★昨年2017年(平成29年)5月、「自転車活用推進法」という新しい法律が施行されました。しかし、推計によると、全国で少なくとも7,000万台以上、自家用乗用自動車の保有台数を上回る自転車が保有・使用されており、まさしく最も身近な交通手段となっている自転車に関する新法であるにもかかわらず、換言すれば、圧倒的多数の国民の日常生活に直結する極めて身近な新法の制定・施行であるにもかかわらず、テレビ・新聞等のマスコミ・マスメディアではほとんど報道されませんでした。そこで、本稿では、今後の交通安全にも大きく関係するこの「自転車活用推進法」という新しい法律の概要を紹介するとともに、問題点等を考えてみることにしました。
★まず、この新法は、一昨年2016年(平成28年)12月の臨時国会に議員立法として上程され、衆・参両院共に全会一致で可決され同月に公布され、昨年2017年(平成29年)5月に施行されました。そして、この新しい法律の目的は、その第1条に「この法律は、極めて身近な交通手段である自転車の活用による環境への負荷の低減、災害時における交通の機能の維持、国民の健康の増進等を図ることが重要な課題であることに鑑み、自転車の活用の推進に関し、基本理念を定め、国の責務等を明らかにし、及び自転車の活用の推進に関する施策の基本となる事項を定めるとともに、自転車活用推進本部を設置することにより、自転車の活用を総合的かつ計画的に推進することを目的とする」と記されています。しかし、法文特有の言い回しですから、一読しただけでは何をどうしようとするための法律なのかが判読しかねますので、敢えて整理してみると、以下のようになると思います。つまり、環境への負荷の低減、災害時における交通の機能の維持、国民の健康の増進等を図ることが重要な課題となっていますが、極めて身近な交通手段である自転車を活用すれば、その重要課題の解決に資することができると考えられますので、自転車の活用を推進するために、法律によって(1)基本理念を定め、(2)国の責務等を明らかにし、(3)自転車の活用の推進に関する施策の基本となる事項を定め、(4)自転車活用推進本部を設置して、自転車の活用を総合的かつ計画的に推進することを目的として制定・施行したのが「自転車活用推進法」、ということになると思います。
★また、「自転車活用推進法」の第2条には、自転車の活用の推進に関する「基本理念」が規定されていますが、以下にそれを意訳・要約して紹介しましょう。すなわち、自転車の活用の推進は、(1)自転車による交通は環境への負荷がなく、災害時に機動的等の特性を有し(第2条第1項)、(2)自転車の利用を増進し、自動車への依存の程度を低減することは、国民の健康増進と交通混雑の緩和による経済的・社会的効果をもたらす等(第2条第2項)公共の利益の増進に資するという基本認識の下に行われなければならない。(3)交通体系における自転車による交通の役割を拡大することを旨として行われなければならない(第2条第3項)。(4)交通の安全を確保しつつ行われなければならない(第2条第4項)。以上の4つが自転車の活用を推進する際の基本理念であり、国はこの基本理念にのっとり、自転車の活用の推進に関する施策を総合的かつ計画的に策定し、実施する責務を有することが第3条第1項に明記されています。また、同条第2項には「国は、情報の提供その他の活動を通じて、基本理念に関する国民の理解を深め、かつ、その協力を得るよう努めなければならない」という責務も明記されています。しかしながら、冒頭でもちょっと触れましたが、圧倒的多数の国民の日常生活に直結する極めて身近な「生活法」ともいえる、この新法・自転車活用推進法の制定・施行はテレビ・新聞等のマスコミ・マスメディアでもほとんど報道されなかったばかりでなく、新法そのものに、「国は、情報の提供その他の活動を通じて、基本理念に関する国民の理解を深め、かつ、その協力を得るよう努めなければならない」として「国の責務」が明記されているにもかかわらず、今もって、国民の理解を深め、かつ、その協力を得るための「情報の提供その他の活動」は、少なくとも「雑記子」の知る限り全く見聞きされません。まず、このことが、この新法の最大の問題点だと思うのです。
