★すでに、新聞やテレビ等で報道されていますので、少なからぬ人々がある程度の情報を得ていると思いますが、この6月1日に、悪質な交通違反(危険行為)を繰り返す自転車運転者(14歳以上に限る。以下同じ。)に対して「安全講習」の受講を義務づける道路交通法の一部改正が施行されました。「危険行為」とされるのは、14の違反行為で、それを列挙すると、(1)ブレーキ不良自転車の運転、(2)信号無視、(3)一時停止違反、(4)通行禁止違反、(5)通行区分違反、(6)歩行者用道路での徐行違反等、(7)歩道での歩行者妨害等、(8)路側帯での歩行者妨害等、(9)交差点での優先道路通行車妨害等、(10)交差点での右折時の直進車進行妨害等、(11)環状交差点での安全進行義務違反等、(12)携帯電話を使用しながら運転(安全運転義務違反)して事故を起こした場合など、(13)酒酔い運転、(14)遮断機が下りた踏切への進入、以上の14で、これらが「悪質な違反」=「危険行為」と規定されています。ただし、これらの違反行為によって検挙されたら、即、「安全講習」の受講が義務づけられるのではなく、3年間にこれらの「危険行為」で2回以上違反切符(赤切符)を交付された者がその対象になるというものですから、実際にこの「安全講習」を受講することになる者の数はかなり限定されることになると思われます。
★というのは、まず、自転車利用者が、このたびの道路交通法一部改正によって「危険行為」とされた違反によって検挙され、違反切符(赤切符)を交付されるということは、今後も目立って多くなることはまずないだろう・・・、しかも、3年間に2回以上の違反検挙者はかなり限定されることになるだろうと思われるからです。もちろん、信号無視や一時停止違反、歩道での歩行者妨害等を繰り返している自転車利用者が相当数におよんでいるというのが実情ですから、現場の警察がその気になって取締りに当たれば検挙される自転車利用者は相当の数にのぼることは確かだろうと思いますが、現場の警察では、従来と見違えるような徹底した取締りを行うことは、多分、無理であろうと思います。その理由の第一は、死亡・重傷等の重大交通事故は確かに全国的に明らかな減少傾向をたどっていますが、物損事故を含む比較的軽微な交通事故は目立って減少しておらず、現場の交通警察はそれらの事故処理等で以前とさほど変わりなく多忙を極めており、社会的にも厳しい目が向けられるようになった飲酒運転に対する取締りですら、万全と思われる取締りが行えないでいるというのが現状ですから、「危険運転」の自転車利用者の取締りを特別に強化するということにはならないだろうと思われるからです。また、第二の理由として、仮に、「危険運転」をする自転車利用者を取り締まる体制を特別に構築することが可能だとしても、実際には、徹底した取締りを行うわけにはいかない、という根源的問題点があり、それが取締り現場に無言の圧力をかけ、結局、散発的な取締りにならざるを得ないと思います。
★「危険運転」の自転車利用者の取締り上の根源的問題点というのは、以前の「雑記」でも述べたことがありますが、自転車利用者が交通違反で検挙されると、運転免許を有する自動車等(自動車および原動機付自転車をいう。以下同じ。)のドライバーに適用される行政処分(反則金制度)は適用外となりますので、いきなり、いわゆる「赤切符」が交付され、刑事罰の懲役・科料あるいは罰金刑を受けることとなる、ということです。たとえば、いわば、「国家資格」ともいえる運転免許を有するドライバーが普通自動車で「赤信号」を無視して検挙された場合、特定の違反(酒酔い、無免許運転等)でない限り、いわゆる「青切符」が交付され、9,000円の反則金支払いと2点の違反点が付加される、という行政処分で済まされますが、自転車利用者の「赤信号無視」は、いきなり「3月以下の懲役又は5万円以下の罰金」という刑事罰が科され、「前科一犯」となります。また、たとえば、同じく「一時停止違反」で検挙された場合、やはり、自転車利用者は「3月以下の懲役又は5万円以下の罰金」という刑事罰がいきなり科されるのに対し、普通自動車で違反したドライバーは7,000円の反則金と違反点2点の行政処分で済まされます。これは、「法の下の平等」という理念からみても、あまりにも不平等で、著しく整合性に欠けていると言わざるを得ませんが、現下の道路交通法では間違いなくそうなっており、これが自転車の違反者取締りにかかわる根源的問題点であり、非常に厄介な問題点なのです。