★2月7日、気象庁は急速に発達した低気圧の影響で、2月8日未明から9日にかけて関東甲信の広い範囲で大雪のおそれがあるとして警戒を呼び掛けていましたが、ほぼその予報通り、2月8日、東京都心では45年ぶりになるという積雪25cm以上の記録的大雪となって、道路や鉄道、空港等の交通機関機能がマヒし、都民らの生活や経済活動に大きなダメージを与えたことが報道されました。また、その一週間後には関東・首都圏のみならず関西方面などでも大雪に見舞われ、広域にわたる交通機関機能がマヒ、多くの人々の生活や経済活動に大きなダメージを与えたというニュースが新聞やテレビ等で連日報道されました。その中でも「雑記子」は、首都圏等の主要幹線道路や高速道路など多くの道路で、いわゆる「スリップ事故」が多発し、死亡者も出た―との報道に気を奪われ、言い知れぬ「情けなさ」に襲われました。新聞等の報道ではその詳細が伝えられませんが、テレビで報道された映像を見る限り、そうした「スリップ事故」のほとんどが、大雪が予想される中、あるいは大雪降雪中、「夏タイヤ」のままで走行し、「スリップ事故」に至ったものであることに、「冬道運転」に伴う危険、そのイロハすら知らない無知なドライバーが多いのか・・・と嘆かざるを得ない「情けなさ」を禁じ得なかったということです。
★もっとも、今回の大雪は、東京都心での「45年ぶり」と言われる稀有な25cm以上の積雪だったということもあり、東北や北海道などの、いわゆる「降雪・寒冷地」でも、積雪25cmほどにもなる大雪降雪時には「スリップ事故」が多発することも少なくありませんので、都心での「スリップ事故の多発」は、無理からぬことともいえます。しかし、そのほとんどが「夏タイヤで走行してスリップ事故」という点が問題なのです。東北・北海道などの降雪寒冷地での「スリップ事故」でも、初冬期に「夏タイヤで走行してスリップ事故」というケースが稀にありますが、そんなケースは、不用意な愚かしい事故と非難されるのが当然ですが、首都圏等、いわゆる「降雪・寒冷地」以外の地域では、その「不用意な愚かしい」行為をするドライバーが多大にいることに強い驚きを感じるのです。しかも、今回の記録的な大雪時のみならず、首都圏等では、積雪数センチ程度の降雪時にも「スリップ事故」が多発していますが、そのほとんどが、やはり、「夏タイヤのままで走行してのスリップ事故」で、「冬道」、多分、首都圏等では「冬道」という表現はほとんどなじみなく、「雪道」というのが一般的なのでしょうが、その「雪道」を夏タイヤのままで走行するというのは、降雪寒冷地のドライバーからすれば「冬道走行」に伴う危険のイロハをも知らない、無知による無謀行為の極みと言われて当然のことですが、首都圏等ではそうした無知・無謀なドライバーがかくも多くいることに驚きと「情けなさ」を禁じ得ないのです。しかし、我が国では、東北・北海道などの、いわゆる典型的な降雪寒冷地以外の地域でも、沖縄を除いたほぼ全域で、稀有なこととはいえ、時には降雪に見舞われることもある、ということは過去にも何度となく繰り返され経験済みのことだったはずです。にもかかわらず、「冬道(雪道)の安全走行」は、いまだ「ローカルな問題」という認識にとどまっている、そのことに懸念を抱かざるを得ません。そこで本稿では、いわゆる降雪寒冷地以外に居住するドライバーのために、改めて、冬道(雪道)での安全運転のイロハを述べておきたいと思った次第です。
★まず、冬道(雪道)を安全に走行するための絶対条件は「夏タイヤのままで走行しない」ということです。言い換えれば、冬道(雪道)を走行するときは、あるいはまた、降雪が予想される場合は、必ず冬タイヤ(スタッドレスタイヤ)を装着して走行するということです。ただ、現実問題として、特に首都圏等、降雪がめったにない地域のドライバーが少なからぬ出費を要する冬タイヤ(スタッドレスタイヤ)を常備しておくことは無理であることも確かです。したがって、冬タイヤ(スタッドレスタイヤ)に履き替えることができない場合は、夏タイヤのままでの冬道(雪道)走行は絶対に中止すること、これが鉄則です。
