★「平成27年までに24時間死者数を3,000人以下とし、世界一安全な道路交通を実現する(とともに)平成27年までに死傷者数を70万人以下にする」というのは、平成23年(2011年)3月に「中央交通安全対策会議」が決定した『第9次交通安全基本計画』に掲げられた達成目標で、今年がその目標達成のための最終年に当たります。ところが、今年2015年(平成27年)2月に発表された警察庁交通局の資料によると、昨年2014年に全国で発生した人身交通事故は57万3,800件余で、死者数は4,113人、負傷者は71万1,300人余となっており、8カ月余りしか残されていない今年平成27年中に「24時間死者数3,000人以下、死傷者数70万人以下」という目標を達成することは非常に厳しい情勢にあると思います。しかし、過去10年ほどの間、死者数は年間7千から8千人台だったものが半数ほどに激減し、死傷者数も100万人台を大きく下回るほどに、人身交通事故が確実な減少傾向をたどっていることは確かですから、『第9次交通安全基本計画』に掲げた目標が達成できなかった要因は何なのか・・・など、『第9次交通安全基本計画』の実施状況や死傷状況等をしっかり検証し、改善すべき課題等を明確に洗い出し、明年平成28年を初年度とする『第10次交通安全基本計画』にしっかり反映させ、『交通安全基本計画』を単なる作文ではなく、文字通りの具体的で実効性のある実施計画に仕上げれば、かの目標達成も一層現実味を帯びてくるはずです。
★ただし、「世界一安全な道路交通」の実現というのは、あくまでも人身交通事故に限っての話です。もちろん、ことによっては、かけがえのない命を失う、あるいは、一生治癒することがない後遺障害等の死傷事故となる人身交通事故の減少をまず図る―というのが交通安全対策の第一の使命であることはいうまでもありませんが、交通事故には、人の死傷を伴わない事故、つまり、「物損事故」もあり、人身事故の件数をはるかに上回る事故が発生しており、特に企業等の安全運転管理の現場ではその防止に悪戦苦闘している現実があります。もちろん、警察では、通報があれば「物損事故」でも現場に出動し、当事者や目撃者の聞き取りや現場調査を行っていますので、警察が掌握している物損交通事故だけでも、人身交通事故の数倍におよぶ事故が発生しているといわれていますが、その現場調査の結果を事故統計データとして取りまとめて分析し、公表することは行っておりません。ただ、近年は物損交通事故の調査結果をデータ化している都道府県警もあるとのことですが、それを公表するまでには至っていませんので、その発生実態はほとんど不明というのが実情です。したがって、近年、「雑記子」に依頼がある企業等からの安全運転講習は、「物損事故が多発気味なので、その防止に役立つ内容を中心とした安全講習をお願いしたい」という要望が増えていますが、物損交通事故の発生状況等に関する全国的な詳細調査データは皆無に等しいため、物損交通事故の発生実態に基づいた安全講習を行うことができず、講師を引き受けた「雑記子」も、現場のニーズに十分応えきれていない安全運転講習になっているのではないか・・・という懸念を抱き続けている昨今です。もちろん、少しでも安全運転管理の現場のニーズに応え得る安全講習を行うべく、講習依頼のあった企業等における物損交通事故等の発生状況に関する資料をいただき、発生状況の概要を掌握するように努めていますが、企業等の業種や規模、運行状況等の違いによって、物損交通事故の発生状況も意外にまちまちで、そうした個別事例資料からは普遍的な発生状況を見出すことが十分にはできないというのが現実です。それ故に、交通警察の現場においても、「人身事故」のみならず、「物損事故」に関しても、せっかくの現場調査の結果を統一的にデータ化し、再発防止に役立てる資料として公表する仕組みを創り、早急に実施するよう切に希望するものです。ちなみに、事故防止のバイブル的理論といわれる「ハインリッヒの法則」によれば、1件の重大事故の裏には29件の軽傷事故があり、さらにその裏には300件の無傷事故が隠されており、1件の重大事故を防止するためには、300件の無傷事故にも目を向け、その防止を図ることが重要である―としています。先にも紹介したように、目下、我が国の交通安全対策は、「世界一安全な道路交通」の実現を目標に掲げていますが、この目標を達成するためにも、「ハインリッヒの法則」を活かし、「人身事故」のみならず、「物損事故」にも目を向け、その発生状況等を明らかにしていくべきだと思うのです。
