★去る10月13日、警察庁は東北自動車国道(花巻南〜盛岡南IC間約30km)と新東名高速国道(新静岡〜森掛川IC間約50km)において、岩手・静岡両県の公安委員会が最高速度を試験的に時速110キロに引き上げる方針を決め、来年度中にも速度標識を整備し、順次、試行することとし、少なくとも1年間の試行後、事故の増減等の交通環境の変化を見ながら、さらなる引き上げや他区間での実施の可能性を検討すると発表、新聞各紙や各TV局等のメディアもこれを報じました。これらメディアの報道によりますと、警察庁が設置した「有識者懇談会」では、高速自動車国道の大部分はカーブや勾配が緩やかで時速120キロでも安全に走行できるよう高規格で設計されており、実際、多くの車が100キロ以上で走行している現状を踏まえ、高規格区間の一部では最高速度を見直しても安全は維持できると提言していましたので、今回の試行はこの提言を受けて実施することとなったものと思われますが、試行結果は終了後の「まとめ報告」だけでなく、試行期間中、適時適切・頻繁に、その交通状況等をできるだけ詳細に広報し、多くのドライバー等の関心を高め、また、多くのユーザーの感想・意見等を集め、それも広く知らしめるよう配慮してもらいたいと願うと同時に、最高速度引き上げの英断を強く期待しています。それにしても、その「試行」や「英断」はあまりにも遅すぎるという感が拭えません。
★というのも、道路法および高速自動車国道法に定められている高速自動車国道、すなわち、簡略的に言えば「都道府県間を結ぶ自動車幹線道路」で、道路標識等による指定がない「本線車道」での最高速度が「時速100キロ」と定められたのは、今から半世紀以上も前の1963年(昭和38年)の道路交通法の一部改正によるもので、その後、高速道路網が全国に拡大し、その安全施設の改善や自動車の走行性能や安全性能等が日進月歩で飛躍的に向上してきたにもかかわらず、「時速100キロ」という最高速度は半世紀以上もの間、その適否がほとんど検討されることもなく、堅持され続けてきた「時代もの」だからです。ちなみに、現行の道路交通法が制定・施行されたのは1960年(昭和35年)のことで、当時の日本国内には高速自動車国道そのものが存在していませんでしたから、道路交通法における最高速度も、道路標識等による指定がない場合は、「時速60キロ」という規定のみでした。ところが1959年のIOC(国際オリンピック委員会)の総会で第18回のオリンピックの東京開催が決定され、その開催(1964年・昭和39年)に向け、都内の道路交通網の整備、特に自動車専用道路網(首都高速道路)の建設や名神、東名高速国道の建設が急ピッチで推進され、日本にも高速自動車国道や自動車専用道路が出現することとなったことを受け、1963年(昭和38年)に道路交通法の一部改正が行われ、「高速自動車国道等における自動車の交通方法等の特例」条項が新設・施行されたわけですが、「高速道路での最高速度は100キロ」というのも、この「特例」のなかで定められたものです。ちなみに、この道路交通法の一部改正に伴う道路交通法「施行令」の一部改正による最高速度の条項をみると、「自動車が高速通行路を通行する場合の最高速度」として、「乗車定員10人以下の普通乗用自動車は時速100キロ、それ以外の自動車は時速80キロ」と定められています。すなわち、最高速度100キロというのは「乗車定員10人以下の普通乗用自動車」だけで、トラック(貨物自動車)やバス(大型乗用自動車やマイクロバス)の最高速度は80キロだったのです。というのも、この当時の日本製の自動車の多くは貨物自動車で、一般的な乗用車は普及途上の少数派にすぎなく、しかも、当時の日本製の貨物自動車はもちろん、乗用車でも、時速100キロもの高速で1時間ほども走ればオーバーヒートしかねない性能の代物でしたから、普通乗用自動車でも最高速度は100キロというのは極めて妥当性が高い規定であったと思います。