★つまり、「環境への負荷の低減、災害時における交通の機能の維持、国民の健康の増進等を図る」ために、「極めて身近な交通手段である自転車の活用」を図ることが極めて有効な対策だとの考えのもとに敢えて制定・施行した自転車活用推進法がその成果を挙げていくためには、その法律自身が明記しているように、何よりも、実際に、日常的に、自転車を利用する圧倒的多数の「国民の理解を深め、かつ、その協力を得る」ことが必要不可欠の核心となるものですが、その「国民の理解を深め、かつ、その協力を得る」ための「情報の提供その他の活動」の動きが全くと言ってよいほど、今もって見聞きされない―という現状からすると、このせっかくの新法も、結局は、「免罪符」にすぎず、「空手形」になってしまうのではないかと危惧するのです。ただ、国(政府)は、自転車活用推進法に規定されている「自転車の活用を総合的かつ計画的に推進するための国の施策等」を定める「自転車活用推進計画」の策定作業には着手し、今年2018年(平成30年)6月に閣議決定し、公表しました。しかし、この「自転車活用推進計画」も、テレビ・新聞等のマスコミ・マスメディアでもほとんど報道されなかったばかりでなく、「理解を深め、かつ、その協力を得るよう努めなければならない」はずの圧倒的多数の自転車利用者や国民に知らしめる活動が行われていることは見聞きできませんので、多分、自転車利用者や国民のほとんどは、その存在すら知らないでいると思います。そこで、以下では、その「自転車活用推進計画」の概要も紹介しておきましょう。
★この「自転車活用推進計画」(以下、「計画」と略す)は、まず、「計画期間」として、東京オリンピック・パラリンピック開催を契機として、東京を自転車フレンドリーな先進都市へと変貌させる必要があることなどを踏まえて、長期的な展望を視野に入れつつ、2020年度までとする―としています。つまり、2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックを念頭におき、それまでに「東京を自転車フレンドリーな先進都市へと変貌させる必要がある」としているわけですが、その一方で、「自転車の利用を拡大する上で、自転車が安全で快適に通行できる空間の整備や交通の安全の確保が課題となっているが、これらは、いずれも、一朝一夕に達成することは容易ではなく、長期的な視点に立った着実な取組が必要である」ともしていますので、結局、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年までに、東京を自転車フレンドリーな先進都市へと変貌させる取組をどれだけ実施するのかが極めてあいまいなままになっている「計画」だと言わざるを得ませんが、「計画」の主要部ともなる第2章部には「自転車の活用の推進に関する目標及び実施すべき施策」の表題のもと、「計画」実施の目標として4つの事項を挙げ、それらの目標達成のために、実施すべき施策を定めていますので、次には、その4つの目標とそれぞれの目標達成のために、実施すべき施策の概要を紹介してみましょう。
★「計画」に掲げている4つの目標とは、1)自転車交通の役割拡大による良好な都市環境の形成、2)サイクルスポーツの振興等による活力ある健康長寿社会の実現、3)サイクルツーリズムの推進による観光立国の実現、4)自転車事故のない安全で安心な社会の実現、以上の4つです。そして、それぞれの目標達成のために、実施すべき施策としては、まず、1)の「自転車交通の役割拡大による良好な都市環境の形成」に関し、(1)自転車通行空間の計画的な整備の促進、(2)路外駐車場の整備や違法駐車取締りの推進等による自転車通行空間の確保、(3)シェアサイクルの普及促進、(4)地域の駐輪ニーズに応じた駐輪場の整備推進、(5)自転車のIoT化(インターネットを利用したサービス等)の促進、(6)生活道路での通過交通の抑制や無電柱化と合わせた自転車通行空間の整備といった6つを掲げています。また、(1)の「自転車通行空間の計画的な整備の促進」に関しては、具体的な数値目標ともいえる【指標】も2つ掲げています。その一つは、都道府県は、国の「計画」を勘案して「都道府県自転車活用推進計画」を定めるよう努めなければならないこと、および市町村は、国や都道府県の「計画」を勘案して「市町村自転車活用推進計画」を定めるよう努めなければならないことが自転車活用推進法に規定されていますが、この新法が施行された2017年度現在、都道府県や市町村、つまり、地方公共団体レベルが「計画」を策定した実績はゼロでしたが、2020年度までには200の地方公共団体が「計画」を策定するという目標値・【指標】を掲げています。また、もう一つの【指標】は、都市部における歩行者と分離された自転車ネットワーク(自転車専用通行路網、※カッコ内のアンダーライン部は「雑記子」による)が概成されているのは、2016年度現在、全国で1市町村しかありませんが、2020年度までには10市町村に増やす、というものです。なおまた、(3)の「シェアサイクルの普及促進」に関しても、サイクルポート、つまり、シェアサイクルの普及に必要不可欠な適所に設けられた自転車返却場に関し、2016年度現在、この設置数は全国で852箇所となっていますが、2020年度までには1,700箇所にするという目標値・【指標】を掲げていますが、2020年度末まで残されている期間も3年足らずしかない、とはいえ、あまりにも低い目標値・【指標】だという印象が拭えませんが、まずは、2)から4)の目標達成のために実施すべき施策の紹介が残っておりますので、そこに筆を進めます。
