★まず、前回の「雑記」の概要を記しておきましょう。すなわち、「クルマ社会」の文字通りの大革命である自動運転車(自動走行車)の実用化が急速に進捗し、その実現が目前に迫っている今、1960年(昭和35年)という半世紀以上も前に、運転者が「ハンドル・ブレーキ等を常に適正に制御・操縦して走行する自動車」のみを大前提にして公布・施行された現行・道路交通法は、もはや、旧時代の遺物と化し、これまでの「クルマ社会」とは次元が全く異なる自動運転車(自動走行車)が実用化される「新クルマ社会」に対処していくには、一部改正等による応急的な対処では根源的な無理がありすぎるので、全く新たな道路交通法の制定に向けた作業を早急に開始しなければならない。しかし、自動運転車(自動走行車)の実用化という新たな緊急的課題を持ち出すまでもなく、半世紀以上も前の1960年(昭和35年)に公布・施行された現行・道路交通法は、その後の日本の「クルマ社会」の急速な進展・変化に振り回され、毎年のように、一部改正という「つぎはぎ繕い」補修を繰り返してその場をしのいできたが、今日の道路交通の実態と大きな齟齬をきたしている部分も少なくなく、もはや甚だしい時代遅れの甚だしい「ボロ着・古着」と化していることは明白で、その点からしても、その「ボロ着・古着」を潔く脱ぎ捨て、全く新たな道路交通法を調達すべきだ。
★ちなみに、道路交通の現状と大きな齟齬をきたし、旧時代の遺物、形骸化し死語ともいえる状態になっている現行・道路交通法上の規定・事例の典型的な例として、まず、用語定義上の「原動機付自転車」を取り上げた。道路交通法第2条の第1項第10号にある「原動機付自転車」、一般的にいう、いわゆる「原付」は、あたかも自転車の一種(亜種)のような名称で定義されているが、今日、全国でおよそ600万台も保有され走りまわっている「原付」は、その姿形からしても、明らかに小型のオートバイ(自動二輪車)であって、「原動機付自転車」という道路交通法上の用語は極めて不自然で、形骸化している。
★また、旧時代の遺物として形骸化している現行・道路交通法の規定の第2の具体例として、いわゆる「法定最高速度」を取り上げました。すなわち、現行・道路交通法が公布・施行された1960年(昭和35年)当時の道路は、全国的に見れば、幹線国道といえども未舗装路が少なくなく、地方の道路のほとんどは未舗装の砂利道・土道で、歩車道の分離もほとんどなく、信号機も少なかった、その上、自動車のエンジン性能等もまだまだ稚拙で、「エンスト」やタイヤのパンクなどといった故障も日常茶飯事だった、そんな状況のもと、普通乗用自動車と自動二輪車は時速60キロ、大型自動車や乗用以外の普通自動車は時速50キロの最高速度で走ることができた。その後、全国の道路網はまさに日進月歩で整備・改善が促進され、今では国道、都道府県道、市町村道はもちろん、地方の農道に至るまで、そのほとんどが舗装路となり、かつ、歩車道が分離されている道路が大半を占め、信号機等の安全施設も拡充し、かつ、自動車のエンジン性能等の走行性能等は世界に冠たる信頼を得るほど優れたものになっている、にもかかわらず、半世紀以上もの旧時代に公布・施行された「法定最高速度」が金科玉条として活き続けているのは、どう考えても合理的・妥当なことだとは思えない。結果、多くの道路で、いわゆる「実勢速度」(大多数の車の実際の平均的速度)との乖離が生じ、多くのドライバーにとって「法定最高速度」または「規制最高速度」は「建て前」として形骸化し、遵法意識の低下を助長する大きな要因にもなってきた。
★以上が前回の概要ですが、本稿では、前回に続き、公布・施行以来半世紀以上もの歳月を経過し、その間、まさしく日進月歩で目まぐるしく大きな変化を遂げてきた道路交通の実情と様々な面で大きな齟齬をきたし、形骸化している現行・道路交通法の規定の具体例の第3として、まず、上記の、いわゆる「法定最高速度」に関連することでもありますが、高速道路での「法定最高速度」を取り上げてみます。高速道路、つまり、道路法および高速自動車国道法に定められている「都道府県間を結ぶ自動車幹線道路」(高速自動車国道)での、いわゆる「法定最高速度」は、やはり、今から半世紀以上も前の1963年(昭和38年)の道路交通法の一部改正によって定められたもので、道路交通法が公布・施行された当初にはその関連規定はありませんでした。というのも、道路交通法が公布・施行された1960年(昭和35年)当時、国内には高速道路そのものが存在していなかったからです。