★しかし、その後の日本車の製造技術向上は目覚ましく、時速100キロもの高速で1時間ほども走ればオーバーヒートしかねないという危惧は一掃されたばかりか、欧米車以上に故障が少ない車としても評価され、欧米等の海外にも普及していきました。一方、全国的な高速道路網の実現に向けて次第に伸長されてきた高速自動車国道の多くは「クロソイド曲線(カーブを無理なく曲がることができる緩和曲線)」を取り入れるなど高規格の設計基準で施工されてきたことやドライバーの多くが高速走行に熟達してきたことなどが相まってか、高速道での実勢速度(大多数の車が実際に走行している速度)は100キロを超えているのが実情です。にもかかわらず、半世紀以上も前に定められた法定速度が生き続けた結果、法定速度は形骸化し、多くのドライバーの交通ルール順守意識(遵法意識)の低減化の要因にすらなってきたと思っていますが、なぜ、半世紀以上も前に定められた法定速度の見直し・検討議論が拡大しなかったのか・・・といえば、「法定速度を引き上げれば事故が増える」という「安全神話」が最大のブレーキになっていたと考えます。確かに、人身交通事故やその死者数が大幅に減少した今日でも、いわゆる「スピードの出しすぎ」によるとみられる交通(死亡)事故が少なからず発生しており、特にマスコミではその手の交通事故ニュースがセンセーショナルに取り上げられることもあってか、法定速度の規制緩和を求める世論はほとんど表面化していないのが実情です。しかし、「スピードの出しすぎによる交通(死亡)事故が多い」というのは、実態とは大きく乖離した単なる幻想・イメージにすぎないのが実情なのです。
★周知のことと思いますが、警察では、交通事故、特に人身交通事故が発生すると、その責任所在を明らかにするための捜査の一環として、事故当事者となったドライバーの属性、交通や運転の状況等、さまざまな項目を調査し交通事故統計としてまとめますが、その調査項目の中に「事故直前速度」というのがあります。「事故直前速度」というのは、ドライバーが危険を認知し、急ブレーキ等の回避措置を取る前の速度のことで、「危険認知速度」と別称することもあり、事故現場に残ったブレーキ痕や衝突物の損傷程度等から推計される数値ですが、過去に積み重ねられた膨大な事故データ等もその推計の基礎要素になっており、ほぼ正確に推計されているものです。公益財団法人・交通事故総合分析センターが集積している基礎データを基に、この「事故直前速度」別の人身交通事故(以下、人身を略す)の発生状況を最新過去3年間の平均データで分析してみると、全国で発生した自動車・原動機付自転車が第一当事者になった人身交通事故55万件弱の実に89%もは時速40キロ以下の「事故直前速度」で発生しており、時速100キロを超えた「事故直前速度」での事故は1%にも満たないという状況にあります。もちろん、このデータは高速自動車国道や自動車専用道路での事故のみならず、すべての道路で発生した交通事故をベースにしたもので、当然、高速自動車国道や自動車専用道路以外の一般道での事故が98%をも占め、高速自動車国道や指定自動車専用道路での事故は2%程度を占めているにすぎません。なおちなみに、最新過去3年間の平均で全国では3千5百件ほどの死亡事故が発生していますが、その死亡事故に限った「事故直前速度」別の発生状況を検証してみても、時速100キロを超えた「事故直前速度」での事故はわずか2%程度にとどまり、時速80キロを超えた「事故直前速度」での死亡事故というくくりでみても6%程度しかないというのが実態です。
【参考】高速自動車国道や指定自動車専用道路での死亡事故は、最新過去3年間、年平均200件ほど発生していますが、それは一般道での死亡事故を含めた死亡事故全体の5%ほどを占めているにすぎません。
★さらに念のため、高速自動車国道の大部分は、いわゆる「非市街地」に所在していると考えられますので、「非市街地」の道路で発生した交通事故に限って、その「事故直前速度」別の発生状況を検証してみると(全国、最新過去3年間の平均データ)、やはり、時速40キロ以下の「事故直前速度」での事故が圧倒的に多く、79%を占めており、時速100キロを超えた「事故直前速度」での事故は、やはり1%にも満たなく、時速80キロを超えた「事故直前速度」での事故というくくりでみてようやく1%を占める程度にとどまっています。また、「非市街地」での死亡事故に限ってみても、「時速40キロ超―60キロ以下」での死亡事故が41%ほどで最も多く、時速40キロ以下での死亡事故でも35%ほどを占め、時速100キロを超えた「事故直前速度」での死亡事故は3%余、時速80キロを超えた「事故直前速度」での死亡事故というくくりでみて10%ほどを占めるに至っている、というのが実態です。