★なお、万一やむを得ず夏タイヤで冬道(雪道)を走行せざるを得ない場合は、タイヤチェーンを装着して走行する、これが必須条件です。ただし、タイヤチェーンは駆動輪のみに装着するものですから、全輪に冬タイヤ(スタッドレスタイヤ)を装着した場合に比べても走行の安定性が悪く、特に凍結路面(アイスバーン、氷盤路面)では、ちょっとしたきっかけで「横滑り」することがあり、かつ、一旦、「横滑り」すると制御が極めて困難になる―という欠点がありますので、その点を十分に認識し、慎重な運転に徹することが肝要です。また、東北・北海道などの降雪寒冷地では、少なくとも、普通乗用車で夏タイヤにタイヤチェーンを装着して冬期間中走行し続ける者は皆無というほどの状況にあり、また、タイヤチェーンを携行している者も極めて少なく、携行している場合でも、それはあくまでも緊急時の脱出用具、つまり、深雪や轍等の溝にタイヤを取られた場合の脱出用具として携行しているもので、冬道(雪道)を走行するための常備品ではありません。したがって、タイヤチェーンを装着しての長距離・長時間走行は極力避ける―というのが常識ですから、この点も正しく認識しておきたいものです。
★いずれにしても、重ねて強調しておきますが、「冬道(雪道)安全運転」の絶対条件は「夏タイヤのままで走行しない」ということです。また、たとえ、夏タイヤにチェーンを装着しても冬タイヤ(スタッドレスタイヤ)の代替えにはならず、あくまでも緊急時の一時的な避難用具にすぎない―ということを周知・徹底認識することが肝要です。そこで次に、夏タイヤのままでの冬道(雪道)走行が、なぜ、危険なのか・・・、この最も肝心な点について述べます。端的に言えば、夏場の舗装乾燥路面でのタイヤと路面の摩擦係数(滑りやすさ)と、積雪・圧雪路面または凍結路面でのタイヤと路面の摩擦係数(滑りやすさ)に大きな違いがあるということです。ちなみに、夏場の舗装乾燥路面でのタイヤと路面の摩擦係数(滑りやすさ)は0.9から0.7μ(ミュー)とされていますが、冬の圧雪路面では、スタッドレスタイヤでも0.4から0.2μで、舗装乾燥路面に比べ3分の1ほどもグリップ力が弱くなります。また、凍結路面(アイスバーン、氷盤路面)では、スタッドレスタイヤでも0.2μ以下となり、舗装乾燥路面に比べ5分の1以下のグリップ力しか得ることができません。ですから、夏タイヤでは冬の積雪・圧雪路面や凍結路面では、どんな「腕前」を持つドライバーでも、舗装乾燥路面と同様な発進、加速、コーナリング、制動は不可能、ということです。だからこそ、「雪道」を夏タイヤのままで走行するというのは、「冬道走行」に伴う危険のイロハをも知らない、無知による無謀行為の極みということになるのです。
★次に、今や、冬タイヤ=スタッドレスタイヤともなっているスタッドレスタイヤについて、その特性等を紹介しておきましょう。年配のドライバーであれば、かつては、冬タイヤと言えば、夏タイヤ、もしくは、スノータイヤ(夏タイヤとほぼ同じ素材ですが、タイヤに刻み込まれる溝を深く、大きくしたもの)にスパイク(鋼鉄ピン)を打ち込んだ「スパイクタイヤ」に限られていましたが、その鋼鉄ピンが雪や氷が解けたりして露出している舗装路面を削り取り、路面の損傷をもたらしたり、また、削り取られた舗装素材が粉塵となって大気環境を悪化させたり、その粉塵の微粒子が人々の肺に吸い込まれ健康被害をもたらすという、いわゆる環境汚染の元凶になったことにより、スパイクタイヤ規制の市民運動等が起こり、結局、1991年にスパイクタイヤの販売禁止と積雪路面・凍結路面以外でのスパイクタイヤの使用禁止が法制化されました。