★2016年(平成28年)の元旦は、北海道・東北等の降雪・寒冷地域を含め全国的に比較的温暖な天候の下で迎えましたが、正月早々の4日には、昨年秋に開催されるはずの臨時国会の開催を野党の強い要請決議にもかかわらず見送ったこともあってか、第190通常国会が1992年以降で最も早い異例的早期に召集されましたが、安倍晋三首相は同日午前、官邸で年頭の記者会見を行い、今年の夏に実施される参院選挙に関し「憲法改正をしっかり訴え、国民的議論を深めていきたい」、「3年間の安倍政権の実績に対する評価と1億総活躍社会について国民の審判をいただく」のが争点であり、この「通常国会」は「未来に挑戦する国会だ」と述べ、「挑戦意欲」を強く印象づけました。そして、安倍首相は、通常国会の召集日に行われることが多い施政方針演説を、予算審議を優先するため、1月22日に2016年度予算案を提出するのに合わせて行うこととする異例の「通常国会」開会としましたが、1月6日、衆院本会議で安倍首相の外交報告と麻生太郎財務大臣の財政演説に対する各党代表質問が行われようとしているさなか、北朝鮮が朝鮮中央テレビで「特別重大報道」を行い、「水素爆弾」の実験に成功したとの「世界平和」を大きく揺るがすショッキングなニュースが飛び込むなど、2016年の行く末はいくつもの暗雲が漂う不穏な年になりそうな嫌な予感を抱かざるを得ない幕開けとなったと強く感じていますが、この「雑記」の本領である交通安全の状況はどんな具合なのでしょうか・・・。
★1月4日、新聞・テレビ等では警察庁交通局まとめの昨年の交通事故発生状況を報じましたが、それによると、人身交通事故件数(概数、以下同じ)は、全国で前年より3万7,053件少ない53万6,789件で、11年連続の減少となり、負傷者数(概数)も4万6,248人少ない66万5,126人で、こちらは、1985年以来、30年ぶりに70万人を下回りました。一方、懸案の交通事故死者(24時間死者、以下同じ)数は、全国で4,117人となり、前年より4人多く、2000年以来15年ぶりに増加に転じました。しかし、15年ぶりに増加に転じたことは確かですが、前年対比でわずか4人の増ですし、交通事故件数や負傷者数は10年以上にわたって減少傾向をたどっていますので、世界的にみても国内的にも、人々の安全を脅かす深刻なあまたの諸問題を抱えている状況のもとで、少なくとも国内の交通安全問題だけは好転状況にあるといえそうです。ただし、2015年(平成27年)度を最終年度とする『第9次交通安全基本計画』では、「平成27年までに24時間死者数を3,000人以下とし、世界一安全な道路交通を実現する」という目標を立てていましたが、この目標が未達成に終わった事実は厳粛に受けとめるべきです。
※『第9次交通安全基本計画』に掲げたもう1つの「平成27年までに死傷者数を70万人以下にする」という目標は達成できました。
★現に、警察庁交通局まとめの「平成27年中の交通事故死者数について」が公表された1月4日、河野太郎国家公安委員長は、この件について以下のコメントを出しています。すなわち、「昨年の交通事故による死者数は、4,117人で、15年ぶりに増加となりました。第9次交通安全基本計画において掲げた「平成27年までに24時間死者数を3,000人以下」とするという目標についても、これまで達成に向け努力してまいりましたが、残念ながら実現できませんでした。交通事故における致死率の高い高齢者の人口の増加が近年の交通事故死者数を押し上げる要因の一つとなっており、昨年の交通事故死者に占める65歳以上の高齢者の比率は過去最も高くなっております。また、飲酒運転等の悪質・危険な運転による悲惨な交通事故も後を絶たないところであり、いまだ多くの尊い命が交通事故の犠牲となっております。交通事故のない安全で快適な交通社会を実現することは、国民全ての願いであり、政府の重要課題であります。さらに、本年は、第10次交通安全基本計画がスタートする年であります。国家公安委員会としては、交通事故死者数が増加に転じたことを厳しく受け止め、政府が目標とする「世界一安全な道路交通の実現」に向け、引き続き、強い決意をもって当たります。高齢者や歩行者の安全確保を図るための諸対策、悪質・危険な違反の取締り、計画的な交通安全施設の整備など、地域の交通実態に即した総合的な交通事故防止対策をなお一層強力に推進するよう警察を指導し、交通死亡事故等のさらなる減少を目指してまいりたいと考えております。国民の皆様方には、より一層の交通安全の取組や安全行動の実践をお願いします」というのがそのコメントの全文ですが、河野国家公安委員長は、この日の会見で「抜本的に対策を見直していかなければならない」とも述べています。
