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今から40年近くも前に、ドイツのダイムラー・ベンツ社が事故調査を行いました。それは、数多くの事故車両を分析した結果、仮にあと0.5秒早く危険を察知していれば、起きた事故の半分は回避できたであろう―というものです。また、もしも1秒早く危険を察知していれば、事故の90%は回避できたということも公表しました。この結果から、「安全運転」というのは、危険をいかに速やかに察知し、回避行動を起こせるかにかかっている―ということが強調され、いわゆる「認知・判断・操作」という一連の動作の敏速さが問われるようになったわけです。
我が国のシミュレータによる最近の実験結果(AHS研究組合による)を見ても、もし危険回避までの時間が5秒あった場合、100%のケースで衝突は回避される―という結果が出ています。当然、回避までの時間が短くなりますと、障害物を回避する確率は下がるというわけで、衝突の回避率が50%となる障害物までの時間は3.2秒となります(下図の矢印の地点)。
もし、これよりも0.5秒短くなりますと、回避率は30%にまで低下しますので、衝突はますます避けられない状況になってきます。逆に、この3.2秒よりも1秒早く、すなわち4.2秒の余裕があれば、回避率は90%以上にも達することになります。
この結果によっても、1秒の持つ意味がいかに大きいものかわかります。つまり、前方の情報をいかに早く察知するか―がポイントであり、脇見をはじめ、ほかのことに気を奪われることがいかに危険であるか、おわかりいただけるでしょう。
つい先日、東名高速道路の下り線を走行中のことでした。「前方5キロ先に故障車あり」という電光表示に気づきました。大したことはないだろう…と思っていましたが、かなりのカーブに差しかかったところ、前方に突然、トラックの大きなタイヤらしきものが目に入りました。スピードが時速80キロ程度だったため、ヒヤリとしながらも避けて通ることができましたが、少し先の路肩に、車輪の一つが脱落した黒い大型トラックが止まっていたので、そのトラックから脱落して本線上に転がったものでしょう。あの電光表示の「前方に故障車あり」の情報があったことが、「何かあるかもしれない…」という心の準備につながったのかもしれません。
このとき、たまたま直後を走っていた友人のドライブレコーダにその状況が撮影されていましたので、その動画から計算したところ、前方の路上に黒いものが見えてから脇を通過するまでの時間はわずか3秒ちょっとであり、ほんの一瞬のことでした。
この時間を先ほどのグラフに照らし合わせると、衝突を70%回避できる余裕になりますが、逆に言うと、衝突の可能性も30%あったわけで、もしも同乗者との会話に夢中になっていたり、何かに気をとられていたりすれば、回避が難しかったかもしれません。タイヤが落ちていたのが目の前の車線中央であれば、より積極的な回避動作を要求されますから、事態はさらに深刻化していたでしょう。
先日アメリカで起きたウーバー社の自動運転車による死亡事故では、走路環境を監視する役割としてオペレータ(車は自動操縦中なので、乗員をドライバーとは呼びません)が乗っていましたが、自転車を押して横断歩道以外のところを横断していた女性と衝突してしまいました。夜間だったにもかかわらず、オペレータの彼は、衝突の直前にモニター画面を5秒間見たきりで、外の様子には目を向けてはいませんでした。
この自動運転車のシステムは、歩行者の姿を見逃し、そのまま約60キロのスピードで走行し続けてしまったわけですが、仮に人間が運転していたとすれば、周囲の暗さ加減であるとか、ヘッドライトで照らされたであろう歩行者の一部を認識してスピードを落とすなり、ハンドルを切るなりの回避動作をしていただろうと想像できます。ところが、自動運転車のオペレータは、貴重なこの5秒間を無為に過ごしてしまったわけです。仮にこの5秒という余裕時間がなかったとしても、人間のドライバーであれば、何らかの障害物回避の動作がとれたかもしれません。
車の自動化が進み、危険の回避は果たして100%可能であるかどうか、このあたりの議論はさらに詰める必要がありそうです。仮に、人工知能が判断に苦しむような事態が生じた場合、無駄に時間が経過することになります。また、機械側から人間サイドに権限を委譲する、つまり、機械では判断できないから代わってください―というような事態が起きた場合、少なくとも10秒は必要といわれています。自動化が進めば人間サイドは楽になるということは決してなく、いかなる場合でも異常事態に備えることが必要です。
運転支援装置が徐々に浸透している現在、ドライバーがこれに甘えることなく、いかに突然の異常に対処できるか―が問われているといえましょう。
(2019年1月)