★「計画」に掲げられている「目標」の2、すなわち、「サイクルスポーツの振興等による活力ある健康長寿社会の実現」、この目標達成のために実施すべき施策としては、(1)国際規格に合致した自転車競技施設の整備促進、(2)公道や公園等の活用による安全に自転車に乗れる環境の創出、(3)自転車を利用した健康づくりに関する広報啓発の推進、(4)自転車通勤の促進、以上、4つを掲げています。また、(4)の「自転車通勤の促進」に関しては、【指標】として「通勤目的の自転車分担率」が2015年度現在15.2%だったものを、2020年度の目標値を16.4%にするとしています。さらにまた、「計画」に掲げられている「目標」の3、「サイクルツーリズムの推進による観光立国の実現」、この目標達成のために実施すべき施策としては、(1)国際会議や国際的なサイクリング大会等の誘致、(2)走行環境整備や受け入れ環境整備等による世界に誇るサイクリング環境の創出、という2つの施策を掲げ、(2)の「走行環境整備や受け入れ環境整備等による世界に誇るサイクリング環境の創出」に関し、【指標】として「先進的なサイクリング環境の整備を目指すモデルルートの数」が2017年度現在ゼロであるものを2020年度には40ルートにするという目標値を掲げています。そしてまた、自転車の活用の推進に関する第4の「目標」、すなわち、「自転車事故のない安全で安心な社会の実現」に関しては、この目標達成のために実施すべき施策として、(1)高い安全性を備えた自転車の普及促進、(2)自転車の点検整備を促進するための広報啓発等の促進、(3)交通安全意識の向上に資する広報啓発活動や指導・取締りの重点的な実施、(4)学校における交通安全教室の開催等の推進、(5)自転車通行空間の計画的な整備の促進(再掲)※目標1の(1)、アンダーライン部は「雑記子」による註、(6)災害時における自転車の活用の推進、以上、6つを掲げています。
★また、この第4の目標、すなわち、「自転車事故のない安全で安心な社会の実現」を達成のために実施すべき施策として掲げている6つの施策の(1)の「高い安全性を備えた自転車の普及促進」に関しては、2つの【指標】を掲げ、その目標値が示されています。その第1の【指標】は、「自転車の安全基準に係るマークの普及率」で、2016年度の実績値は29.2%であったものを2020年度には40%にするという目標値、第2の【指標】は、「自転車乗用中の交通事故死者数」で、2017年は480人であったものを、第10次交通安全基本計画に掲げている道路交通事故死者数全体の減少割合以上の割合で減少させることを目指す、という目標値を掲げています。なお、この第2の【指標】と目標値は、第4の目標達成のために実施すべき施策6つのうちの(1)から(5)まで共通して係るものだとしています。ちなみに、「第10次交通安全基本計画に掲げている道路交通事故死者数全体の減少割合」というのを算出してみると、「第10次交通安全基本計画」が始動した前年2015年(平成27年)の全国の交通事故死者数は4,117人(いわゆる24時間死者数、以下同じ)で、「第10次基本計画」の目標は「2020年までに2,500人以下にすることを目指す」というものですから、それを達成すると死者数全体の減少割合は39.3%以上ということになりますので、「自転車活用推進計画」で目指す「自転車乗用中の死者数」の減少割合は、少なくとも40%以上ということになります。次に、第4の目標達成のために実施すべき施策の(2)、「自転車の点検整備を促進するための広報啓発等の促進」に関する【指標】として「自転車技士の資格取得者数」を挙げ、2017年度までの実績値が80,185人だったものを2020年度までには84,500人にするという目標値を掲げています。さらにまた、第4の目標達成のために実施すべき施策の(4)、「学校における交通安全教室の開催等の推進」に関しては、「交通安全について指導している学校の割合」を【指標】に取り上げ、2015年度までの実績値が99.6%であったものを2019年度までに100%にするという目標値を挙げています。
★以上が、今年2018年(平成30年)6月に閣議決定され、公表された「自転車活用推進計画」の主要部となる「自転車の活用の推進に関する目標及び実施すべき施策」の概要ですが、ちなみに、この「計画」にはこのほか、第1章に当たる「総論」部では、(1)「計画」の位置付け、(2)計画期間、(3)自転車を巡る現状及び課題が記されているほか、第3章部では「自転車の活用の推進に関し講ずべき措置」、また、第4章部では「自転車の活用の推進に関する施策を総合的かつ計画的に推進するために必要な事項」も記載されていることを紹介し、その概要紹介は省きますが、「雑記子」が何度も熟読・吟味した限り、「自転車活用推進法」、そして、その新法の規定に基づく「自転車活用推進計画」が、なぜ、この時期に、またその「計画期間」もわずか3年足らずという余裕のない中で策定・公布施行されたのか、その真意が読み取れず、理解不能で大きな戸惑いと懸念が隠せないというのが率直なところです。