★なおまた、同日、金高雅仁警察庁長官も、国家公安委員長とほぼ同様のコメントを発していますが、警察として取り組むべき課題について、国家公安委員長のコメントよりは多少具体的に述べていますので、以下にそれも紹介しておきましょう。すなわち、「警察としては、交通事故死者数が増加に転じたことを厳しく受け止め、各界各層との連携を一層強化し、高齢者や歩行者の安全確保を図るための交通安全教育や街頭活動、悪質・危険な違反の取締り、計画的な交通安全施設の整備などの総合的な交通事故防止対策を強力に推進するとともに、昨年6月に成立した改正道路交通法の円滑な施行に向けた準備作業を着実に推進するなど、交通事故死者数の更なる減少に向け、なお一層取り組んでまいりたいと考えております」とのコメントです。
※ちなみに、「昨年6月に成立した改正道路交通法の円滑な施行に向けた準備作業」というのは、平成29年(2017年)の6月までに施行される「準中型免許」や「準中型自動車」の新設に伴う自動車教習所等の受け入れ準備と、75歳以上の高齢運転者を対象にした免許更新時以外での「認知機能検査(臨時認知機能検査)」と「高齢者講習(臨時高齢者講習)」の新設にともなう諸規定の整備や、それらを実施するための体制づくり等の準備作業のことです。
★以上、いずれのコメントも、もちろん、「コメント(寸評)」ということによる必然的な制約があってのことだとも思いますが、今後の課題としてごく初歩的で基本的な対策のいくつかは掲げてはいますが、率直にいえば、交通事故死者数が15年ぶりに増加に転じたことと、「第9次交通安全基本計画」に掲げた目標が未達成に終わった事態を受けての、交通死亡事故等の更なる減少を目指す決意の表明を述べているにすぎないと思います。今年が「第10次交通安全基本計画」のスタートの年だといいながら、コメントで述べた初歩的で基本的な対策を、「第10次交通安全基本計画」にどのように具体化して盛り込んでいくのか、また、具体策を実現していくための年次計画や財源等は全く不明ですから、「決意表明」にすぎないと思わざるを得ないのです。それだけに、この「決意表明」が定番の儀礼的セレモニーにすぎないのかどうか、その真偽は、遅くとも4月の新年度に入る前までには策定公表されるはずの「第10次交通安全基本計画」を見るまでは測りかねるというところです。それだけに、もうすでに進行しているであろう「第10次交通安全基本計画」の策定過程が注目されますが、一部の新聞報道(河北新報、2016.1.10社説)によれば、「第10次交通安全基本計画」の策定作業はすでにその中間案に対する公聴会も開かれ、その公聴会では、交通死遺族の会の代表らから「クルマに対する速度制御装置やドライブレコーダーの装備義務化」「交差点での歩車道分離信号の設置促進」など一歩踏み込んだ対策の必要性が訴えられ、また、専門家からは「対策の元になる事故原因の分析と共有が不十分」という指摘も出されたことが報じられていましたが、今年からスタートする「第10次交通安全基本計画」を、交通事故死者数の更なる減少を図り、「世界一安全な道路交通」を実現するために、「抜本的に対策を見直し」、より一層総合的で効果的・効率的な交通事故防止対策を強力に推進していくための文字通りの「計画」とするためには、関係当局がその策定過程をできるだけ開示し、また、新聞等マスメディアも積極的にその策定過程や策定作業現場で交わされる議論等を頻繁に報じ、より多くのパブリックコメントも求めながら、十分な議論を尽くすことが非常に重要だと切に思います。
