★2013年・平成25年も間もなく暮れようとしていますが、12月24日現在、この年の全国の交通事故死者数(24時間死者数)は4,270人で、昨年同期比マイナス13人となっています。ちなみに、昨年の交通事故死者数(24時間死者数)は、最終的に前年対比で252人減少し、かつ、4,500人台を割り込む4,411人となりましたが、果たして、今年2013年・平成25年の年間の死者数は昨年を下回るかどうか、非常に微妙な状況にあります。しかし、過去10年ほどに及ぶ交通事故死者数の減少傾向は依然として続いているほか、年間の全国の交通事故発生件数の減少傾向も引き続いており、昨年より3万件ほど減少し、60万件から65万件程度にとどまる見込みです。したがって、総合的には、今年2013年・平成25年の全国の交通事故発生状況は大過なく終わる、といえそうです。
★しかし、「雑記子」は大きな懸念を抱いています。ご承知の方も少なくないと思いますが、平成23年度から平成27年度までの5年間にわたる国レベルでの交通安全対策の大綱を定めた『第9次交通安全基本計画』では、その達成目標として、(1)平成27年までに24時間死者数を3,000人以下とし、世界一安全な道路交通を実現する、(2)死傷者数を70万人以下とする―ということを掲げていますが、『第9次交通安全基本計画』の中間年にあたる今年2013年・平成25年の交通事故発生状況を概括する限り、(2)の平成27年までに死傷者数を70万人以下とする―という目標こそ、達成可能な状況に進捗していると思われますが、(1)の24時間死者数を3,000人以下とする―という目標達成は、かなり困難な状況になってきたと考えざるを得ません。つまり、平成27年までに24時間死者数を3,000人以下にするためには、来る2年間に、毎年500人以上の減少が実現されなければならない―という計算になりますが、この10年ほどの死者数の減少状況をみると、確かに、年間500人以上の減少をみた年もありますが、年間5,000人の大台を割り込んだ以降の数年は、毎年せいぜい200人前後の減少で推移しており、来る2年間に毎年500人以上の減少が見込めるとは到底思えないからです。
★つい先ごろ、今年2013年・平成25年12月1日には、無免許運転にかかわる行為の罰則強化、道路右側の路側帯での自転車通行禁止の道路交通法の一部改正が施行され、また、11月27日には、「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」が公布され、明年5月頃には施行される予定ですから、これらが「危険・悪質運転」防止のある程度の抑止力となって事故・死者減少に幾分かは寄与するかもしれませんが、500人以上の死者減少の強力要因になるとはとても思えません。また、目を転じて、明年以降、24時間死者数の500人以上の減少を確実に図る斬新な対策が準備されているかといえば、少なくとも現時点では、そうした関連情報はほとんど見聞きされませんし、また、明年4月に予定されている消費税率引き上げに伴う景気回復の失速、そしてそれに伴う行財政の減収などにより、国をはじめ、地方自治体の一層の財政悪化が進む可能性も懸念されますので、それにより、交通安全対策関連予算は今以上に圧縮される可能性もあり、交通安全諸対策が現状以上に振興するどころか、逆に低迷する危険性の方が大きいと懸念されます。
★また万一、いうところの「アベノミクス」が功を奏し、国や地方自治体の財政・懐事情が好転したとしても、財源を回すべき政策課題が山積みで、道路交通政策に限ってみても、高速道路をはじめとする道路交通関連のインフラの圧倒的多数が、耐久年数の限界を迎えており、その点検・修復が急務になっているにもかかわらず、人材・財源難で点検の万全化すらおぼつかなく、山梨県内の中央自動車道で発生した「笹子トンネルの天井板崩落事故」のような惨事が全国のどこでも多発し得る危険性が指摘されている現在、交通事故の24時間死者数を500人以上減少させるという交通事故防止策が優先順位の上位に位置づけられることもほとんど期待できません。以上の事柄を考え合わせると、「平成27年までに24時間死者数を3,000人以下とし、世界一安全な道路交通を実現する」という『第9次交通安全基本計画』に掲げた目標の達成は極めて至難な状況になっていると悲観せざるを得ないのが「雑記子」の懸念というわけです。
