、1人が意識不明の重体、10人の園児と3人の保育士が重軽傷を負うという事故が発生。直進車の運転者は62歳の女性、右折車の運転者は52歳の女性で、自動車運転死傷行為処罰法違反で逮捕された右折車の運転者は「前をよく見ないで右折した」と供述していたとのこと。
★上記、大津市での事故からおよそ1ヵ月後の6月4日、今度は福岡市の市道「原通り」の早良口交差点手前約600メートル付近で、81歳の男性が運転するワゴン車が前車に追突した後、加速しながら中央線を越えてはみ出し走行し、対向してきた軽乗用車の右側サイドミラーに接触、さらにそのまま進行して対向のタクシーにも衝突したが、それでも速度は緩まることなく早良口交差点に進入、右折しようとしていた乗用車に衝突、衝突された右折乗用車は右折待ちをしていた別の乗用車も巻き込み、横転した状態で歩道に乗り上げ、この一連の事故を起こした81歳の男性が運転していたワゴン車も最後は交差点先の歩道に乗り上げ、信号待ちをしていた通行人(男性35歳)とぶつかった後、停止するという事故が発生。結果、81歳の男性運転者は外傷性ショックで死亡、助手席に同乗していた男性の妻76歳は胸などを強打し死亡、信号待ちをしていて事故に巻き込まれた通行人(男性35歳)が骨盤骨折の重傷を負ったほか、他の車の乗員ら6人も軽傷を負った。防犯カメラや他車のドライブレコーダーの解析結果によると、81歳の男性が運転していたワゴン車は、最初の追突事故を起こした後、何らかの理由で加速し、制限速度50キロを大幅に上回る速度で交差点に進入していたこと、現場に目立ったブレーキ痕が見つかっていないことが判明したとのこと。
★以上4件の交通事故のうち、大津市での保育園児らが死傷した事故は、歩道上で信号待ちをしていた幼い子どもの命が唐突に飛び込んできた車によって奪われた―という衝撃的な事故でしたが、その衝撃が覚めやらぬ5月28日、神奈川県川崎市多摩区登戸でスクールバスを待つ児童らが刃物を振り回した暴漢にわずか数分足らずの間に次々に襲われ殺傷されるという惨劇が発生したことと相まって、園児・児童らが日常的に利用する散歩路や通学路の安全確保や園児・児童らの保護の在り方に大きな関心が寄せられましたが、この問題に関してはいずれかの機会に取り上げることとし、本稿では、東京・豊島区池袋での事故と福岡市での事故、そして、神戸の市バス事故の3件に共通する問題点について取り上げてみることにします。すなわち、東京・豊島区池袋での事故および福岡市での事故は、いずれも80歳超の高齢運転者による事故であり、また、この2件の事故と神戸の市バス事故の3件ともがアクセルとブレーキの踏み違いによるとみられる事故である点で共通性があると思うからです。まず、高齢運転者による交通事故、なかでも、近年は、75歳以上の、いわゆる後期高齢運転者による悲惨な死亡事故が相次ぎ、かつ、アクセルとブレーキの踏み違いによるとみられる事故が目立っており、その事故防止対策を求める世論が高まっているとされ、6月11日の新聞報道(日本経済新聞)によると、政府は、75歳以上の高齢者を想定し、自動ブレーキなど安全機能が付いた車種のみを運転できる高齢ドライバー専用の新しい運転免許を設ける道路交通法の一部改正を行う方針を打ち出したと報じています。また、東京都の小池百合子知事は、6月11日の都議会で、アクセルとブレーキの踏み違いによる急発進を防ぐ装置(後付け可能)の購入・設置費用の9割ほどを、1年間程度の期間限定で補助する方針であることを表明したことも新聞・テレビ等のニュースで報じられました。
★まず、東京都が実施を表明したアクセルとブレーキの踏み違いによる急発進を防ぐ装置の購入・設置費用の補助についてですが、こうした補助制度は既にいくつかの自治体で実施している先例もあるとのことですが、9割ほどの高率補助を打ち出したのはこれが初めてで、補助対象者の年齢や受付開始時期等の詳細については今後詰めていくとのことですが、これが実施されれば当該装置取り付けの普及が促進され、アクセルとブレーキの踏み違いによるとみられる事故の防止に幾分なりとも寄与することとなるでしょう。ただし、この対策は、あくまでも東京都の施策であり、アクセルとブレーキの踏み違いによるとみられる事故の多くは、むしろ、東京都以外で多発しているのが実態ですから、他の道府県での「右に習え」、つまり、全国的に共通した補助制度にならなければ、目立った効果が期待できず、それには国の特別な支援が不可欠だというのが実情でしょう。