★去る5月12日の読売新聞朝刊には、「自動運転 道交法改正へ レベル3 安全義務 緩和検討」という見出しで、警察庁が、車の運転操作をシステムが行う「レベル3」の「自動運転」の実用化のため、道路交通法の改正に向けた検討を始めたことを報じる記事が掲載されましたが、その記事の概要は以下の通りです。すなわち、「自動運転(車)」の国際基準は、ドライバーが全ての運転操作をする「レベル0」から、全てをシステムが行う「レベル5」までの6段階に分類されており、国内では現在、ブレーキなど一部の操作を自動にした「レベル2」が市販されていますが、政府が2020年を目途に実用化を計画している「レベル3」というのは、通常はシステムが運転し、悪天候やスピードを出しているときなど自動運転プログラムの限界を超えた場合には、システムの音声指示が出されドライバーが運転を代わるというものです。
★しかし、現行の道路交通法の第70条には「車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない」という安全運転義務が定められており、これに違反すれば「3月以下の懲役又は5万円以下の罰金」という罰則も設けられていますので、この規定がある限り、「レベル3」の自動運転(車)の実用化を図ることはできない―ということになりますので、警察庁が、この改正の検討を始めた、ということです。もちろん、警察庁のこうした検討作業は、警察庁独自の判断によるものではなく、去る3月30日開催の政府の未来投資会議で示された「自動運転にかかわる制度整備大綱」に基づく制度整備の諸作業の一環だと思われます。ちなみに、政府は、自動運転の車両が満たすべき安全性の具体的な要件・必要な安全基準、たとえば、運転の制御システムやサイバー攻撃に対する安全対策などについては今夏を目途に、そのガイドラインを取りまとめるとしていますが、政府・未来投資会議の「自動運転にかかわる制度整備大綱」というのは、自動運転(車)が普及し始める2020〜2025年に向けて、関連法の整備や規制の方向性を示すもので、「レベル3」の自動運転(車)を対象にしており、運転席に人がいない「レベル4」以上の完全自動運転車にかかわることは今後検討していくとして保留し、対象としている「レベル3」の自動運転(車)に関し、(1)自動運転中の事故の賠償責任は原則として車の所有者にあり、自動車損害賠償責任保険を活用する(メーカーの責任は車のシステムに明確な欠陥がある場合のみとする)、(2)ハッキングによる事故の賠償は、盗難車による事故被害と同様に政府の救済制度を使う(所有者がシステム更新など、セキュリティー対策をしていることが条件)、(3)事故原因解明のため、ドライブレコーダーなどの運転記録装置の設置を車の所有者に義務づける、といった方針を固めたほか、検討課題として、(1)事故の際の刑事責任(の所在)、(2)走行条件(走行速度の上限、ルート、走行時間、天候等)、(3)システム作動中(自動走行中)に運転者ができること(たとえば、スマートフォン操作の可否)等を挙げています。
★そして、5月12日の読売新聞(朝刊)の記事による限り、警察庁が改正に向けた検討を始めた道路交通法の改正点というのは、(1)システムから運転を交代する際には迅速・速やかに引き継ぐことの規定化、(2)システム運転中は車体に「システム運転中」の表示が出されること、(3)システム運転中の携帯電話やスマートフォンの使用、テレビ観賞の是非など運転以外の行為をどこまで許容するか、(4)事故発生の際、システムとドライバーのどちらが運転していたかを確認するためのドライブレコーダーの設置義務化などが検討対象になっているようですが、最大の眼目は、先にも紹介しましたが、「車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない」という現行・道路交通法第70条の安全運転義務規定をどのように緩和するのか―という点にあると思います。何しろ、この規定がある限り、「レベル3」、つまり、通常はシステムが自動運転するとはいえ、運転席があり、システムの指示により、いつでも運転を交代することができるように運転席にいる運転者の安全運転義務は免れないことになるからです。そこで、「レベル3」の自動運転(車)に関して、システムが運転中のドライバーの安全運転義務を緩和することで「レベル3」の自動運転(車)の実用化を図ろうとしているわけです。