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2018年8月23日

ホームページの内容を一部リニューアルしました。トップページに掲載されていた「シグナル交通安全雑記」は、交通安全時評内でお読みいただけます。

最終更新日:2019年10月18日

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交通安全時評

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安全運転管理 あれこれ記 その156 教科で教える
交通リスクコンサルタント 小林 實

心を耕し、人の在りようを教える

 長年、中等教育にたずさわってこられた高田善次さんは、最近の現場教育で、学校の教師が「教科教える」ことに集中してしまい、「教科教える」というスタンスをとる教師が少なくなった…という風潮を問題だと指摘されておられます。
 もちろん、中学校の授業にあっては、生徒の知識量を増やすことにその目的があることは疑いの余地がありません。このため、授業では問題の解き方や、結果を導き出す方法、考え方を教えることに多くの時間を割いていることは当然だといえます。知識の量を増やし、幅を広げ、深めていくことが授業だと考えている教師も多く、しかも時間的な制約から、なかなか教科を通して教える、いわば「教科で教える」というスタンスがとりにくいのも現実であるわけです。しかしながら、こうした多くの教師のやり方はどちらかといえば進学塾的な教え方だ…という危惧感を、高田さんは持っておられます。
 では、「教科で教える」とはどういう意味でしょうか。教科を一つの媒体として心を耕し、人としての在りようを教えることだと高田さんは説かれます。教科を通じ、心のふれあいから高めていく、いうなればデジタル的な発想よりもアナログ的発想を重視するスタンスとでもいいましょうか。そのためには、教師自身が目、耳、心を高めていくことこそ重要だと高田さんは言われます。つまり、教科で教えるためには、教師は日ごろから自身の心を耕して人格を磨き、人間性を高めていくことが必要だというわけですが、高田さんの言われる目、耳、心を磨くこととはどういうことでしょうか。
 一つは「見る目」にあると言われます。見る目とは、鋭い観察力を持つことであり、一人ひとりの児童生徒をしっかり見つめ、良い芽、伸びる芽を見つけ出し、その芽をどう伸ばすか―、つまり、児童生徒の外面を見るのではなく、内面を見ることだと言うのです。
 次に、「聞く耳」を持つことだと言われます。つまり、児童生徒の声にならない声といいますか、内なる声を感じ取ることだと言います。そして、「響く心」を持つということ。これは、一人ひとりの児童生徒の心のうち、心の在りようを感じ取ること、共感することだと言われます。心というものは、人間の認知・判断・処置では決めにくい上位概念であるわけで、それを自ら高め、それを基盤として児童生徒によりわかりやすい授業にすることだ―というわけです。

異なる教育の場でも

 ところで、この考え方は、教習所の指導員であるとか、企業の安全管理者といった教える立場にある人たちにとっても同じではないでしょうか。ただ、技術や知識を教え、覚えさせるのではなく、学ぶ人と向き合い、心を通わせ、技術や知識を教えるとともに、心の在りようを教えることが大切なのです。
 つまり、単に運転とは認知・判断・操作の繰り返しだ―と教えるのではなく、そこに人間の心というものが絶えず作用することを意識させる必要がありましょうし、なぜそうすべきなのか、すべきでないのか―の判断と納得を得ることが大切でしょう。そのためには、指導員や安全管理者という教える立場にいる人間が、常に自分自身の人間性を高める努力をすることがキーになるわけです。
 法律の解説や車の構造という知識教育では、確かに「教科を教える」ことが中心となり、どうしても指導員は教師役的な存在になります。しかし、技能教育の段階になりますと、教科を通して、そこでの人間関係であるとか、人との関わり合いの大切さ、ちょっとしたミスが大きな事故になるというような、単純に割り切れないアナログの世界というものを、実体験を通して感じさせることが重要です。いわば「コーチ」としての役割が必要となり、さらに好ましい運転態度を形成するためには、カウンセラー的な役割も期待されるわけです。
 たとえば、教習生が左折の際にウインカーを出さずに曲がってしまうような事態では、「ハイ、ウインカーを出して!」と指示することにより、その場をうまく処理することは可能です。しかし、この学習方法では、指導員の言われたことをそのまま行うという習慣は形成できたとしても、教習生の「なぜウインカーを出さなければならないか?」という疑問に答えなければ、「必ずウインカーを出す」という習慣行動は身につかない可能性が高い―といえましょう。
 なぜウインカーを出さなければならないか? なぜ周囲の状況を十分に観察することが必要か? を生徒自身が考えられるような教習指導が重要であり、そうでなければ、教習生の「自発的な好ましい行動」を誘発できるような指導教育とはならないはずです。

デジタル文化の落とし穴

 最近よく「アナログ的発想」とか「デジタル化」という言葉を聞きます。そもそもデジタルとはdigitus 、ラテン語の「指」を意味する言葉からきています。つまり、指を折って数を数えるという一つひとつが独立した不連続なもので、要するに、不連続な構造をベースとした考え方といえましょう。
 一方、アナログというのはラテン語のanalogiaからきたものとされていますが、これは「相似」という意味で、似たもの同士を集めて数量化することであり、連続した構造という概念です。「1か0か」という二つに割り切る考え方は、まさにデジタル的発想であり、この風潮が現代の若者の間に広がっていることも事実です。
 歌手で俳優の美輪明宏さんは、デジタル機器で利便性や経済性は得られるだろうが、必ず失うものがあると言われます。確かに、ネットで簡単に情報は得られても、「自ら考える機会」を失ってしまいますし、リアルな対人関係が結べなくなる…というデジタル文化の落とし穴に対する警告を発しておられます。(朝日新聞、2014/5/31)
 多くの人がうつ向きがちにスマートフォンを見つめ、関心と無関心、仲間と他者、共感と冷笑といった、相反する心情がせめぎあっている状況で、「考える」のではなく、刹那的に感じる風潮が強くなっているのも事実です。こうしたなかで、高田さんの指摘には耳を傾ける必要がありましょう。

(2019年5月)

 

小林實(こばやし・みのる)

 1959年慶應義塾大学大学院修士課程修了。警察庁入庁、科学警察研究所勤務。同研究所勤務の間、米国厚生省訪問研究員、フィリピン大学交通訓練センターでの教育指導などに従事。1989年交通部付主任研究官を最後に退官後、(株)損害保険ジャパン顧問、(財)国際交通安全学会顧問、主幹総合交通心理士。現在、交通リスクコンサルタントとして活躍。
 『運転学のすすめ』『安全への視点』『運転の構図』『あんぜんかわらばん』『クルマ社会の安全管理』『なぜ起こす交通事故』など著書多数。当社からは『安全運転管理のスタンス』『安全運転管理の心理学』を発行。

 

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第159回
点検について
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第155回
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第154回
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