■なぜ、自動車事故だけ、『自動車事故処罰法』の根源的問題点・・・
★ともあれ、2013年・平成25年は間もなく暮れます。この年の最後の「雑記」として、交通安全史上に残る画期的出来事として次のことを書き残しておきたいと思います。先にもちょっとふれましたが、明年5月頃に施行予定の「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」のことです。つい先ごろ、制定されたばかりの新法ですから、その概要をご承知の方も少なくないかもしれませんが、この「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」(※以下、『自動車事故処罰法』と略称します)というのは、これまで刑法の中で規定されていた「危険運転致死傷罪」と「自動車運転過失致死傷罪」を独立区分し、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰は、明年の施行以後、すべてこの新法によって行われることになるわけですから、正に画期的な変化といえる歴史的な出来事といえるわけです。この出来事の概要は、前回の「雑記」でも述べましたが、その段階では、まだ国会審議中でしたし、国会で可決決定され、その施行を待つばかりとなった今日、改めて、この『自動車事故処罰法』の制定・施行に至る経緯を確認しておく意義があると思います。
★まず、2001年(平成13年)12月以前、交通事故で人を死傷させた者はすべて刑法の「業務上過失致死傷罪」によって裁かれていました。そして、この「業務上過失致死傷罪」の最高刑は「懲役5年」ですから、たとえば、飲酒運転等の「危険・悪質運転」によって複数の人命を奪った交通事故を引き起こした者でも、最長で「懲役5年」という刑罰が限度でした。したがって、被害者遺族などからは、結果的に殺人(犯)と変わらないのに、被害者遺族等の心情をも軽視した、あまりにも軽すぎる刑罰だ―という批判の声が次第に高まっていました。そんな折の1999年(平成11年)11月、東名高速道路で飲酒運転者の大型トラックが乗用車に追突し、乗用車が炎上、乗っていた3歳と1歳の幼い姉妹が焼死するという悲惨な交通事故が発生しましたが、この事故を機に、「危険・悪質運転」の罰則強化を求める世論が一気に高まりました。関係当局が、こうした世論の動向に応える形で2001年(平成13年)12月に刑法の一部改正を行って施行させたのが「危険運転致死傷罪」です。
★しかし、この「危険運転致死傷罪」は、飲酒運転等で「正常な運転が困難な状態」で運転した場合や「制御困難なハイスピードで運転した」など特定の「危険運転」に限定されて適用されるもので、その「危険運転」の定義にあいまいさが多く、また、その立証も難しいため、「危険運転致死傷罪」で起訴されるケースは稀にしかなく、結局、「危険運転」とみなすべきではないかと思われる事故を含む圧倒的多数の交通(死傷)事故は、従前の「業務上過失致死傷罪」で裁かれた結果、最長懲役20年となる「危険運転致死傷罪」の刑罰とのギャップがあまりにも大きすぎるという批判が高まり、また、自動車事故の被害者遺族らが、法の不備是正と「業務上過失致死傷罪」の罰則強化を求める署名活動等を全国的に活発に展開したことなどによって、2007年(平成19年)6月、再び刑法の一部改正が行われ、「自動車運転過失致死傷罪」が新設・施行され、以後、「危険運転致死傷罪」が適用された以外の交通(死傷)事故のすべては、この「自動車運転過失致死傷罪」で裁かれることになりました。
★しかし、この「自動車運転過失致死傷罪」の懲役・禁錮刑の上限は、「業務上過失致死傷罪」の上限(懲役5年)よりも引き上げられたとはいえ、7年にとどまった結果、「危険運転致死傷罪」が適用された以外の「危険・悪質運転」による死傷事故の刑罰としてはまだ軽すぎ、また、「危険運転致死傷罪」の刑罰の上限(懲役20年)ともギャップが大きすぎる―という批判が高まり、「危険運転致死傷罪」の適用拡大、その適用ハードルの引き下げを求める声が大きくなり、結果、この12月1日には道路交通法の一部改正によって「無免許運転等の罰則強化」が施行され、明年5月頃には刑法から独立区分された『自動車事故処罰法』が施行されることとなった、というのが経緯のすべてです。