果たして、「車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない」という現行・道路交通法第70条の安全運転義務規定のどの部分を、どのように緩和・一部改正して「レベル3」の自動運転(走行)車の実用化を図るのか、その点も大いに興味深いことではありますが、それにしても、「レベル4」以上の完全自動運転車にかかわることは今後検討していくとして保留し、とりあえず、「レベル3」の自動運転(車)の実用化を図るために、現行・道路交通法第70条の安全運転義務の規制を緩和、いわゆる道路交通法の一部改正をもって乗り切ろうとする方策は、知ってか知らずしてか、問題の根源を無視した、あまりにも性急すぎる、その場しのぎの乱暴な方策だと思わざるを得ません。
※自動運転(車)か、自動走行(車)か・・・政府(高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部)の『官民ITS構想・ロードマップ2017』でも、新聞等のマスメディアでも、「自動運転(車)」という表現が用いられていますが、「自動走行(車)」とか「自立走行(車)」という表現もあり、いずれも同義用語として使われているが、それぞれの言葉(文字)から受けるニュアンスには微妙な違いもあり、どれが正確なのか、戸惑う一般人も少なくないので、しっかりした定義づけと統一化が必要と考えるが、この「雑記」では、無用な戸惑いを防ぐため、多少煩雑になるが、本稿では、以下、「自動運転車(自動走行車)」または「自動運転(車)=自動走行(車)」と表記する。
★なぜなら、現行の道路交通法は、日本も批准(発効・1964年)している道路交通に関する国際条約「ジュネーブ条約」に即したもので、自動車(車両)の走行は運転者が操作して行うことを大前提にして規定されています。したがって、「レベル4」以上の完全「自動運転(車)=自動走行(車)」はもちろん、場合によって運転者の操作が必要となる「レベル3」の自動運転車(自動走行車)でも、その走行を実現するためには、現行・道路交通法ではまったく想定外であった運転者不在の自動運転車(自動走行車)が道路交通に混在・参入することを前提にしたまったく別次元の、道路交通の大革命という事態に対応する新たな道路交通法の制定が絶対条件になるはずです。にもかかわらず、とりあえず、現行・道路交通法の一部改正でお茶を濁し、急場をしのごうというのは、やはり、あまりにも怠慢・拙速すぎる方策だと評する以外にはないと思うからです。それなのに、なぜ、一部改正という性急・急場しのぎの方策で、自動運転車(自動走行車)の実用化を図ろうとするのか・・・といえば、一つには、政府目標の達成という政治的思惑のためでしょう。すなわち、大多数の国民・ユーザーは承知していないのが実態だと思いますが、政府・安倍政権は、成長戦略の柱の一つとして、2020年までに、(1)過疎地など地方において運転者を必要としない自動運転(車)を導入して行う無人移動サービス、(2)高速道路で運転者が運転する先頭車が複数の無人後続車両を率いるトラックの隊列自動走行を実用化する、また、2020年を目途として「レベル3」の自動運転(走行)車の実用化を図り(「官民ITS構想・ロードマップ2017」)、さらに、2030年までには「レベル3」相当の自動運転(車)を国内の新車販売の3割以上にする(「成長戦略原案」2018.5.30日本経済新聞)―と明言していますので、この政府目標を何としても達成したい、という政治的思惑による拙速さではないかと思います。また、急場しのぎの道路交通法の一部改正をもって「レベル3」相当の自動運転(車)の実用化を図りたいと策するもう一つの理由は、自動運転(走行)車に関する国際的な基準・ルール作りの流れに乗り遅れず、できれば主導権を発揮したい、という経済的・産業振興的な思惑だと考えます。
★ちなみに、自動運転車(自動走行車)に関する国際的な基準・ルール作りの世界的流れの概要を紹介すると、まず、アメリカ・トランプ政権は、自動運転(走行)にかかわる基準・ルールでの国際協調に関心が薄いようで、ECE(国連欧州経済委員会)の議論にも参加しておらず、ために、米・ミシガン州などがジュネーブ条約を独自に解釈し、「レベル3」相当の自動運転車(自動走行車)の実用化ができるように州の道路交通法を改正しているとのことです(2018.3.17日本経済新聞)。これに対し、ドイツは自国が批准している「ウィーン条約」(※)が一昨年2016年3月に「レベル3」相当、つまり、「自動運転車(自動走行車)のシステムから即座に運転を引き継ぎできる場合」の自動運転車(自動走行車)を認めたことを受けて、昨年(2017年)、国内法(道路交通法)の改正を行って「レベル3」相当の実用を認めました。そして、ドイツのこうした動きを受けてか、EU(欧州連合)の欧州委員会は、去る5月17日、完全「自動運転(車)=自動走行(車)」を実用化する社会を2030年代に実現するための工程表を発表、加盟国や自動車メーカーに呼びかけて安全確保や事故時の責任について共通ルールを整え、国際ルールに先立ち域内基準を作り、「欧州を安全な完全自動運転(走行)で世界の先頭にする」としています(2018.5.18日本経済新聞)。