それが、1964年(昭和39年)に第18回オリンピックが東京で開催されることが決定されたことに伴い、首都高速道路等の建設・整備および、国内初となる名神・東名高速道路の建設も急ピッチで進められ、日本にも高速道路や自動車専用道路が出現することになったことを受け、東京オリンピック開催が翌年に迫った1963年(昭和38年)に至り、道路交通法の一部改正が公布され、「高速自動車国道等における自動車の交通方法等の特例」条項が新設・施行されましたが、この際、高速道路での、いわゆる「法定最高速度」が初めて定められたのです。もちろん、「法定最高速度」というのは一般的な呼称で、一般道路での、いわゆる「法定最高速度」と同様、「法律(道路交通法)」の規定に基づき、内閣が発する命令、つまり、「政令(道路交通法施行令)」に規定されているものですが、この時の政令第27条では、「自動車が高速通行路を通行する場合の最高速度は、乗車定員10人以下の普通乗用自動車は時速100キロ、それ以外の自動車は時速80キロ(道路標識による指定がある場合を除く)」と定められています。
※1965年(昭和40年)の道路交通法施行令の一部改正によって「大型乗用自動車(バス)及び普通自動車は時速100キロ、それ以外の自動車は80キロと改正され、その後も何度かの改正が行われ、現在では大型貨物自動車、特定中型貨物自動車、トレーラー、大型特殊自動車だけが時速80キロ、それ以外の大型乗用自動車、中型乗用自動車、特定中型貨物自動車を除く中型貨物自動車、準中型自動車、普通自動車、大型自動二輪車、総排気量125ccを超える普通自動二輪車、緊急自動車の最高速度は時速100キロとなっています。
★この規定、つまり、高速道路での、いわゆる「法定最高速度」の規定は当時の日本車の性能等を考慮すれば妥当性が高い規定であったと思います。すなわち、当時の日本製の自動車の多くは貨物自動車で、一般的な普通乗用自動車は普及途上の少数派であり、しかも、当時の貨物自動車はもちろん、普通乗用自動車でも、時速100キロで1時間ほども走ればオーバーヒートしかねない程度の性能の代物だったからです。しかし、その後の日本車の性能向上は目覚ましく、時速100キロで1時間ほども走ればオーバーヒートしかねない、という危惧が全く払拭されたばかりではなく、欧米車以上に故障が少ない車として国際的にも評価され、欧米等の海外にも普及していきました。また、全国的な高速道路網の実現に向け次第に伸長されてきた高速自動車国道の多くでは「クロソイド曲線(カーブを無理なく曲がることができる緩和曲線)」を取り入れるなど高規格の設計基準で施工されてきたことや多くのドライバーが高速走行に熟達してきたことなどが相まってか、高速道路での実勢速度は100キロを超え、いわゆる「法定最高速度」との乖離が目立つようになっているのが実情です。
★こうした状況を受けてか、2013年(平成25年)に国家公安委員長が招集・開催した有識者懇談会は、大半の車が最高速度制限を超えた速度で走行している現状、また、2012年(平成24年)に新たに開通した新東名高速道路(御殿場JCT〜三ヶ日JCT間)など、車線幅や路肩が広く、カーブや勾配も少なく、最高速度100キロ超えでも安全に走行できる構造の高速道路が多くなってきたことなどを鑑み、「規制」最高速度の見直しを検討するよう求めたことを受けて、警察庁は2015年(平成27年)に専門家等による委員会を立ち上げ、全国各地の高速道路の状況や事故の特徴、実勢速度等々を調査して検討した結果、車線幅が広い、事故が少ない、渋滞が少ないなど一定の条件を満たす高速道路では「規制」最高速度の引き上げが可能と判断、まずは、2017年(平成29年)11月に新東名高速道路(新静岡IC〜森掛川IC間)、同年12月には東北自動車道路(花巻南IC〜盛岡南IC間)で「規制」最高速度を時速110キロに引き上げることを実施、1年間ほど試行し、安全が確認できれば対象を広げ、「規制」最高速度も時速120キロに引き上げていく方針を固めています。
★しかし、これは、あくまでも、公安委員会による「規制」最高速度の見直し・引き上げにすぎず、いわゆる「法定最高速度」、つまり、法律(道路交通法)の規定により、政令(道路交通法施行令)で定める最高速度は、従前どおりで、半世紀以上も前に定められた規定はそのまま活き続けることになります。これでは、問題の本質の解決には全く至りません。問題の本質は、半世紀以上も前の「旧時代」に定められた規定が、日々刻々と変化して大変貌を遂げる道路交通の実情と大きな齟齬をきたし、形骸化し、破たんしている部分が少なからずある―ということなのです。その形骸化し、破たんしている現行・道路交通法上の規定の代表例の一つが、いわゆる「法定最高速度」なのですから、少なくとも、「規制」最高速度の見直しや引き上げではなく、「法定最高速度」の見直し・引き上げをこそ検討すべきなのです。