もちろん、先にも紹介しましたが、この新法の第1条「目的」にも記載されているように、自転車は、極めて身近な交通手段であり、それを積極的に活用することによって環境への負荷を低減することにも寄与し、災害時における交通機能としても役立ち、また、国民の健康の増進等を図ることにも寄与するであろうことには「雑記子」も異論がありません。しかし、「長期的な展望を視野に入れつつ」としながらも、「計画期間」を3年そこそこの2020年度までと規定し、それが目前に迫っているこの時期に、なぜ、慌ただしく公布・施行したのか・・・が理解できませんし、また、それだけ急を要する制定新法「自転車活用推進法」とそれに基づく「自転車活用推進計画」であるならば、何よりも、国民の圧倒的多数を占める自転車利用者や一般国民に広く周知徹底することこそが必要不可欠の絶対条件であると思いますが、テレビ・新聞等のマスメディアでもほとんど報じられていませんし、新法である「自転車活用推進法」そのものに、「国は、情報の提供その他の活動を通じて、基本理念に関する国民の理解を深め、かつ、その協力を得るよう努めなければならない」として「国の責務」が明記されているにもかかわらず、今もって、国民の理解を深め、かつ、その協力を得るための「情報の提供その他の活動」は、少なくとも「雑記子」の知る限り全く見聞きされていない現状に鑑みても、何とも不可解な「自転車活用推進法」および「自転車活用推進計画」だと思わざるを得ません。
★また、自転車の活用を推進するためには、自転車が安全・快適に利用できるための「自転車通行空間」の整備・確保が必要不可欠であり、そのことは「自転車活用推進法」および「自転車活用推進計画」にも明記されていますが、最も一般的かつ身近で必要不可欠な「自転車通行空間」として、現行・道路交通法に「自転車道」が明記されており、その「自転車道」の設置・整備を促進しさえすれば、少なくとも最も身近な「自転車通行空間」が十分に確保できるはずで、改めて「自転車活用推進法」や「自転車活用推進計画」において「自転車通行空間」の整備促進を明記する必要がどこにあるのか・・・、それも大いに理解不能です。老婆心ながら敢えて愚考するなら、「自転車道」は、年々増加の一途をたどっていた交通事故の発生状況に鑑み、1970年(昭和45年)の一部改正で新たに規定されたものですが、それ以来、その設置・整備はほとんど促進されず、結果、圧倒的多数の自転車利用者は自らの安全確保優先のため歩道を通行することとなり、結果、歩行者との事故やトラブルが急増、あげく、近年では警察では、「自転車は車道通行が原則」をアピールせざるを得ない状況に至っていますが、こうした状況に鑑みて、新たに制定・施行した「自転車活用推進法」と、それに基づく「自転車活用推進計画」に「自転車通行空間」の整備促進を敢えて明記した―ということなのかもしれません。しかし、現行・道路交通法に「自転車道」の規定が明記された1970年から既に半世紀近くも経ているのに、「自転車道」の設置・整備がほとんど進んでこなかった経緯を考えれば、今さら拙速的に新たな「自転車活用推進法」、「自転車活用推進計画」を策定・施行して「自転車通行空間」の整備促進を掲げたところで、結局は、「屋上屋を架す」だけのことになるのが必定だと思いますが、ともあれ、新法「自転車活用推進法」は公布・施行され、それに基づく「自転車活用推進計画」も策定・公表されました。
★この上は、何度も繰り返しますが、その新法にも国の責務として明記されている「国は、情報の提供その他の活動を通じて、基本理念に関する国民の理解を深め、かつ、その協力を得るよう努めなければならない」という規定に基づき、まずは、新法「自転車活用推進法」やそれに基づく「自転車活用推進計画」も施行・策定したことと、その意義等を国民の圧倒的多数を占める自転車利用者や一般国民に広く周知徹底する取組み活動に速やかに着手・実行すると共に、現行・道路交通法に「自転車道」の規定が明記されてから既に半世紀近くも経ているのに、「自転車道」の設置・整備がほとんど進んでこなかったのは、なぜか、をしっかり検証することが何よりも先決・重要なことで、そうしたことをしっかり実行した上で、「自転車通行空間」の整備促進に取り組んでほしいと切に思います。でなければ、せっかくの新法「自転車活用推進法」も、それに基づく「自転車活用推進計画」も、結局は、「絵に描いた餅」、政府の「免罪符」・「空手形」、あるいはまた「屋上屋を架す」だけの無駄な新法・「計画」に終わることだろうとの危惧を消し去ることができない、ということを重ねて強調し、「自転車活用推進法」や「自転車活用推進計画」の具体的な問題点の検証等は次回以降にすることを御案内して、本稿の結びとします。(2018年10月19日)