【参考】念のため、全国の高速自動車国道や指定自動車専用道路で発生した事故に限って、その「事故直前速度」別の発生状況も確認しておきますと(最新過去3年間の平均データ)、時速60キロ以下での事故が61%ほども占め、「60キロ超―80キロ以下」が20%ほど、時速100キロを超える直前速度での事故はわずか3%を占めているにすぎません。また、死亡事故に限ってみても時速100キロを超える直前速度での事故は18%ほどにとどまり、「80キロ超―100キロ以下」が35%ほど、半分近くの死亡事故は時速80キロ以下の「事故直前速度」で発生している、というのが実情です。
★こうした実態は、多くの読者諸兄にとって、にわかには信じ難いことだろうと思いますが、間違いのない事実なのです。にわかには信じ難いと思った諸氏は間違いなく、「スピードの出しすぎによる交通(死亡)事故が多い」という幻想に取りつかれていたのです。念のため、事故の第一当事者になったドライバーの「違反種別」の死亡事故の発生状況を検証してみると(全国全道路、最新過去3年間の平均データ)、「最高速度違反」が主違反とされたものが6%程度、「非市街地」での死亡事故に限ってみても7%ほどにとどまっており、「前方不注意」などの「安全運転義務違反」が主違反とされたものが60%を占めて圧倒的に多く、「非市街地」での死亡事故に限ってみても60%余を占めているというのが実情です。つまり、走行速度が高くなるにつれ事故の発生率も高くなる―というデータ的根拠はどこにも認められないのです。もちろん、「事故直前速度」が高いほど事故時の衝撃・ダメージが大きくなることは物理学の事実ですが、それをもって「走行速度が高くなるにつれ事故の発生率も高くなる」というのは論理のすり替え以外の何物でもありません。すなわち、半世紀以上も前に定められた高速自動車国道での最高速度100キロという規制は、「実勢速度」からみても、事故の発生実態からみても実情にそぐわない「旧時代の遺物」にすぎなく、「法定最高速度」の引き上げは、試行を実施するまでもなく、早急に英断・実施すべきだと考えます。もちろん、「法定最高速度」の引き上げに当たっては、110キロが妥当か、または120キロが妥当か、あるいはそれ以上でも問題はないか等、慎重に検討すべき事項がありますので、そのための実験・試行をこそ実施すべきでしょう。
★そもそも、問題の根源は、この「雑記」でも何度も取り上げてきましたが、自動車の所有や利用状況、道路交通状況が質・量ともに大きく異なっていた半世紀以上も前に制定・施行された道路交通法の、いわば「旧時代の遺物」的規定を頑強に堅持し、道路交通実態との間にさまざまな大きなギャップが生じているにもかかわらず、一部改正というその場しのぎの「繕い」でしのぎ、根源的問題点の解決を放置してきたことにあるのです。先に紹介したように、高速自動車国道での法定最高速度100キロというのは、1963年(昭和38年)の道路交通法の一部改正によって制定・施行されたもので、それとても、当時の日本車の多くの性能が時速100キロもの高速で1時間ほども走ればオーバーヒートしかねない代物であった時代の、まさしく上限限度の規定であったと言っても過言ではなかったと考えますが、道路交通法の制定・施行はその3年前の1960年(昭和35年)のことですので、当然ながら、道路交通状況が質・量ともに大変革を遂げた今日、唖然とせざるを得ない「旧時代の遺物」的規定がしぶとく生き続けているのです。たとえば、「原動機付自転車」というカテゴリー規定がいまだに厳然と存在しているのがその典型と言えるでしょう。今現在、かの乗り物は、ほとんどの人が出力や大きさが限定された軽量小型の自動車(自動二輪車)の一種だと認識しており、「自転車」の一種だと認識・納得している者は誰一人としていないと思いますが、「旧時代の遺物」的道路交通法では明確に「原動機付自転車」として「自転車」の一種と思われる「死語」的規定がいまだに生き続けているのです。
