★当「シグナル」のホームページには月替わりで「交通安全時評」を掲載していますが、その一つ、ノンフィクション作家の矢貫隆氏による「クルマは今日も走っている」の第63回(2011年8月1日アップ)には、いわゆる「自転車のマナー悪化」を取りあげていましたが、そのなかで、近年は、いわゆるスポーツタイプの自転車(スポーツサイクル)が急速に普及し、自動車などとの危機一髪のシーンで目撃する自転車のほとんどは、おもに主婦などが多く使用している、いわゆる「ママチャリ」ではなく、このスポーツサイクルであることを指摘し、性能も用途も、また走りっぷりもまるで違う「乗り物」を「自転車」とひとくくりにしている現状を改める必要性を指摘するとともに、いわゆる「自転車事故」について、どんな種類の自転車が、どのような場面で、どんな事故に遭遇しているのか―、その点も分析し、実態を明らかにしなければ効果的な「自転車マナーの改善策」等の「安全対策」は生まれない―と訴えていました。
★確かに、現行の道路交通法では、自転車とは「ペダルまたはハンド・クランクを用い、人の力によって運転する二輪以上の車で、レールを必要としないものをいう」とだけ定義され、この定義に該当しさえすれば、矢貫氏が指摘する「ママチャリ」もスポーツサイクルも、また、少数かもしれませんが、荷物搬送専用の大型自転車も、二人以上で運転する「タンデム自転車」も、等しく自転車として一括されてしまいます。さらに、いわゆる「電動アシスト」、つまり「駆動補助機付」自転車も、内閣府令で定める基準を満たすものは「自転車」とみなされ、近年、急速に普及しています。さらにまた、札幌などでは「ベロタクシー」と通称される観光客などを乗せて遊覧する自転車タクシーも出回っていますが、これも現行の道路交通法の定義に該当する「自転車」であることが確かですが、矢貫氏が指摘するように、「自転車」と一口にいってもあまりにも多種多様で、その性能や用途、走り方等には明らかな違いがあります。しかし、現行の道路交通法に従う限り、これらは、あくまでも「車両」の仲間、「軽車両」の一種「自転車」として一括され、原則、自動車等とほぼ同様の通行方法や運転者としての義務に従って通行しなければならないことになっています。
★しかし、このままでは、自転車の交通事故対策上、あまりにも問題があるため、今から30年ほど前の1978年(昭和53年)12月施行の道路交通法の一部改正によって、総理府令で定める一定の大きさ・構造・性能装置を有する自転車を「普通自転車」と区分し、その「普通自転車」は道路標識等によって指定された歩道を規定のルールに従って通行できるようになりました。しかし、この改正によって、確かに、車道通行による自動車等と自転車の衝突の危険性がある程度軽減されはしましたが、「普通自転車」の歩道通行のルール等を十分に周知徹底する対策が為されなかったため、自転車の(そのほとんどが「普通自転車」ではありますが)歩道通行が一般化し、歩道を通行する歩行者の安全を脅かし、危害や迷惑を及ぼす事例が新たな社会問題になっているほか、自転車利用者の自動車に対する警戒心を緩め、駐車場等に出入りする自動車と歩道上で衝突する自転車事故や、歩道上から一時停止や安全確認をしないで交差点にとび出し、右左折中の自動車と衝突する事故が「自転車事故」の圧倒的パターンになった―という新たな問題点を生じさせました。
★「普通自転車」とはいっても、矢貫氏の指摘のように、「ママチャリ」もスポーツサイクルも、また、電動アシスト付自転車も一緒であることが一層の混乱の元凶になっているといえるでしょう。当「雑記」でも、これまで何度か取りあげたように、こうした、いわゆる「自転車のマナー問題」解決の困難さは、現行の道路交通法上のあまりにも現実離れした「自転車」の定義の粗略さ・簡便さにその根源があることを改めて指摘しておきますが、最近は、さらに厄介な困った新たな自転車問題が生じています。
★矢貫氏が指摘したスポーツタイプの自転車(スポーツサイクル)は、その多くが、軽量化され、スピードを出しやすい、いわゆるサイクリング用や舗装路で行われるロードレース用の自転車だと思いますが、なかには未舗装路の山岳コースで行われるレース用の「マウンテンバイク」を街中で乗り回している者もいますが、これらは、いずれもブレーキ装置が装備され、いわゆる「普通自転車」の範疇に入るものもありますが、「普通自転車」の範囲外になるものも少なくありません。にもかかわらず、知ってか知らずしてか、本来、歩道を通行することが禁止されているそれらのスポーツタイプの自転車で歩道を疾走し、歩行者に危険と迷惑を与えている―という実態があります。こうした問題を解決するためには、単にルールやマナーの順守を訴えるだけでなく、多種多様な自転車を厳格に区分し、その性能や用途等に応じた通行規制等を行うなど現行の道路交通法の抜本的な見直しを行うことが必要不可欠ですが、「さらに厄介な困った新たな自転車問題」というのは、ブレーキ装置が装備されていない競輪などに使われる純然たる競技用の「ピスト」と呼ばれる「自転車」に乗り、一般公道を十数人の集団を組んで、車道を占有し、交差点などの信号も無視し、文字通り自転車レースまがいに疾走する「自転車暴走族」の出現です。テレビ等の報道によると、今のところ首都圏内でのみ見られる個別事象のようですが、純然たる競技用の「ピスト」と呼ばれる「自転車」を好む者は全国的に散在し、ために、ブレーキ装置を装備したうえで販売している自転車販売店も少なくないと思われますので、いずれ、首都圏内にとどまらず、この現象が全国に拡散する可能性は否定できません。
★念のため、純然たる競技用の「ピスト」と呼ばれる「自転車」を、ブレーキ装置を装備したうえで販売することは決して違法ではありません。しかし、それを購入した者の多くは、ブレーキ装置を取り外し、一般公道を走るのには明らかに違法な装備で、集団を組み、レースまがいに疾走するという、明らかな「自転車暴走族」なのです。ただ、かつて、社会問題になった本物?の「暴走族」は、自己顕示などを目的とした若者特有の反社会行動でしたが、こんどの「自転車暴走族」は、いずれは、本物の自転車レースに参戦するために、一般公道を練習場代わりにして疾走している者が多いということですから、よけい始末に負えないともいえます。警察では、ようやく重い腰をあげ、その取締りの検討に入った―ということのようですが、現行の道路交通法に照らしても、その違法ぶりは明らかなのですから警察の対応の遅さは非難に値します。ただ、あえて警察現場を思いやれば、それこそ、まったく想定外の事象であっただけに、その取締り方法にも苦慮するだろうし、取締り検挙の根拠を「ブレーキ装置不備」や「信号無視」とするだけで良いのか・・・といった懸念も対応の鈍さの要因になっているのだろうと思いますが、まずは速やかな対応でこれ以上の拡大を防ぐことが肝要です。
★しかし、本当に肝心なことは、繰り返しになりますが、現行の道路交通法では、「ペダルまたはハンド・クランクを用い、人の力によって運転する二輪以上の車で、レールを必要としないものをいう」とだけ定義され、多種多様に分かれている「自転車」の実態と大きく乖離していることです。省エネ、エコ増進や健康志向等社会的な潮流からしても、交通手段、乗り物としての「自転車」は、その種類や用途なども一層多様化され、利用が促進されることは確かでしょう。そうした将来を見据えて、どうみても、もはや時代の遺物となっている現行の道路交通法を抜本的に見直し、英知を集め、新たな時代に対応できる新たな道路交通法の検討・制定こそが本命の問題であることを強く訴えるものです。(2011年9月21日)