そのスパイクタイヤに代わって冬タイヤとして登場したのがスタッドレスタイヤです。当初はスパイクレスタイヤとも呼称されていましたが、最終的にはスタッドレスタイヤという呼称に統一され、今日に至っています。そのスタッドレスというのはスタッド(鋼鉄ピン)が無いという意味ですが、ただ単に鋼鉄ピンが打ち込まれていないというだけではなく、夏タイヤなどに使われるゴムは低温になると弾力性が失われ硬化しますが、スタッドレスタイヤは低温になってもゴム質が硬化しない特殊配合のゴム素材を使い、かつ、トレッドパターンやその深い溝切りを工夫し、路面上の積雪をしっかりグリップして固め、固めた雪をもぎ取って投げ出す力(雪柱せん断力)を優れたものにしています。したがって、今回の首都圏等での大雪による積雪路面では十分にその機能を発揮できるはずで、スタッドレスタイヤでの「冬道」走行に習熟している降雪寒冷地のドライバーの多くであれば、あれほどの渋滞や立ち往生、スリップによる事故を招くことはなかったと思います。とはいえ、念のため、申し添えますが、スタッドレスタイヤを装着しさえすれば、誰もが夏場と同様の走行ができるというものでは決してありません。
★先に紹介したように、スタッドレスタイヤを装着したとしても、雪面路でのタイヤと路面の摩擦係数(滑りやすさ)は0.4から0.2μ(ミュー)で、舗装乾燥路面に比べ3分の1ほどもグリップ力が弱くなります。夏場と同様の感覚でアクセルを踏み込めば、駆動輪はたちどころに空回り(空転スリップ)し、発進不能に陥ります。また、夏場と同様の感覚でブレーキを踏み込めば、タイヤの回転が止まって(車輪ロックし)、タイヤは虚しく雪面路を滑走し(滑走スリップし)、進路のコントロールが不能に陥ります。したがって、雪面路等の「冬道」を走行するためには、「スタッドレスタイヤを装着する」というのが絶対条件ですが、「冬道」運転に特有のアクセルワークやブレーキング等を習得し駆使することも必要不可欠の条件となります。スペースの関係でこの稿では、その詳細は紹介できませんが、「冬道」運転に特有のアクセルワークやブレーキング等のポイントを簡潔に、かつ、わかりやすく言えば、今、盛んに推奨されている「エコドライブ」の運転技法とほぼ同様です。すなわち、(1)アクセルを徐々に踏み込みゆっくり発進、(2)発進したら徐々に加速、(3)一定速度を保って走行、(4)減速するときは、まずアクセルを戻す、(5)ブレーキを徐々に踏み込んで停止する、以上の「エコドライブ」のための5つの運転技法ポイントが、ほぼそのまま、「冬道」運転に特有のアクセルワークやブレーキング・テクニック等になります。したがって、めったに降雪に見舞われることがない、いわゆる降雪寒冷地以外のドライバーといえども、日ごろから「エコドライブ」を実践し、そのための運転技法が「冬道」に特有な運転操作ポイントと大差ないということを正しく理解しさえしておけば、たまたま見舞われた降雪時にも、スタッドレスタイヤを装着しさえすれば、安全走行が十分に可能になる―ということを強調しておきたいと思います。なお、念のため、雪面路や凍結路で発進時に駆動輪が空転スリップして発進できない―というのは、駆動力が弱すぎたのではなく、逆にアクセルを踏み込みすぎて、タイヤと路面の摩擦力よりも駆動力の方が上回った結果、タイヤが路面をグリップできなかったからで、さらにアクセルを踏み込むのは愚の骨頂で、ただちにアクセルを戻すことが正しい処置法です。また、ブレーキを踏んで横滑りや滑走スリップした時も、さらにブレーキを踏み込み、むやみにハンドルを操作して進路をコントロールしようとするのも愚の骨頂、ただちにブレーキを戻してから、ハンドルでの進路修正をする―というのがポイントです。つまり、ブレーキとハンドルの同時操作は危険操作の典型としっかり認識しておくことが必要です。