ただ、幸いというべきか、この問題に精通している人がいないためか、一般的にはもちろん、マスコミでもほとんど問題視されたことがありませんし、弁護士等の法曹関係者においても、手を触れたくない厄介な問題のためか、是正するための動きがみられません。しかし、多くの自転車利用者がこうした法的不平等、著しい不整合性を知れば、当然、納得しがたい感情・疑問を抱くだろうことは疑問の余地がありません。したがって、自転車利用者の「順法意識」が悪化し、違反通行する自転車利用者が増加しており、取締り強化の必要性が生じていることは確かだとしても、取締り現場の警察では、自動車等のドライバーに対するのと同様、一斉検問等で違反通行の自転車利用者を次々に検挙するということには二の足を踏まざるを得ないのが実情だと思います。
★ちなみに、北海道警察の調べによると(読売新聞・2015.5.2朝刊掲載記事)、昨年2014年1年間に道路交通法違反で自転車利用者を検挙し、交通切符(赤切符)を交付した件数は544件に上り、5年前(2010年)に比べ、約12倍にも急増しているとのことです。もちろん、こうした傾向は、北海道のみにとどまらず、全国的な傾向でもありますが、それは、この5年間で違反通行する自転車利用者が急激に増加した結果というよりも、自転車利用者の違反取締り・指導が従前よりは幾分とも強化された結果だと考えられます。しかしながら、「赤切符」を交付された自転車利用者が5年前に比べ約12倍にも増加していると聞けば、取締りが相当に強化された結果か、と思われますが、自転車利用者の違反通行の横行ぶりや警察現場の取締りの実情をからすると、警察の取締りが目に見えて強化徹底されているとは決していえず、以前とさほど変わりない散発的な取締りが行われているのが実情で、時折、いわば「見せしめ」効果を狙ってか、違反通行の自転車利用者を検挙し、交通切符(赤切符)を交付するケースが以前に比べれば確かに増えている、というのが実態だろうと思います。つまり、警察現場では、違反通行する自転車利用者の取締り・指導の必要性は痛感しながらも、人員不足等の取締り体制上の問題もさることながら、先に述べた自転車利用者の取締りにかかわる根源的問題が暗黙のうちにも足かせになって、自動車等のドライバーに対するのと同様の取締りを徹底強化し、実施することができないと思われるのです。以上のことを考えあわせると、この6月1日に施行された、悪質な交通違反(危険行為)を繰り返す自転車運転者に対しての「安全講習」受講義務化という一部改正の狙いは、もちろん、「建て前」としては、自転車の悪質違反常習者の順法意識等の改善を図るため―ということでしょうが、実質的にはその受講対象者がかなり限定され、少数にとどまるだろうことからすると、結局のところ、いわば、「脅し」効果によって自転車利用者の順法通行を促し、安全意識等の改善に資する―というのが本音ではないか、と思われるのですが、それにしても、あえて制度化したこの「安全講習」が、果たして、自転車の悪質違反常習者の順法意識等の改善を図ることに資するものとなるのかどうか、ともあれ、実施される「安全講習」の内容はどのようなものか、去る4月17日に警察庁交通局長名で、各地方機関の長・各都道府県警察の長および各附属機関の長宛に発せられた通達、「自転車の運転による交通の危険を防止するための講習の運用について」を基に、その概要を紹介してみましょう。
★まず、この「安全講習」の実施主体は、「原則として、自転車運転者講習受講命令書を交付した都道府県警察において実施する」とされており、例外的に都道府県警察以外が実施することがあり得ることを示唆していますが、どんな場合が例外になるのか、また、その場合、都道府県警察以外の実施主体はどこ(誰)になるのかも定かでありませんが、「安全講習」の講師については、「警察職員の中から、原則として、交通警察に従事する警部補以上の階級にある者又は一般職員の相当職にある者で、交通安全教育の実務経験が豊富である者を必要数選任し、必要に応じて、講習補助者を確保すること」としていますので、都道府県警察以外が実施主体となる「安全講習」においても、いわゆる「警察職員」が講師になることは定かだと思います。そして、問題の講習内容ですが、別添えされている「自転車運転者講習カリキュラム」をモデルとして、以下の項目を盛り込んだカリキュラムを作成することとし、その項目は〇交通ルール等に係る理解度チェック〇被害者及び被害者遺族等の声〇受講者が犯しやすい違反行為の事例紹介と危険性の疑似体験〇事故時の自転車運転者の責任〇自転車の運転ルール〇危険行為に関する学習〇交通ルール等に係る理解度の再チェック〇講習の総括、以上の8項目におよび、これら8項目を3時間で消化する(5分から10分程度の休憩2回がプラスされる)講習を実施することとしています。