★ところで、交通事故の統計データといえば、一般的には警察による交通事故統計のみと思っている方も少なくないのではないかと思いますが、実は、これとはまったく別の交通事故統計が存在しているのですが、それは多分、ほとんどの人に知られていないと思います。一般社団法人・日本損害保険協会による『自動車保険データにみる交通事故の実態』がそれです。ただし、このデータには、自賠責保険および自動車保険で支払われた保険金データをもとに、今回の「雑記」で問題にしている「物損事故」に関するデータも集積されてはいます。しかし、この損保データによる『交通事故の実態』は、交通事故による経済的損失状況を明らかにすることを主目的とするものですから、たとえば、事故の「主違反」とか「人的要因」、あるいはまた「事故直前速度」や「当事者相関状況」等といった事故の再発防止に直接的に役立つデータが少なすぎるという問題点があり、「事故の再発防止に資する」という観点からすると、その点がきわめて残念ではありますが、現時点では、いわゆる「物損事故」に関する唯一の全国的データであることは確かです。そこで、以下では、この『交通事故の実態』によって知ることができる「物損事故」の発生状況を紹介してみたいと思います。
※以下、『自動車保険データにみる交通事故の実態』を『損保データ』と略称します。
★まず、この『損保データ』では、先にも紹介したように、「人身事故」のみならず、いわゆる「物損事故」にかかわるデータも集計されていますが、その物損件数等は事故によって損傷を受けた車両(自車両、相手車両)および構築物等(家屋、ガードレール等)の数で、事故の件数とイコールではありません。たとえば、1件の事故により、自車両、相手車両の2台の車両と1軒の家屋が損害を受け、自車両の損害は車両保険から、相手車両と家屋の損害は対物賠償保険からそれぞれ保険金が支払われた場合、損害物数は3件とカウントされるとなっています。また、いわゆる「人身事故」に至ったケースでも物損被害を伴う場合がほとんどですが、それも物損件数にカウントされることなっていますので、今回の「雑記」で問題としている、「人身事故」には至らない、いわゆる「物損事故」が年間、全国でどれほど発生しているか・・・は、この『損保データ』によっても正確には掌握できないということになりますが、公表されている直近のデータ(2010年4月〜2011年3月)によると、年間の「損害物(件)数」は実に720万件を超えており、警察統計による「人身事故件数」の実に10倍以上にもなっています。ただし、先に紹介したように、この数は、1件の事故で複数カウントされたり、人身事故の「物損」数も含まれていますので、それらを勘案すると、警察現場でいわれているように、いわゆる「物損」で済んだ交通事故は、少なくとも人身事故件数の数倍以上発生している―とみるのがほぼ妥当だと思えます。
★またちなみに、『損保データ』(2012年4月〜2013年3月)によると、交通事故による年間の経済的損失額は3.2兆円以上に上り、この数年、人身事故件数や死傷者数は確かに減少しているものの、経済的損失額は3.2兆円台の水準で「高止まり」しているうえに、3.2兆円を超える経済的損失額のうち、死亡や後遺障害等にかかわる「人身損失額」は44.6%にとどまり、「物的損失額」が55%を超えているという状況にあります。それだけに、繰り返しになりますが、企業等の安全運転管理の現場においてはもちろん、政府目標である「世界一安全な道路交通」を真に実現するためにも、さらにまた、交通事故による莫大な経済的損失を減少させていくためにも、「物損事故」の発生状況をできるだけ正確に把握してデータ化し、詳細な分析調査を行い、再発防止に役立てていくことが今後の交通安全対策推進上、必要不可欠な重大事だと切に思うものです。そこで参考のため、現在の公益財団法人・交通事故総合分析センターは、設立計画当初、警察の交通事故統計データや国土交通省等の関連データを集積するとともに、『損保データ』をも集積し、それらをマッチングさせて交通事故発生のより詳細で多角的な分析調査を行うこともその目的の柱として構想されていましたが、1992年(平成4年)に設立された時点では、経済情勢の悪化などによって計画当初の財源を得ることができず、結局、警察庁の交通事故統計データと国交省の自動車登録関係データおよび道路交通センサスデータのみが集積される結果になって、設立計画当初に構想された『損保データ』をも含めた交通事故発生のより詳細で多角的な分析調査を行う機能を担える機構を構築することができないままに今日に至っていますが、「世界一安全な道路交通」の実現を図るという目標を掲げている政府がその気になれば、交通事故総合分析センターが設立計画当初に構想した機能を有する機構を実現するために必要な財源を確保することはさほど難しいことではないはずです。明年平成28年を初年度とする『第10次交通安全基本計画』の策定に当たっては、ぜひにも、この点を真摯に議論・検討し、その実施を『基本計画』に具体的に盛り込み、「世界一安全な道路交通」を実現するための強力な裏づけにしてほしいと強く要望し、この稿を結ぶことにします。(2015年4月22日)