★さらに参考のため、スタッドレスタイヤは、雪面路ではその柔らかなゴム質や工夫されたトレッドパターンの溝によって路面上の雪をグリップして駆動力や制動力を得ることができますが、路面上に雪がない凍結路(アイスバーン、氷盤路)では、どのようにしてグリップ力を得ているのか・・・、その点についても簡潔に紹介しておきましょう。スタッドレスタイヤを「冬道」で効果的に使いこなすためには、スタッドレスタイヤの特性・機能を正しく理解しておくことも大切な必要条件の一つでもあるからです。まず、タイヤと路面の摩擦力をより強く得るためには、タイヤと路面の密着性を高めることが重要なポイントの一つです。その典型的な例がレースカーに使用されるタイヤです。これを見知っている人も少なくないと思いますが、レースカーに使用されるタイヤは幅広いうえに、接地面に溝がまったくない、いわゆる「坊主タイヤ」で、これは、タイヤと路面の密着性を最大限に高めるために選択された技法です。路面上に雪がなく、トレッドの溝で路面上の雪をグリップすることができない凍結・氷盤路でスタッドレスタイヤが路面との摩擦力(グリップ力)を得るために取り入れられている技法の第一が、レースカーのタイヤにも用いられているこの「タイヤと路面の密着性を高める」という技法で、スタッドレスタイヤは、特殊配合のゴム素材を使用し、寒冷時にもゴム質の柔らかさが保てるようにすることで路面との密着性を高めているほか、タイヤ表面に無数の細かな切り込み(サイピング)を入れ、接地面を大きくする工夫もなされています。
★また、このサイピングはその細かな角で氷盤上の細かな突起をひっかく「エッジ効果」も発揮します。なおまた、タイヤと路面の密着性を高めることでより強い摩擦力(グリップ力)を得ることができますが、タイヤと路面との間に水が入れば、たちどころに密着性と摩擦力が失われ、非常にスリップしやすい危険なタイヤということになってしまいます。ですから、雨の日には、「坊主タイヤ」でのカーレースは行われませんし、我々が使用している一般車のタイヤ、いわゆる「夏タイヤ」にもその表面に溝が刻まれ、それによって「水はけ」を行って密着性と摩擦力を得ているわけですが、凍結・氷盤路でも、回転するタイヤの熱が氷盤の表面の氷を溶かし、それが水膜となってタイヤと路面の間に入り込み、密着性と摩擦力を阻害します。スタッドレスタイヤは、これを防ぐために、先に述べたサイピングの溝が水膜を取り込む機能をも有しているほか、タイヤ表面に無数の小さな気泡(穴)を設け、それに融氷水を取り込む「発泡ゴム」を使用しているものもあります。スタッドレスタイヤは、以上のさまざまな機能によって凍結・氷盤路でも相応のグリップ力を得て安全走行ができるようになっているのです。しかし、先にも紹介したように、そのスタッドレスタイヤをもってしても、凍結路面(アイスバーン、氷盤路面)でのタイヤと路面の摩擦係数は0.2μ(ミュー)以下となり、舗装乾燥路面に比べ5分の1以下のグリップ力しか得ることができませんので、先に述べた「冬道」運転に特有のアクセルワークやブレーキング等をしっかり習得し、駆使することが必須条件であることは言うまでもありません。
★以上、今日、唯一の「冬タイヤ」といえるスタッドレスタイヤの特性・機能等について長々と述べてきましたが、それも、先頃の首都圏等での大雪が決して今冬限りのことではなく、今後も起こり得ることを考えれば、「冬道の安全運転」をローカルな問題としている限り、安倍政権のいう「国土強靭化」も中途半端なものにならざるを得ないと懸念するからにほかなりません。少なくとも、降雪・大雪の中、夏タイヤのままで「冬道」(雪道・凍結路)を走行する―という愚だけは一掃する方策を早急に検討・実施してもらいたいと切に願うものです。(2014年2月20日)