しかし、問題の本質は、やはり、半世紀以上も前の旧時代の「クルマ社会」を基に制定・施行され、以後の道路交通の急激な変動により、道路交通法の規定が、道路交通の実情と大きな乖離を生じていることにあるのです。にもかかわらず、その本質的問題点から目をそらし、運用上の規制緩和や一部改正という「つぎはぎ繕い」的補修をもってして現行・道路交通法を延命させようとする対処法の意図が全く理解できません。この際、つぎはぎだらけの「ボロ着・古着」を潔く脱ぎ捨て、全く新たな道路交通法を策定し、制定・施行するという対処法をとるのが王道である―ということを強く訴えておきますが、これは、いわば、本稿の総括的結論であり、結論を急ぎすぎたきらいがありますので、以下では、本稿の本筋に戻り、道路交通の実情と大きな齟齬をきたし、形骸化し、破たんしている現行・道路交通法上の規定の具体例の4つ目を取り上げることにします。
★半世紀以上も前の「旧時代」に定められた規定が、日々刻々と大きな変化を遂げる道路交通の実情と大きな齟齬をきたし、形骸化し、破たんしている現行・道路交通法上の規定の具体例の4つ目は、自転車にかかわる規定のいくつかですが、これを取り上げてみようと思うのは、改めて言うまでもなく自転車は、エコロジーで自然環境に優しく、誰もが手軽に乗りこなせ、かつ、健康維持にも役立つ等々の利点により、急速に普及し、自動車(自動二輪車と「原付」を除く)と同程度の8,000万台ほどが保有※されている一方、交通事故の20%弱は自転車が一方の当事者になっており、特に近年は、歩行者が被害者となる自転車による深刻な事故も目立つようになってきたほか、「放置自転車」による交通障害も深刻化している等の状況を受け、昨年2017年5月に「自転車活用推進法」が施行され、この「推進法」に基づく「自転車活用推進計画」が今年2018年6月に決定・公表され、自転車の活用を総合的・計画的に推進することとなったからでもあります。しかし、「雑記子」は、道路交通の実情と大きな齟齬をきたし、形骸化し、破たんしている現行・道路交通法上の自転車にかかわる諸規定が活きている限り、せっかくの「自転車活用推進法」も、それに基づく「自転車活用推進計画」も、たいした効を為さず、結局、「免罪符」の役割と変わらないもので終始するであろうと考えるからです。
※自転車の保有台数・・・財団法人自転車産業振興協会による2013年(平成25年)末の保有台数は、「自動車と同程度の約7,200万台」としています。ただし、ここでの自動車は「自動二輪車を除く」としていますが、この保有台数は、あくまでも「推計数」にすぎず、自転車の保有台数に関する確たる調査そのものが存在しないのが実情です。したがって、上記の、「8,000万台ほど」という最近数も、(財)自転車産業振興協会による推計数を基にした推計値にすぎません。
★さて、問題とする現行・道路交通法上の自転車ですが、まず、第2条第1項(用語の定義)第8号で「車両」が、「自動車、原動機付自転車、軽車両及びトロリーバス」の総称として定義され、同条同項第11号で「軽車両」は、「自転車、荷車その他人若しくは動物の力により、又は他の車両に牽引され、かつ、レールによらないで運転する車(そり及び牛馬を含む)であって、身体障害者用の車いす、歩行補助車等及び小児用の車以外のものをいう」と定義されています。そして、自転車は同条同項第11号の2で、「ペダル又はハンド・クランクを用い、かつ、人の力により運転する二輪以上車(レールにより運転する車を除く)であって、身体障害者用の車いす、歩行補助車等及び小児用の車以外のもの(人の力を補うための原動機を用いるものであって、内閣府令で定める基準に、該当するものを含む)をいう」と定義されています。つまり、自転車は「軽車両」の一種で、「軽車両」は「車両」の一種で、結局のところ、自転車は「自動車の仲間」という位置づけになっています。したがって、「自動車の仲間」である自転車は、「通行区分」においては、「歩車道の区分がある道路では、自転車は、車道の左側部分の左側端に寄って通行しなければならない」こととなっています(道路交通法第17条第1項・4項、第18条第1項)。