★なおまた、有意義な議論を尽くしていくためには、何よりもまず、中間案に対する公聴会で出された専門家の指摘もありましたが、事故原因等の科学的・多角的な分析が十分に為され、「計画」策定作業当事者全員がそれをきちんと共有することが必須条件だとも考えます。とりわけ、確かに、交通事故の発生件数も10年以上にもわたって減少傾向をたどってきましたが、その減少状況以上の勢いで、死者数だけがなぜ劇的・驚愕的に減少してきたのか、その要因等の科学的・多角的な解明はほとんど為されていません。にもかかわらず、「第8次交通安全基本計画」(平成18年度から平成22年度)に掲げた「24時間死者数を5,500人以下にする」という目標が案外容易に達成され、平成22年(2010年)の死者数は4,948人で、5,000人台をも割り込んだ勢いに乗じ、安易な自信を持ってしまった結果なのか、「第9次交通安全基本計画」に、「3,000人以下にする」という目標を掲げたことが「第9次計画」の目標未達成の最大要因だと「雑記子」は考えています。また、それ故にこそ、交通事故の発生件数は昨年も前年に引き続き減少したのに、死者数は15年ぶりに増加に転じたともいえます。もちろん、河野国家公安委員長のコメントにもあるように、「致死率の高い高齢者の人口の増加が近年の交通事故死者数を押し上げる要因の一つとなっており、昨年の交通事故死者に占める65歳以上の高齢者の比率は過去最も高くなったこと」も死者増加要因の1つでしょうが、問題は、「高齢者の人口の増加」ということは、あらかじめ十分に見通されていたはずのことですから、それを踏まえた効果的・効率的な事故防止策が十分に行われてこなかった故の結果ではないか、という反省・検証をこそがきちんと為されることが肝要だと思いますが、進行中の「第10次交通安全基本計画」策定作業でそれが為されたのかについては大いなる疑義を感じています。
★さらにまた、「高齢者の人口の増加」「交通事故死者に占める65歳以上の高齢者の比率アップ」に呼応する効果的・効率的な対策の必要性もさることながら、交通事故死者数の更なる減少を図り、「世界一安全な道路交通を実現する」ためには、「歩行中」の交通事故死者数の減少を図る対策をこそ最重点とする認識が必須です。なぜなら、問題とされた高齢者の事故死者の大半が「歩行中」の事故死者でもある上に、「歩行中」の事故死者の割合が欧米諸国に比べ非常に高い、というのが長年にわたって我が国の交通事故死者の憂うべき大きな特徴になっている、この実態が、いわゆる「交通安全関係者」にも十分共有されていないように思われますし、過去の「交通安全基本計画」においても、この実態を十分に踏まえ、「歩行中」の交通事故死者数の減少を図るための諸対策が集中的・重点的に実施され、成果を挙げてきたという実績が認められないからです。確かに、交通事故死者の総数および「歩行中」の事故死者数も減少傾向をたどってはきましたが、「歩行中」の事故死者が依然として3分の1以上を占めているという状況は基本的に変わっていないのです。この実態が改善されない限り、たとえ、「3,000人以下」という死者総数の減少を達成したとしても、「交通弱者」といわれる歩行者(その多くが高齢者であり子どもである)の事故死者の比率が少なくとも欧米諸国以下にならない限り「世界一安全な道路交通の国」になったとはいえない、というのが「雑記子」のかねてからの主張でもあります。
★だからこそ、国家公安委員会等が、交通事故死者数が15年ぶりに増加に転じたこと、「死者数を3,000人以下とする」という目標が未達成に終わったことを厳しく受け止め、「抜本的に対策を見直していかなければならない」と考えるならば、単に関係当局の取組みへの決意を表明し、国民に安全行動の実践を訴えるだけではなく、まずは、交通事故の発生状況や事故原因等の科学的・多角的な検証・分析をしっかり行い、「第10次交通安全基本計画」を策定するに当たっても、従前通りの過程を踏襲するのではなく、今からでも決して遅くはないと思いますので、策定作業自体も抜本的に改革し、「地域の交通実態に即した総合的な交通事故防止対策をなお一層強力に推進する」というような抽象的・総括的な表現で諸対策を羅列するのではなく、どのような対策を、誰が責任を持って、どれだけの費用と人員、日時をかけて、いつまでに、どのようにして、どれだけ実行していくのか・・・などが具体的に明示され、誰が見てもその実効性が明確に期待できるような「基本計画」を策定してほしいと切に願うものです。そして、あえてつけ加えれば、世界中に、人々の安全を脅かすさまざまな脅威・危険があふれ出している今だからこそ、せめて、国内の交通安全だけでも、それを確実に確保していくために、科学的・多角的検証に基づいた明確な根拠を有する効果的・効率的な諸対策をしっかり打ち立て、着実にその実現を図っていくことを願ってこの稿を結びます。(2016年1月25日)