※「ウィーン条約」・・・1948年の第7回国際連合・経済社会理事会の決議に基づき、1949年にジュネーブで開催された「道路輸送および自動車輸送に関する国際連合会議」で採択、1952年3月26日に発効した国際道路交通の発展および安全を促進するための世界的統一規則が「道路交通に関するジュネーブ条約」(通称「ジュネーブ条約」)。その後の世界的なモータリゼーションの進展に伴い、この「ジュネーブ条約」を補強する目的で、1968年11月にウィーンで開催された国際連合経済社会理事会の交通に関する会議で締結、1977年5月に発効したのが通称「ウィーン(交通)条約」。批准国は、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ等欧州勢を主体とする約80カ国だが、イギリスは未加盟。アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドも未加盟。1964年に「ジュネーブ条約」を批准、道路交通法の大幅な一部改正を行っていた日本も「ウィーン条約」は批准していない。
※ジュネーブ条約・・・批准国はアメリカ、カナダ、イギリス、フランスをはじめ約100カ国(欧州勢ではドイツは現在も非批准・未加盟だが、フランス、イタリア、オランダ、スウェーデンなど欧州勢では「ウィーン条約」も批准している国も多い)。日本は1964年(昭和39年)5月に条約批准について国会承認、同年9月に発効。同条約には、「車両には運転者がいなければならない。運転者は、常に、車両を適正に操縦しなければならない」と明記され、「レベル3」以上の自動運転(走行)車を実用化するためには、この条約の改正が必要となるが、その改正には批准国の3分の2以上の賛成が必要となる。しかし、そもそも自動運転(車)の普及に関心がある批准国はわずかで、会議にすら出ない国も多い現状で、条約改正の目途すら立っていない。
★以上のように、「ウィーン条約」を批准している欧州勢は、改正の手続きのハードルが低い「ウィーン条約」を改正して、国際ルールに先立つ域内基準を作るなどして国際ルール作りの主導権を握ろうとしているほか、国連欧州経済委員会(ECE)でも国際的基準作りの議論を進めているほか、日本もこのECEの国際的基準作り会議で議長を務めるなど積極的に動いてはいますが、アメリカはこの動きに消極的で、我が道を行き、国際的ルール作りが滞る一因になっており、自動運転車(自動走行車)の実用化を裏打ちするはずの国際基準・ルール作りは先行きがまったく見通せない状況にあります。そうした中で、自動運転車(自動走行車)の実用化のための技術開発競争だけが激化し、我が国・日本政府は、2020年を目途として「レベル3」の自動運転車(自動走行車)の実用化を図り、さらに、2030年までには「レベル3」相当の自動運転車(自動走行車)を国内の新車販売の3割以上にすることを目指して猪突猛進的に突き進む、ために、急場しのぎにすぎないと思われる道路交通法の一部改正をもって「レベル3」相当の自動運転車(自動走行車)の実用化を図ろうとしている、この実態を私たちユーザーはしっかりと、かつ、冷静に認識し、事の適否を判断しなければならないと思うのです。というのも、繰り返し述べてきたように、「レベル3」以上の自動運転車(自動走行車)の実用化というのは、これまでの「クルマ社会」の根本原則、すなわち、自動車というのは、「運転者がその車両を常に適正に制御・操縦して走行するもの」という大前提を覆す文字通りの大革命なのです。