★こうした事例はほかにもありますが、「雑記子」が今回のテーマ、つまり、「高速自動車国道での最高速度引き上げ試行」に絡んで、特にドライバー等多くの人々に認識してもらいたいと思い強調したいのは、やはり、法定最高速度の「遺物性」です。高速自動車国道での法定最高速度については先に紹介しましたが、ここでは、高速自動車国道以外の、いわゆる一般道での法定最高速度の「遺物性」を紹介しておきましょう。周知のように、道路標識等による表示がない場合の一般道では、「時速60キロ」というのが法定の最高速度となっていますが、この規定は、敢えて繰り返し確認しますが、半世紀以上も前の1960年(昭和35年)に制定・施行された道路交通法において規定されたものです。当時の一般道のほとんど、主要幹線国道の大半ですら未舗装の砂利道で、都市部の「市街地」の大部分の道路ですら未舗装・砂利道だったにもかかわらず法定の最高速度は「時速60キロ」であったのです。それが今では国道はもちろん、都道府県道や市町村道のほとんど、農道と言われる道路のほとんどですら舗装化され、その多くには歩車道の分離も行われ、交差点の要所要所には信号機も設置されている、そんな大改善が整ってきたにもかかわらず、いまだに、大部分が未舗装・砂利道だった旧時代の形骸化した規定が生き続けているのです。その結果、先にも述べましたが、この形骸化している法定最高速度が多くのドライバーの交通ルール順守意識(遵法意識)の低減化の要因にすらなっていると思うのです。もちろん、特に「市街地」のほとんどの道路では未舗装・砂利道を見かけることはまずないと思いますが、道幅が狭く、歩車道の分離が為されていない道路もまだ少なくなく、特に最近、そんな道路で、しかも、幼い子どもたちの通学路になっている道路で、通学中の子どもたちの列に「居眠り運転」とか「薬物等運転」、あるいはまた「認知症」と疑われるドライバーが運転する車が突っ込み、幼い子どもたちを死傷させるという痛ましい事故が目立って報道されてもいますが、「だから現行の法定最高速度は妥当だ」というのは筋違いも甚だしい論理です。そんな道路には道路標識等による規制速度の実施と周知はもちろん、通学時間帯の車の乗り入れ規制やガードレール等の設置などによる安全確保策をこそ確実に実施すべきであり、その怠りこそが問題なのであり、「旧時代の遺物」的規定による法定最高速度の妥当性の根拠になるものでは決してない、ということを重ねて強調しておきます。
★いわゆる「自動運転車」の実現化に向けた動きが急ピッチで進行している今、現行の道路交通法はその点からしても根源的な見直しが迫られています。だからこそ、高速自動車国道での「最高速度110キロ引き上げ試行」の実施ではなく、革命的変革を迎えつつある新時代に適合し得る新たな道路交通法の策定・検討をこそ本格化すべきだと強く訴えるとともに、少なくとも、高速自動車国道や指定自動車専用道路を利用しているユーザーの目下の最大の懸案は「最高速度の引き上げ」もさることながら、いわゆる「ラッシュ時」や年に何度かある「大型連休時」、あるいは事故発生時後等に決まって発生する大渋滞です。これもまた、あまり多くに知られていないことかもしれませんが、現行の道路交通法では、「高速自動車国道等における自動車の交通方法等の特例」の規定の中に「最高速度」とは逆の「最低速度」の規定、すなわち、「本線車道では、道路標識等で指定されていないところでは時速50キロに達しない速度で進行してはならない」(道路交通法施行令第27条の3)という規定も設けられています(※もちろん、「危険防止上やむを得ない場合を除く」という例外規定はある)。にもかかわらず、渋滞時には時速50キロを大きく下回る「違法速度」でのノロノロ運転での進行を何時間にもわたって強いられることになるのです。しかも、そうした場合でも、決して安くはない通行料金はきちんと徴収されるのです。この理不尽の抜本的解決を放置したままで、如何に最高速度の「引き上げ」が実施されても快適・安全な高速道路通行は実現されないと思いますので、何にも増して「渋滞の解消」に真摯に取り組んでほしい、というのが多くのユーザーの願いであることも当局関係者にはきちんと知ってほしいと思うのです。ちなみに、高速道路でのスムーズな交通流は安全確保の要の一つでもあることを確認し、本稿の結びとします。(2016年11月22日)