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2018年8月23日

ホームページの内容を一部リニューアルしました。トップページに掲載されていた「シグナル交通安全雑記」は、交通安全時評内でお読みいただけます。

最終更新日:2018年10月15日

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交通安全時評

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安全運転管理 あれこれ記 その148 ラスムッセンのSRK理論
交通リスクコンサルタント 小林 實

ハドソン川の奇跡

 クリント・イーストウッドが監督をした「ハドソン川の奇跡」というハリウッド映画をご覧になった方も多いと思います。これは、2009年1月にアメリカで実際に起きた、冬のハドソン川に不時着水しながら、乗客・乗員155人中わずかに5人の負傷者を出すにとどまったUSエアウェイズ1549便の事故をベースに作られた作品です。この便の機長はチェスリー・サレンバーガー(当時57歳)というベテランパイロットでした。
 午後3時過ぎにニューヨーク市のラガーディア空港を離陸直後、複数のカナダガンが両方のエンジンに飛び込むという、いわゆる「バードストライク」に遭遇しました。このため、両エンジンはフレームアウト(停止)し、飛行高度の維持ができず、非常事態を宣言して、一度は近くの空港への着陸を目指しましたが、高度と速度が低すぎるため、機長は市街地への墜落を防ぐべくハドソン川への緊急着水を決定しました。
 ジョージワシントンブリッジをぎりぎりで回避し、高度を少し上げて減速したあと、時速270キロで着水しました。着水進行方向と川の流れとがうまく一致したことなどもあり、機体の衝撃は若干抑えられ、恐れていた機体の損傷もわずか一部にとどまりました。
 また、この間、付近を飛行中のヘリ数機に対し、低高度での飛行でレーダーから消失しつつあった機体の目視チェックを依頼することができたほか、着水4分後には救助艇が現場に到着して救助に当たることができた―という幸運も手伝って、機体が水没する前に全乗客乗員が避難できたというわけです。
 仮に、こうした緊急事態が高高度において発生した場合、墜落の瞬間まで時間的な余裕が残されていますが、このケースではまったく時間の余裕がありませんでした。エンジン停止時の対処マニュアルはあったものの、高度2万フィート以上を想定しており、その手順に従っていると間に合わなかった―ということも報告されています。エンジン停止の緊急事態発生から着水までのわずか数分間に的確な判断と指示ができたのは、機長はじめクルーの沈着な判断と行動があったからでしょう。

3つの水準の情報処理

 こうした緊急時での人間の情報処理に関して、ラスムッセンの「SRK理論」、または「三層理論」というのが一つの参考になります(下図参照)。

 SRK.jpg


 このモデルは、外界からの情報が入力されてから行動として出力されるあいだに、SRKという3つの水準で情報処理が行われる―とするものです。
 「S」すなわち「スキルベース」というのは、刺激が直接的に対応する行動を引き起こすもので、無意識的、自動的に行動がとられるものです。
 「R」すなわち「ルールベース」というのは、刺激を認識し、それに対応する規則なり決まりを記憶のなかから検索して運用するという行動であり、意識的なものです。当然、行動までの時間も延びてきます。
 「K」すなわち「知識ベース」というのは、これまでに経験したことのないような事態での行動で、複数の認知機能を用いる複雑なものであり、当然、行動までの時間も余計にかかります。
 図にあるように、この「知識ベース」での情報処理というのは、異常時での出来事への対応になります。「事象の検知」から始まり、その事態を「同定(確定)」し、どういう手段を講じるか「計画を立て」、「一定ルールに基づき」、「行動を実行する」わけですから、余計なプロセスを踏むことになります。通常、こうした状況を実際に体験したことはないわけですから、慌てて本能的な行動をとりがちです。

簡単ではない未知のリスクへの対応

 車の運転の場合、時々刻々と変わる事象を検知し、それに対応した行動をとることになりますが、そのほとんどはルーティンな、いわば自動的な作業に当たり、これは図に示す「スキルベース」の行動となります。ここでは、主に車の速度と方向の制御ということになります。
 「ルールベース」での情報処理というのは、他の車への配慮であるとか、交通ルールの順守というように、訓練された課題の解決になります。
 また、「知識ベース」では、今まであまり経験したことのないような事態、例えば前輪が高速走行中にバーストし、車の制御が難しくなったような事態を指します。もちろん、初心者で運転を始めたごく当初は、ハンドルやブレーキといった基本的な操作や、交通ルールなどについても、ルールベースや知識ベースでの情報処理が必要とされますが…。
 前回、「JR西日本の考動計画」で問題とした新幹線の場合で考えますと、運転作業の多くは自動化されており、図でいえば、スキルベースないしルールベースの作業がほとんどといえるでしょう。しかし、台車の亀裂であるとか、人との接触などというものは、言ってみれば稀に起きる事態であり、記憶のどこかに隠れた「知識ベース」での情報処理だといえます。
 新幹線のように多くの乗客を乗せているようなケースでは、異常事態においてどう対処するのか―を極めて短時間で判断し、処置する必要があります。もちろん当局はこうした異常事態を想定したマニュアルを作成していたようですし、普段の訓練の一環としてシミュレーションもしていたとは思いますが、これが末端にまで徹底されていなかったのではないでしょうか。
 未知のリスクに対する場合、それへの対応は決して簡単ではありません。そのリスクの内容が聞いたこともないようなものであった場合、ラスムッセンの「知識レベル」での情報処理が必要ですが、即刻どう対応するか考えて行動しなければならない事態だと、時間的な制約が大きくなります。その点、「ハドソン川の奇跡」は、かなりレベルの高い行動によるものであったといえるでしょう。
 こうした緊急事態での人間サイドの対応の仕方は、車の自動運転をはじめ、いろいろな分野で自動化が進むなかで、今後大いに論議されなくてはならないでしょう。

 

 小林實(こばやし・みのる)

 1959年慶應義塾大学大学院修士課程修了。警察庁入庁、科学警察研究所勤務。同研究所勤務の間、米国厚生省訪問研究員、フィリピン大学交通訓練センターでの教育指導などに従事。1989年交通部付主任研究官を最後に退官後、(株)損害保険ジャパン顧問、(財)国際交通安全学会顧問、主幹総合交通心理士。現在、交通リスクコンサルタントとして活躍。
 『運転学のすすめ』『安全への視点』『運転の構図』『あんぜんかわらばん』『クルマ社会の安全管理』『なぜ起こす交通事故』など著書多数。当社からは『安全運転管理のスタンス』『安全運転管理の心理学』を発行。 

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