★ちなみに、政府(高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部)の『官民ITS構想・ロードマップ2017』では、「ITS・自動運転システムの位置づけ」として次のように記述されています。すなわち、「自動車は、1908年のフォードによる大量生産方式の開始以来、世界中に急速に普及し、現代の生活に不可欠なものとなっている。この100年以上にわたって、漸次的かつ継続的なイノベーションが進み、この結果、現代の高度な自動車が構築されてきている。しかしながら、ガソリン駆動、運転者による運転といった、その根本的な構造にこれまで変化はなかった。この自動車の根本的な構造については、今後、10―20年の間に、非連続的かつ破壊的なイノベーションが起きるものと予想されている。具体的には、ハイブリッド化・電気自動車化の流れに加えて、近年のIT化・ネットワーク化の進展に伴う、自動運転システム化の流れである。」つまり、「自動運転システム化の流れ」を、「非連続的かつ破壊的なイノベーション」、つまり、技術革新として捉えています。確かに、「自動運転システム化の流れ」それ自体はイノベーション(技術革新)の賜物であることに違いはありませんが、その新技術によって登場する「自動運転車(自動走行車)」は、道路交通関連の法体系を抜本的に変えるだけでなく、自動車ユーザー間の人間関係をも変えるなど、様々な社会変革も強いることになるだろうと考えられますから、単なるイノベーション(技術革新)というよりは、社会構造や人々の生活様式等の変革を強いられる大革命、18世紀後半、イギリスから始まった「産業革命」にも匹敵する大革命として捉えるのがその実態をより正確に認識できると考えます。
★にもかかわらず、一部改正という小手先の対応を取るとはいえ、「運転者による運転操縦の自動車」を前提にしたこれまでの道路交通法等関連法令の枠内で、これまでの「クルマ社会」の根本原則を覆す文字通りの大革命といえる事態に対処しようとするのは、あまりにも拙速・稚拙、かつ、乱暴すぎる方策だというほかありません。やはり、ここは「クルマ社会」の根本原則を覆す大革命に見合う、別次元のまったく新たな道路交通法をはじめとする関連法の新体系を策定すべく、じっくり腰を据えて取り組むべきだと考えます。もちろん、これまでの「クルマ社会」とはまったく別次元の新たな道路交通法をはじめとする関連法の新体系を策定する作業は様々な困難を伴う大作業になると思いますが、それ故にこそ拙速を避け、じっくり腰を据えて取り組むべきだと思うのです。と同時に、そうした取り組みの実務の過程、すなわち、別次元のまったく新たな道路交通法をはじめとする関連法の新体系の策定上の問題点は何か、その問題点についてどのような議論が行われ、どのように結論づけたのか等々の情報を適宜・適切に開示し、自動運転車(自動走行車)を利用し、共存することとなる市民・ユーザーがそのメリットやシステムの限界などを事前に十分に理解・把握しつつ、参画していけるようにすることも不可欠の条件だと考えます。なぜなら、自動運転車(自動走行車)の実用化という「クルマ社会」の大革命は、国の政策として、いわば意図的・計画的に行おうとしているのですから、市民・ユーザーが「寝耳に水」という感じで、ある日、突然的に意識変革や生活変革を強いられてしまうようなことがあってはならないと強く思うからです。
★ちなみに、先にも紹介した『官民ITS構想・ロードマップ2017』においても、「ITS・自動運転を利用し、共存することとなる市民が、そのメリットのほか、その導入に係る社会的コストやシステムの限界などを事前に把握しつつ参加することが不可欠である」、また、「ユーザー・市民視点で、ITS・自動運転の発展に伴い、自動運転システムがどのように普及し、社会がどのように変わっていくのか、社会全体の中でどのように位置づけられるのか等を分かりやすく示すことにより、市民との連携、社会受容性の確保を図っていく」と明記しています。しかし、残念ながら、2020年を目途として「レベル3」の自動運転車(自動走行車)の実用化を図り、2030年までには「レベル3」相当の自動運転車(自動走行車)を国内の新車販売の3割以上にする―という当面目標に向かっての動きをみる限り、市民・ユーザーに、自動運転(自動走行)システムの実用化に伴う技術開発や関連法の整備等に関する進捗状況や問題点等が「分かりやすく示されている」といえる状況には決してないというのが「雑記子」の正直な実感です。警察庁が政府目標の日程に合わせるため、道路交通法第70条の「安全運転義務」を緩和し、その実用化を図ろうとしている今、どうか、「自動運転を利用し、共存することとなる市民が、そのメリットのほか、その導入に係る社会的コストやシステムの限界などを事前に把握しつつ参加する」という、この不可欠な命題をしっかり堅持した上で事に当たってもらいたいと切に願う今日この頃です。(2018年6月20日)