★しかし、その一方で、自転車と自動車の衝突事故が増加し、車両相互の交通事故の多発類型の一つにもなったことなどから、「路側帯」が設置されている場合は一定の条件下で自転車の「路側帯」通行を認めたり(法第17条の2)、「自転車の歩道通行可」の歩道での通行を認めたり(法第63条の4第1項第1号)、あるいはまた、13歳未満の子どもおよび70歳以上の高齢者、身体障害者の自転車の歩道通行を認める(法第63条の4第1項第2号)という、いわば、通行区分の「原則」に反する例外条項を一部改正によって追加新設するということを行ってきました。その結果、自転車利用者の圧倒的多数の「自転車の交通ルール」に関する理解・認識に混乱を招き、あげく、自転車利用者の無法ぶりが目立つようになり、歩道通行の自転車が、歩行者に衝突し、歩行者を死傷させる事故が増加するという憂慮すべき状況をも生じるに至りました。このような状況を受けてか、警察等では、「自転車は車両、車道の左側端通行」という現行・道路交通法の原則規定を改めて強調するキャンペーンを展開するなどの対応策を推進していますが、自らの安全確保を優先せざるを得ない自転車利用者の圧倒的多数が長年にわたって慣行としてきた「歩道通行」は依然として大勢を占めているのが実態です。そこでか、車道外側線と歩道縁石との間にある、いわゆる「路肩」スペースの路面を青色等で塗装したり、青色等の矢印表示をペイントするなどしたりして自転車の通行スペースを確保することも試みていますが、そうした試みも極めて限られた区間・数量にとどまっていますので、自転車利用者の圧倒的多数が慣行としてきた「歩道通行」を解消するにはほとんど寄与していないのが実情です。
★そのためか、先に紹介した「自転車活用推進計画」にも、「自転車通行空間の計画的な整備の促進」が謳われています。しかし、現行・道路交通法には、「自転車の通行の用に供するため、縁石線又はさくその他これに類する工作物によって区画された車道の部分」という「自転車道」の定義(法第2条第1項第3号の3)が明確に規定されているのです。にもかかわらず、「自転車活用推進計画」で改めて「自転車通行空間の計画的な整備の促進」を謳わざるを得ないのは、本来、歩道や車道と同程度に整備されて然るべき「自転車道」、道路交通法にも明確に定義・規定されている「自転車道」の整備がほとんどと言っても過言でないほど為されてこなかった、その証左であると思わざるを得ません。ですから、真の問題点は、道路交通法上に、その定義まで明確に規定してあるのに、「自転車道」の整備は、なぜ、事実上置き去りにされてきたのか・・・ですが、その問題の根源は、道路交通法上、自転車は「車両」の一種である「軽車両」の一つ、つまり、「自動車の仲間」という考えにあると思います。すなわち、「自動車の仲間」である限り、「車道(の左側端)通行」が大原則ですから、自転車専用の通行スペースとなる「自転車道」の敷設・整備は財政的理由からしても二の次、三の次にならざるを得ず、結果、「自転車道」の敷設・整備が置き去りにされてきた―、それが実情ではないかと思うのです。
★したがって、新たに「自転車活用推進法」を制定・公布し、その法に基づく「自転車活用推進計画」で「自転車通行空間の計画的な整備の促進」を明記したとしても、現在の国や都道府県等地方公共団体の厳しい財政状況等を勘案すれば、「自転車通行空間の計画的な整備」がこれまで以上のスピードで促進されていくことは到底、思い描けないのです。したがって、「自転車通行空間」というよりも、道路交通法に明確に定義・規定されている「自転車道」を、車道や歩道並みに敷設・整備していくことが本筋だと考えますが、「自転車道」や「自転車通行空間」、そのいずれでも構いませんが、それを実現していくためには、やはり、自転車は「自動車の仲間」という現行の道路交通法上の定義づけが大きなネック、ブレーキになると考えます。したがって、「自転車の活用」を推進していくためには、自転車を「自動車の仲間」とする従来からの枠組みから解き放ち、歩行者や自動車と併存する道路交通パートナーとして独立した「市民権」を与えることが絶対条件だと考えます。すなわち、少なくとも今後の道路交通は、歩行者と自動車、そして自転車を加えた三者を主体とする構図を構想するべきなのです。この実現のためにも、運用上の規制緩和や一部改正という「つぎはぎ繕い」的補修ではなく、半世紀以上も前の旧時代の「クルマ社会」を基に制定・施行され、「ボロ着・古着」となっている現行・道路交通法を潔く脱ぎ捨て、今後の新たなクルマ社会に十分に対応できる全く新たな道路交通法を策定し、制定・施行することこそが本筋の課題だと切に思うのです。その上、今後の新たなクルマ社会は、これまでの「クルマ社会」とは全く異次元の、ドライバー不要の無人運転の自動車が実用化されるという大革命も迫っていることを勘案すれば、全く新たな道路交通法の策定、制定・施行は、もはや時間的猶予がない緊急課題であることも敢えて申し添えて、まずは本稿の結びとします。(2018年8月20日)