★国内では熊本地震、連発した台風被害等、世界的にはイギリスの国民投票によるEU離脱派勝利、アメリカの大統領選挙での「泡沫候補」であったトランプ氏の大逆転勝利等々、過ぎ去った昨年2016年を特徴づければ、予想外、想定外の出来事が頻発した年であった、という感を強く抱きます。そして、新年(2017年)も、トランプ氏のツイッターでの数々の「お騒がせ発言」、そして、新大統領としての就任演説等を見聞すると、今年の世界の政治、経済、社会情勢はトランプ氏の一挙手一投足に振り回されるのではないか、という嫌な予感を感じざるを得ない、という「つぶやき」を留め、この「雑記」の本分に入りましょう。
★1月4日、警察庁は昨年1年間に全国で発生した交通事故による死者数(いわゆる「24時間死者数」、以下同じ)は3,904人とし、前年よりも5.2%、213人少なく、1949年(昭和24年)以来67年ぶりに4,000人を下回ったと発表しました。警察庁の担当者は「啓発活動や車の性能向上、信号機や道路の改良など総合的な安全対策が進んできた結果」とみている(2017.1.4朝日新聞夕刊記事)とのことですが、何せ、社会・道路交通情勢が今日とは質・量ともに雲泥の差異がある半世紀以上も前と同等のレベルなのですから、少なくとも「雑記子」には、信じ難い驚愕すべき激減ぶりです。ちなみに、1949年(昭和24年)当時と今日を比較すると、自動車の保有台数は260倍ほど(昭和24年・・・31万台余、平成27年・・・8,124万台余)、運転免許人口も80倍以上に増加(昭和24年・・・推計・約100万人、平成27年・・・8,215万人余)、人身交通事故件数(以下、単に「交通事故」と略す)も、この10年ほど、確かに減少傾向をたどってきているとはいえ、昭和24年当時に比べると20倍近い50万件ほどが発生しています(昭和24年・・・2.5万件余、平成28年・・・49.9万件余)。そうした道路交通情勢の下でのまさしく驚愕的・劇的といえる激減ぶりなのですから、「啓発活動や車の性能向上、信号機や道路の改良など総合的な安全対策が進んできた結果」だというだけの説明では、到底納得できる事態ではありませんが、ともあれ、毎年、1万人前後の死者数を30年以上も記録し続け、その後も毎年6,000人から8,000人ほどの死者数を記録し続けた10年ほど前までの状況を思えば、待ちに待った慶事であることには違いありません。
★ただ、一昨年、2015年(平成27年)を最終年とした第9次の「交通安全基本計画」の目標、すなわち、「平成27年までに24時間死者数を3,000人以下にし、世界一安全な道路交通を実現する」という政府目標を、昨年もまた達成できなかった―という事実もきちんと発表し、新聞、テレビ等のメディアもこれをしっかり報道すべきだと思いますが、知ってか知らずしてか、そうした報道をしたメディアは残念ながら一つもありません。また、3,904人の死者のうち、歩行中の死者、いわゆる歩行者の死者が3割余をも占めており、欧米先進国にはみられないワーストな状況であることも、ほとんど報じられておりませんが、こうした死者の状態別状況が欧米先進国並みに改善されない限り、たとえ、政府目標の死者数を達成したとしても、「世界一安全な道路交通」を実現したとは言い難いと、この「雑記」では過去に何度も指摘してきましたが、新聞、テレビ等のメディアではこのこともまったく触れられず、65歳以上の死者数の割合が54.8%に達し、この分類による統計を始めた1967年以降で最高の割合になったということだけが強調され、松本純・国家公安委員長が「高齢運転者による交通事故が多発するなど、情勢は依然として厳しい」というコメントを出した(2017.1.4読売新聞夕刊)ことのみが報じられています。また、昨年の11月には安倍晋三首相が関係閣僚会議で、高齢運転者による死亡事故の防止は「喫緊の課題で、取り得る対策を早急に講じ、一丸となって取り組んでほしい」と指示していることからしても、少なくとも政府レベルにおける今年の交通安全対策の中心的課題は「高齢運転者の事故防止対策」ということになるだろうと考えられますが、今のところ、その具体策として明らかになっているのは3月12日から施行される「臨時認知機能検査」や免許更新時に行われている「認知機能検査」の結果による専門医の診断が義務づけられる範囲の拡大等の方策ぐらいで、あとは従来から行われていた「運転免許の自主返納」の呼びかけを促進するという程度で、運転免許を返納したり、認知症などで運転ができなくなったりして「生活の足」を奪われた高齢者が孤立しないための社会的支援方策やその社会的システムの構築等は今後の検討課題としているにすぎません。