また、東京都の補助対象者の年齢がどのように決められるのか、今のところ、まったく不明ですが、新聞報道などによる限り、いわゆる「高齢者」対策の一環として実施されるように思われます。しかし、アクセルとブレーキの踏み違いによるとみられた交通事故は、その死亡事故に限れば75歳以上の高齢ドライバーによるものが40%ほどを占め、確かに、高い占率を示していますが、だからといって、高齢ドライバー特有の事故では決してなく、他の年齢層のドライバーによる事故の方が多いというのが実態であることを見逃してはいけません(※公財・交通事故総合分析センター「交通事故分析レポート」No.107・No.124参照)。ちなみに、アクセルとブレーキの踏み違いによる事故の「年齢層別」の発生状況を最新3年間の平均データで検証してみると、「70歳未満」のドライバーによる事故のほうが3分の2以上を占めて圧倒的に多く、「70歳以上」の高齢ドライバーによる事故は20数%ほどを占めているにすぎません(※公財・交通事故総合分析センターHP上のデータを基に弊社編集部が集計)。ですから、アクセルとブレーキの踏み違いによる急発進を防ぐ装置の設置は、当面はともかく、いずれやがて、すべてのドライバーが高齢ドライバーになっていくことも考えれば、すべての車への標準装備化を図るべきものだということを対策関係当局者はしっかりと認識しておいてほしいものです。
★ただ、アクセルとブレーキの踏み違いによる急発進などの事故が起きる根源は、その役割がまったく真逆であるアクセル・ペダルとブレーキ・ペダルが、同じ右足で踏み込むという単純、かつ、同様の動作で操作をするという、「フールプルーフ」(誤って操作しても危険が生じない、または、そもそも誤操作が生じない構造・仕組みの操作装備・装置の意)に反する装置(装備)設計にある―というのが「雑記子」のかねてからの持論で、車のほとんどさまざまな装置・装備は日進月歩で改良・進化を遂げているのに、なぜか、ワイパーと、アクセルとブレーキ装置・操作だけは旧態依然の代物だというのは何とも不可思議なことと思っています。ですから、この度、東京都が購入・設置費用の補助の対象としているのは、アクセルとブレーキの踏み違いをセンサーによって感知し、間違ってアクセルを急激に踏み込んでも、エンジン出力がカットされ、急加速されない装置のようですが、この装置では、アクセルとブレーキ操作の根源的問題点はそのままで、何らかの事由でセンサーが機能しなかったり、故障したりすることはあり得ないのか・・・という懸念は残ります。そこで、アクセルとブレーキ操作にまつわる根源的問題点を解決すべく、足の踏み込み・上下運動で操作するアクセルではなく、足(先)を横に移動して足の右側面にあるアクセル・プレートを操作する装置など、アクセルとブレーキの操作を「フールプルーフ」な別動作でする装置を開発しているベンチャー企業も出てきて、既に取り付け可能な装置も市場に出ているようですが、ベンチャー企業任せではなく、既存の自動車メーカーや政府こそがそれらベンチャーの開発を積極的に支援、促進して、アクセルとブレーキ操作にまつわる根源的問題点の早急な解決を図るというのが本筋ではないかと思っています。
★次に、政府(未来投資会議・第28回)が表明した「75歳以上の高齢者を想定し、自動ブレーキなど安全機能が付いた車種のみを運転できる高齢ドライバー専用の運転免許の新設」に関してですが、もちろん、「昨今、相次いで発生した高齢ドライバーによる悲惨な死亡交通事故と高齢ドライバーに対する安全対策を求める世論等が高まり、政府も制度面の検討を急ぐ必要があると判断した」(日本経済新聞・2019.6.11)結果であるということではありますが、それにしても、まずは「新しい運転免許の創設を“成長戦略”に盛り込む」ということですが、“成長戦略”とは基本的に経済政策のことだと解しますが、「新しい運転免許の創設」が、なぜ、“成長戦略”に結びつくのか、門外漢の「雑記子」は、正直、首をかしげるばかりです。しかも、この「新免許は取得の義務付けを見送り、選択制を軸に検討する」、「新免許で運転できる機能の条件は関係省庁とメーカーで協議して詳細を(これから)詰める」(日本経済新聞・2019.6.11、アンダーライン部は「雑記子」挿入)ということですから、その点からしても、また、警察庁でも有識者などによる分科会を設けて高齢ドライバーの事故防止対策について検討してきましたが、この3月にまとめ、公表した報告書では、運転できる地域や時間帯、車種を絞った「限定条件付き免許」の導入について、「事故抑止効果や社会的ニーズを踏まえ、引き続き検討する必要がある」(北海道新聞・2019.6.11)としている点からしても、あまりにも唐突、拙速すぎる感が拭えません。