3時間におよぶ講習といえば、結構な長時間講習ともいえますが、講習項目が多岐にわたるだけに、個々の項目の講習時間は20分前後になりますので、果たして、受講者に十分浸透し、受講者の意識改善に資することができるかどうかについては懐疑的にならざるを得ません。何よりも、受講者の多くは、多分、自らの意識改善に進んで耳を傾けて受講するというよりは、懲罰の1つとして耐え忍んで受講するというのが実情であろうと思われます。つまり、せっかくの「安全講習」の義務化も、肝心の受講当事者となる自転車の悪質違反常習者にとっては、自らの順法意識等の改善を図る機会が与えられた、というよりも、2回にもおよぶ罰金等の刑事罰を受けたうえに、「安全講習」の義務化という懲罰まで加えられた、という思いを強くすることだろうと思います。もっとも、そうした重い懲罰に懲りて、自らの自転車による交通行動の改善を図る者が1人でも2人でも出てくれば、この「安全講習」の義務化もそれなりの意義があった、ということになるでしょうが、果たして、どうか、「安全講習」がある程度実施された後の比較的早い段階で、受講者の交通行動の態度変容の有無等をしっかり調査し、その結果を公表してほしいと願っています。つまり、せっかく制度化した「安全講習」の義務化を、より有意義なものにするために、関係当局者は不断の努力を惜しまないでほしい―ということです。
★しかし、この「安全講習」の講習項目の1つにもなっている「自転車の交通ルール」が実践化されるためには、現行の「自転車の交通ルール」をただ単に理解させるだけではおのずと限界があり、自転車の悪質違反常習者の意識・態度改善という課題はさしたる成果を挙げることができないだろうと考えます。なぜなら、いわゆる「悪質違反常習者」のみならず、自転車利用者の圧倒的多数が「自転車の交通ルール」に無頓着で、たとえ、「交通ルール」を相応に知っていたとしても、その「交通ルール」にとらわれず無秩序に通行しているのが実態で、それは、いわゆる「順法意識」や「交通安全意識」が乏しい結果では決してなく、毎年のように一部改正を繰り返し、多少の是正を図ってきたとはいえ、半世紀以上も前(1960年昭和35年)に制定・施行された現行の道路交通法上の「自転車の交通ルール」は、今日の道路交通の実情とはあまりにも大きくかい離し、形骸化しているうえに、「ルール」に従えば、自転車利用者自らの安全を損なうことすらあるからです。「ルール」と安全がかい離しているというのは、過去の「雑記」でも何度か紹介しましたが、たとえば、「自転車は原則、車道通行」がそれです。確かに、自転車が車道を通行する限り、現在、社会問題化している歩道上での歩行者とのトラブルは解消できるでしょうが、自転車利用者自身は自動車との危険にさらされてしまいます。また、たとえば、自転車が交差点などで右左折するときなどは手(腕)による所定の合図を実行しなければならないことも「ルール」となっていますが、これを確実に実行すれば、交通事故の多発地点である交差点において、いわゆる「片手運転」を強いられることになり、やはり、自転車利用者の安全が損なわれることになる等々です。こうした「ルール」上の根源的問題点を放置したまま、ルール順守を訴えても、「空念仏」に終わることは必定です。また、本稿の主題でもある「自転車の悪質違反常習者」に対する「安全講習の義務化」にしても、結局は、新たな「懲罰」の1つとして受け取られるだけで、自転車の悪質違反常習者の意識・態度改善にはさほど役立たないものになるだろうと思います。したがって、今、早急に為すべきことは、現行のいわゆる「自転車の交通ルール」を抜本的に見直し、道路交通の実情に見合い、かつ、将来の道路交通の変容にも十分に対応し得る新たな「道路交通法」の策定を真摯に検討・実現することです。もちろん、この抜本的見直し・検討の中には、先にも述べましたが、「自転車の悪質違反常習者」に対する「安全講習の義務化」にかかわる自転車運転者の違反検挙上の根源的問題点、つまり、運転免許を有する自動車等のドライバーなら、原則、反則金や違反点の付加という行政処分で済むものが、自転車の運転者は、いきなり、いわゆる「赤切符」が交付され、刑事罰の懲役・科料あるいは罰金刑を受けることとなる―という不合理・不整合性を正すことも含まれていることはいうまでもありませんが、以上、関係者各位の真摯な検討を願って本稿を閉じることにします。(2015年6月24日)