★ちなみに、3月12日から施行される「臨時認知機能検査」というのは、これまで75歳以上のドライバーが運転免許を更新する際にのみ義務づけられていた「認知機能検査」を、免許更新時に限らず、75歳以上のドライバーが「認知機能」が低下した場合に犯しやすいとされる「信号無視」や「一時停止違反」等の「規定の違反行為(18項目)」をして検挙された場合にも、その実施を義務づけ、検査の結果、「認知症」のおそれがある「第1分類」や認知機能の低下のおそれがある「第2分類」と判定された場合、臨時に実施される「高齢者講習(臨時高齢者講習)」を受講しなければならないことになる(講習時間・・・2時間、講習手数料・・・標準額¥5,650を基に都道府県条例で規定された額)ほか、検査判定の結果、「第1分類」と判定された者は専門医の診断を受けることも義務化され、その診断結果によっては運転免許の「取消し」や「停止」が行われる―というものですが、果たしてこの「臨時認知機能検査」の導入が、高齢ドライバーによる事故の防止、少なくとも、「認知症」が疑われる75歳以上のドライバーによる事故の防止にどれだけ寄与できるか、今のところ、確証があるとは言い難いというのが実情です。事実、公益社団法人日本老年精神医学会(新井平伊理事長)は、昨年の11月15日、厚生労働大臣、国土交通大臣、警察庁長官に対し、「臨時認知機能検査」の導入実施に当たって、この道路交通法の一部改正の趣旨には賛同しつつも、現状の「認知機能検査」結果による安全運転能力との因果関係についての安易な判定に疑義を提示するとともに、この一部改正実施が功を為すためのいくつかの具体策を提言しました。
★すなわち、「認知機能の変化を引き起こす病気の種類等によって、記銘力、見当識等の障害が心理検査上明らかでも、安全な運転技能を持つ人がある一方で、こうした機能に変化が見られなくても、安全な運転が著しく困難になる人もあります。つまり、認知機能の低下による運転不適格者であることと、『認知症』と診断されていることは必ずしも同義ではありません。『認知症』と一括りにして運転を制限するのではなく、その個人が生活する場の特性を踏まえて、現実的な能力評価に根ざした判断が必要だと考えられます。(したがって、)この課題については、今後の医学的エビデンス(証拠・根拠)の集積と改正道路交通法施行後の事故事例分析等に基づき、将来検討されるべきであると判断されます」(アンダーライン部分の( )書きは「雑記子」による)と現状の「認知機能検査」結果による安全運転能力との安易な因果関係判定の問題点を指摘し、「事故のリスクを下げると同時に、万一の事故の被害を最小にする為の備え、すなわち、逆走防止用ゲートの設置や通学路への自動車の進入禁止の強化等の道路交通のインフラの安全対策、ペダル踏み間違い防止装置の標準装備化等の高齢運転者を支援するハードウェアの開発促進」、そして、運転免許の取り消し・自主返納に対応する「生活の質」の保証、すなわち、車の運転という「生活の足」にかかわる代替支援策を速やかに実行することと、「高齢者講習」におけるドライブシミュレータや教習所内での実車走行では、総合的な安全運転能力評価は不十分なものでしかなく、実際の道路での実車走行の導入を検討すべきだ―というのがその提言内容です。事はドライバーの運転能力の適・不適の判定という、いわば、「人間のふるい分け・差別化」ともいえる人権にかかわる問題ですから、厚生労働省、国土交通省、警察庁等の関係当局者は、自らの行政的判断を優先せず、専門家の提言を真摯に受け止めた科学的対策の実現・実施に努めてほしいと願ってやみません。
★なおまた、高齢運転者の事故防止にかかわる喫緊の課題として、そもそも、高齢者や高齢運転者をこれまでと同様、65歳以上としておくのは、急速に進行している高齢化社会の現状にそぐわないのではないか、その定義づけを見直す必要があるのではないか―とする動きにも注意を向ける必要があります。昨年2016年12月20日の日本経済新聞に「『高齢者』70歳以上に 内閣府提案」と題する記事が掲載されましたので、まず、その概要を紹介しましょう。同記事によると、「内閣府は技術革新がなされない場合、2030年には生産年齢人口が1%減少し、日本で低成長が定常化するとの分析をまとめたが、そのなかで、自立した生活を続けられる健康寿命に注目し、高齢者を「70歳以上」として経済的・社会的な定義を見直すことも提案し、定年延長や高齢者の社会参加を促し、働く人を増やす一方、医療や介護サービスで、高所得の高齢者の負担を増やすといった施策を想定するもので、近く開く経済財政諮問会議でこれを報告書にまとめて公表する」としています。