★確かに、社会の高齢化に伴って、高齢ドライバー、なかでも75歳以上の高齢者の運転免許保有者数は年々増加し、昨年末では563万人余、10年前(2009年末・323万人余)に比べ1.7倍以上にもなっています。しかし、75歳以上の高齢ドライバーが第一当事者になった交通事故は、全国でこの10年、毎年ほぼ3万件余で推移しており、高齢者の運転免許保有者数が年々増加しているのに正比例して交通事故も増加しているわけではありません。ただ、全国の交通事故発生件数は、この10年間、ほぼ毎年減少の傾向をたどっていることもあり、全事故件数に占める75歳以上の高齢ドライバーによる事故件数の割合は数%前後の範囲内ですが、年々高まる傾向にあります。特に死亡事故に限ってみると、やはり、この10年間、ほぼ毎年400件台で推移していますが、全死亡事故に占める割合をみる限りでは、やはり、増加の傾向にあり、昨年2018年は過去最高の14.8%に達していることは確かです。しかし、テレビ・新聞等のメディアの報道を見聞きしている限り、あたかも、高齢ドライバーによる死亡事故が異常に多発しているかのような報道ぶりですが、75歳未満のドライバーによる交通事故が約73%、死亡事故に限っても75歳未満のドライバーによるものが約85%を占めているというのがまぎれもない実態で、75歳以上の高齢ドライバーによる死亡事故だけをことさら問題視するのは交通安全対策の総合的推進上、無用な偏向をもたらす弊害が生じる恐れがあることを知るべきです。
★ちなみに、ドライバーの年齢層別の最近年3年間の平均の人身交通事故数(以下、交通事故と略記する)を検証してみると、40歳から64歳の「壮年層」が最も多く約40%、以下、25歳から39歳の「青年層」が約25%、24歳以下の「若年層」が約14%、65歳から74歳の「前期高齢層」が約14%、そして75歳以上の「後期高齢層」は7%ほどという実態にあります。また、「運転免許保有者数当たりの事故発生率」(最近年3年間の平均)を検証してみても、確かに、75歳以上の後期高齢ドライバーの事故発生率は、25歳から39歳の「青年層」や40歳から64歳の「壮年層」、あるいはまた65歳から74歳の「前期高齢層」に比べれば、幾分高い事故発生率になっていますが、最も高い事故発生率なのは24歳以下の「若年層」で、その運転免許保有者数当たりの事故発生率は84分の1、つまり、免許保有者84人中の1人が交通事故の「第一当事者」になっているという状況にありますが、75歳以上の「後期高齢層」の運転免許保有者数当たりの事故発生率は154分の1ですから、24歳以下の「若年層」のそれに比べれば半分程度の事故発生率で、75歳以上の高齢ドライバーが最も交通事故を引き起こしやすい―、ということでは決してありません。
★にもかかわらず、目下、75歳以上の高齢ドライバーによる交通事故(死)が問題視されているのは、敢えて言えば、75歳以上の高齢ドライバーによる交通事故は致死率が高い、つまり、死亡事故になる割合が高く、また、先にも紹介したように、死亡事故全体に占める75歳以上の高齢ドライバーによる死亡事故の割合が年々増加傾向をたどっているからであろうと思われますが、それにしても、交通死亡事故=高齢ドライバーというような誤解が生じやすい配慮を欠いた安直な報道・広報は厳に慎むべきです。また、そうした安直な図式の下で、拙速に「限定条件付き免許」を創設したり、現行の70歳以上を対象にした「高齢者講習」や75歳以上の高齢ドライバーに対する「認知機能検査」の内容や仕組み等を検証・吟味することなく、それらに基づくなどして運転免許の「自主返納」を促進したりする対策で、果たして本当に問題は解決するのか・・・、大いなる疑念を抱いています。(次回に続く)(2019年6月24日)