★確かに、いうところの「危険・悪質運転」によって唐突に家族の命を奪われた遺族の心情を思えば、こうした厳罰化の流れは至極当然といえます。だからこそ、この新法、『自動車事故処罰法』でも、確かに「危険運転」適用のハードルは引き下げられ、「アルコール・薬物の影響により、正常な運転が困難な状態で自動車を走行させた」という規定から「アルコール・薬物の影響により、正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で運転し、よって、アルコール・薬物の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を死傷させた」という具合に緩和されましたが、「正常な運転が困難な状態」と、「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」とは、具体的にどのような違いになるのかなど、あいまいさが残る規定であり、また、被害者遺族らが求めていた「無免許運転」は適用除外されたままであるなど、被害者遺族らが十分得心できるものとは思えませんので、また、いずれ、法の不備是正の声が高まることでしょう。
★しかし、問題の本質は、いうところの「危険・悪質運転」のより厳格な規定とか、更なる罰則強化ではありません。19世紀半ばころに成立したとされる近代刑法は、それ以前の「結果責任」の原理を否定し、新たな「意思責任」の原理を採用、それによって、過失の罪は故意の罪に比べて軽いものとなり、「業務上過失致死傷罪」がその一例ですが、故意であろうが過失であろうが、事の結果を重視し、いうところの「危険・悪質運転」の結果責任を厳しく問うというのは、19世紀半ば以降の近代刑法の「意思責任」の原理を否定し、「結果責任」の原理を復活させるという刑法体系の根幹にかかわる大問題なのです。この根源的問題点の真摯な論議が無いままに「結果責任」の重大視と厳罰化の流れが促進されてよいのか―というのが第一の根源的問題点です。
★そして、第二には、仮に、近代刑法の「意思責任」の原理を否定し、「結果責任」の原理を復活させることをやむなしとしたとしても、なぜ、自動車事故だけがその対象になるのか・・・、たとえば、2005年4月に発生した尼崎JR脱線事故では100余名もの死亡者が出ました。しかし、「業務上過失致死傷罪」で強制起訴されたJR西日本の歴代3社長には、今年2013年9月、神戸地裁は無罪判決を言い渡しました。また、昨年12月に発生した中央自動車道の笹子トンネル天井板崩落事故では9名の死亡者が出ましたが、山梨県警が「業務上過失致死傷」容疑で捜査しているものの、いまだ立件できずにいます。しかし、なぜか、「危険・悪質運転」による死傷事故に対する世論に比べ、「結果責任」重視、法の不備是正、厳罰化を求める世論は盛り上がっていません。「雑記子」は、こうした企業や行政機関の過失によるとみられる死傷事故の方が、「危険・悪質運転」による死傷事故よりも、はるかにその犯罪性が高いと思いますが、果たして、こうした死傷事故は、「危険・悪質運転」による死傷事故よりも、その罪が軽いというのでしょうか・・・、これが根源的な第二の問題点です。
★また、『自動車事故処罰法』の新設には、「危険・悪質運転」による死傷事故の再発抑止という狙いもあるとされていますが、果たして、厳罰化は「危険・悪質運転」の再発防止にどれだけ効果があるのか、はなはだ疑問、というのが三番目の根源的問題点です。特に、飲酒運転などは、確かに故意的ともいえる行為ですが、しかし、それにしても、それによる事故そのものは、あくまでも過失で、その危険をきちんと理解していない者や、いわゆる「アルコール依存症」の者が、いわば病症として運転してしまうケースが多いだけに、如何に厳罰化してもその抑止効果にはおのずと限度があり、医療的対応や「アルコール検知ロック」等のハード対策が伴わなければ、その根絶は難しいというのが実情でしょう。少なくとも、以上のような根源的問題点をきちんと視座に入れたうえでの『自動車事故処罰法』の新設・施行でないこと、自動車事故だけを特別視される風潮を深く憂慮していることを記して、この稿を結ぶことにします。(2013年12月26日)