また、これとは別に、日本老年学会と日本老年医学会に属する両学会の医師や心理学者、社会学者らでつくるワーキンググループが日本人の心身の健康に関する複数の調査結果を基に2013年から高齢者の定義等を検討してきた結果、この1月5日に「高齢者」は75歳以上とすべきだという提言を発表したことが新聞やテレビなどで報道されました。1月6日の新聞各紙の記事によると、高齢者には年齢などによる厳密な定義はないが、国連が1956年の報告書で、65歳以上の割合が人口の7%以上となった場合に「高齢化した人口」と記したことが基となり、一般的に65歳以上を高齢者と位置づけるのが先進国で共通しており、日本の国勢調査でも、かつては、60歳以上を「老年人口」としていたが、1965年以降は65歳以上となり、65歳以上を高齢者とするということを定めた法律はないが、医療制度や人口統計上の区分などでは「高齢者=65歳以上」が定着している。しかし、両学会のワーキンググループが「医学的な立場から検討した」結果、「生物学的にみた年齢は10年から20年前に比べて5歳から10歳は若返っていると判断。また、知的機能の面でも、70代の検査の平均得点は、10年前の60代に相当するという報告があることなどを根拠に、65歳から74歳は「心身とも元気な人が多く、高齢者とするのは時代に合わない」として、新たに「准高齢者」と位置づけ、75歳以上を「高齢者」とするべきで、90歳以上は「超高齢者」とする―という提言をしたとのことです。なお、記者会見では、年金の支給開始年齢など社会保障制度をめぐる今後の議論に影響を与える可能性についての質問が出たが、ワーキンググループ座長の大内尉義・虎の門病院長は「高齢者の定義を変えることで高齢者に対する国民の意識が変われば、より多くの人が社会の支え手に回るようになり、社会に参加することで、健康な状態をより長く保つこともできるが、年金支給年齢の安易な引き上げなど社会福祉等がネガティブな方向に動かないようにしてほしい」と強調、くぎを刺したとも報じられています。
★しかし、先に紹介した内閣府の提言等からすると、社会福祉等がネガティブな方向に動く可能性のほうが高くなるのでは・・・という懸念を払しょくすることはできませんが、本稿の主題である「高齢運転者による事故」に関してみると、65歳以上とするか、75歳以上にするかによって、状況認識等が大きく異なってくることは確かです。まず、現状の警察の交通事故統計上では、確たる定義づけが行われているわけではありませんが、65歳以上を「高齢運転者」として区分しています。しかし、運転免許更新時にその受講が義務づけられている「高齢者講習」や「高齢運転者マーク(標識)」の表示の努力義務は70歳以上の運転者を対象にしており、交通事故統計上の「高齢運転者」と一致してはいませんが、まずは、交通事故統計上の65歳以上の「高齢運転者」による事故の発生状況等を過去10年間(2006年から2015年)の推移で検証してみましょう。65歳以上の運転免許保有者数は10年前に比べ1.6倍以上にも増加しており(2006年・・・10,388,859人→2015年・・・17,100,846人)、全運転免許保有人口に占める割合も高くなり、20%以上にもなっています(2006年・・・13.1%→2015年・・・20.8%)。しかし、65歳以上の「高齢運転者」が事故の第1当事者または第2当事者になった事故の発生件数の推移はほとんど「横ばい」という状況にあり(2006年・・・145,544件→2015年・・・144,860件)、その死亡事故に限ってみても、一般に思われているような増加状況は認められず、むしろ、わずかながらも減少の傾向をたどっているのが実態です(2006年・・・1,288件→2015年・・・1,225件)。しかも、65歳から74歳に限ってみると、運転免許保有者数は10年前に比べ1.6倍近くに増加し(2006年・・・7,811,714人→2015年・・・12,320,878人)、全運転免許保有者数に占める割合も9.8%から15%ほどに増加していますが、事故の第1当事者または第2当事者になった事故発生件数の推移をみると、10年前を指数100(108,557件)とした場合、10年後の2015年には93(100,963件)までに低下し、明らかな減少傾向をたどっていることが認められます。しかし、75歳以上という区分でみると、状況は一変します。まず、2006年末の75歳以上の運転免許保有者数は257万人余でしたが、10年後の2015年末には1.85倍以上の480万人近くにも増加し、全運転免許保有者数に占める割合も3.2%から5.8%に増加しています。そして、75歳以上の高齢運転者が第1当事者または第2当事者になった事故発生件数は2006年の発生件数を指数100(36,987件)とすると、以降、年々増加し、10年後の2015年の指数は119(43,897件)ほどに増加しており、なかでも75歳以上の高齢運転者が第1当事者になった事故の増加が目立ち、2006年の発生件数を指数100(27,565件)とすると、10年後の2015年の指数は121余(33,547件)にもなっており、また、問題視されている75歳以上の高齢運転者が第1当事者になった死亡事故は2006年(414件)以降確実に増加の傾向をたどり、2015年には10ポイントも増加し、指数110(458件)になっています。昨年後半、相次いで発生し、安倍晋三首相が関係閣僚会議で「喫緊の課題」だとして対策を指示した高齢運転者による死亡事故のほとんども75歳以上のドライバーによるものだったのですが、これも、そうした傾向・流れの一端であると考えられますが、こうした高齢運転者による事故の実態を踏まえると、交通事故統計上でも、道路交通法上でも「高齢運転者」や「高齢者」は、75歳以上と規定を見直すのが実情に合っていると思います。
★ただし、「高齢者」や「高齢運転者」を、75歳以上と定義づけ直したとしても、すべての「高齢者」や「高齢運転者」を一律的に扱うのは厳に慎まなければなりません。「高齢者」や「高齢運転者」は、それ以下の年齢層の者に比べれば心身機能の何らかの衰えがみられることは確かでしょうが、それとても個人差がきわめて大きく、特に、自動車の運転に関しては、たとえ75歳以上の人でも、それ以下の年齢層のドライバーに優るとも劣らない「安全運転能力」を有している人が少なからずおりますし、心身機能にはさほどの差異が認められなくても、運転経験・経歴や運転頻度等によって「安全運転能力」に大きな優劣の差異が生じていることもあります。また、「高齢者講習」の自動車教習所における箱庭的教習コースでの実車運転では低い評価を受けた人でも、生活上日常的に運転している実際の道路では確かな安全運転を実践している人も決して少なくありませんので、「高齢運転者」の「安全運転能力」の判断に当たっては一律の基準で判断せず、運転頻度や日常の運転状況等をきめ細やかにチェックする方法等を工夫し、それによって個別的に判定・指導する親身なシステムの構築が必要不可欠です。さらにまた、「ペダル踏み違い」による事故や「逆走事故」、あるいは、いわゆる「認知症」が原因とみられる認知・判断ミスによる事故等は、「高齢運転者」による事故の典型とみられがちで、確かにマスコミの報道でもそうした事故が目立っていますが、「高齢運転者」による事故全体の中では、むしろ、そうした事故は稀有なケースで、60歳代やそれ以下の若い年齢層のドライバーによるそうした事故も少なくないのが実態です。したがって、たとえ、「高齢運転者」がそうした事故を引き起こした場合でも、「高齢運転者だから・・・」と一蹴せず、「なぜ、ペダルを踏み違えたのか・・・」「どうして逆走に気づかなかったのか・・・」「何故に危険に気づくのが遅れたのか、または状況判断を誤ったのか・・・」等を事故ごとに詳細かつ多角的・科学的に検証し、他の大勢のドライバーが安全運転を確保していくうえでの単なる「心構え」にとどまらない実践的ノウ・ハウ等を引き出し、安全運転講習・広報に役立てていくようにすることが最重視されなければなりません。いずれにしても、今後望まれる「高齢運転者の事故防止・安全運転対策」は、規制の強化や一律的な基準による「不適格者」の排除などではなく、ドライバー個々人の状況等に応じた親身な対応ができる対策であり、そうした対策を実施できる体制・システムの構築こそが必要不可欠であると思うのです。したがって、そうした視点に立てば、今後の交通安全対策の「喫緊の課題」、重点的課題・核心は、決して「高齢運転者の事故防止」ではなく、真の安全運転確保に必要不可欠な要件は何かを改めて科学的・多角的に研究・検証し、その普及方法を確立することであり、そのためには交通事故の発生状況と発生実態の分析等を警察任せにせず、然るべきプロジェクトを立ち上げて科学的・多角的に分析・検証することが欠かせぬ第一歩だと思うのです。ちなみに、「雑記子」がかねてから気にしており、先にもちょっと触れましたが、日本は、交通事故死者全体に占める歩行者の割合、つまり、「歩行中」の死者の占率が欧米先進国に比べ、かなり高い―という状況にありますが、それは、なぜなのか、その解明をきちんと為し、その状況を打開するための対策をしっかり確立・実行することこそが、死者数の更なる減少を図り、「世界一安全な道路交通の国」を実現するための「喫緊の課題」かつ必要不可欠な課題だと思うのです。なぜなら、「歩行中」の死者の多くが、問題になっている「高齢者」でもあるからです。(2017年1月23日)