★干支の卯年にあたる2011年、この新年も早や1カ月を過ぎようとしています。年頭、卯年の兎にちなみ、「ぴょんぴょん飛び跳ねる兎のように飛躍の年にしたい」というような所信があちこちで聞かれ、多くの人々もそれを願っていることと思いますが、国際情勢はもとより、日本の政治や経済の情勢、そして何よりも私たちの生活実感からして、この2011年がこれまでの低迷・混沌の情勢から勢いよく飛躍し、好転する年になる兆候はほとんど見られないのが残念ながらの実態です。
★ただ、正月三が日明けの1月5日、警察庁は新聞等の報道を通じて、年末年始(12月29日〜1月3日)の全国の交通事故死者数は前年度よりも30人少ない56人(速報値)で、統計の残る1970年度以降で最も少ない記録になったことを発表しました。また、それに先立つ1月3日には、昨年2010年の全国の交通事故による死者数は、前年より51人少ない4,863人にとどまり、2001年から10年連続の減少も記録し、ピーク時(1970年)の3割以下にまで減少したことが発表されました。なお、減少したのは、交通事故死者数だけでなく、人身事故件数も負傷者数も減少し、いずれも2005年から6年連続の減少を記録しています。こうした交通事故の減少傾向の持続が、依然として先行きが見通せない政治・経済・社会情勢のなかにあって数少ないわずかな光明の一つになってくれることに期待したいものです。
★政府の中央交通安全対策会議では、こうした交通事故情勢を受けて、この2011年度(平成23年度)から始められる「第9次交通安全基本計画」を策定中ですが、その中間案によると、この「計画」の最終年である2015年(平成27年)末には、全国の24時間交通事故死者数を3,000人以下にすることを目指す―という目標を掲げることにしています。なお、昨年には「平成30年(2018年)を目途に、交通事故死者数を半減させ、これを2,500人以下とし、世界一安全な道路交通の実現を目指す」という中期目標を設定していますが、第9次の「計画」の目標が達成できれば「世界一安全な道路交通」の達成も可能であるとしています。
★確かに、この10年来の交通事故情勢がこのまま推移するとすれば、政府目標の達成も決して夢物語ではなく、実現性が極めて高いと考えられますが、果たして、事はそう都合よく運んでくれるかどうか、事態を冷静に分析すればするほど懸念材料のほうが多く見受けられるのは取り越し苦労というものかもしれませんが、以下に、減少傾向をたどっている全国の交通事故の現状に潜む懸念材料をいくつか述べておくことにします。
★まず、この10年、確かに全国の交通事故死者数は劇的に減少し続け、人身事故件数もこの数年減少傾向をたどっていますが、国をはじめ地方自治体およびその関連団体等の交通安全対策関係予算も年々減少の一途をたどり、運転免許の更新時講習や安全運転管理者に対する法定講習の委託費も縮小の一途をたどり、ドライバー等に対する法定の教育現場の懐事情は確実に悪化しています。また、いわゆる交通安全運動の強力な担い手であった各地の警察署単位で設置されていた交通安全協会も加入者数が年々減少し、必要な財源が確保できず、解散した協会も出ているほか、解散一歩手前の窮状に追い込まれ、事実上、活動が停止している協会も少なくありません。また、かつてはほとんどの市町村に交通安全専任の担当者がいたものですが、近年は兼任者しかいないという市町村が圧倒的多数を占めているのが実情で、少なくとも、各種の交通安全活動を支える現場の体制は明らかに弱体化しています。
★また、交通安全対策関係予算や交通安全活動の支援体制は確かに縮小されているが、対策や活動の質が高度化されたか―といえば、これまた目に見えた変化はほとんど見られないのが実情でしょう。つまり、為すべき対策や活動が停滞しているなかで、なぜか、幸いにも交通事故は確かに減少傾向をたどっているというのが実態なのです。「世界一安全な道路交通の実現を目指す」としている政府は、もちろん、この2011年度(平成23年度)から始められる「第9次交通安全基本計画」において、実施すべきさまざまな施策を掲げることと思いますが、その施策のほとんどは「第8次基本計画」以前に掲げられた施策と大差のないものになるであろうし、また、それらの施策も、「第8次基本計画」以前がそうだったように、掲げられた施策の実施に必要な財源が十分に確保されず、結局は「絵に描いた餅」に終わったものが少なくなかったことを思えば、今の財政事情からして「第9次基本計画」に掲げる施策の実施に必要な財源が特段に裏付けられることはまずあり得ないことでしょう。
★その一方で、ドライバーの年齢層は高齢化が確実に進行し、かつ、自動車のハイテク高度化の進行に反比例して進行するドライバー個々人の安全運転能力の低下などが相まってドライバー総体の安全運転能力は確実に低下の傾向に転じています。これらの実情を考慮すれば、減少傾向をたどっている交通事故の現状は何とも不可思議なことで、極めて心もとない傾向だと言わざるを得ません。なかでも、繰り返しになりますが、全国の交通事故死者数は、確かに、ピーク時(1970年)の3割以下にまで減少しました。言い換えれば、半世紀以上も前のレベルに劇的に減少しているのです。しかし、人身交通事故はこの数年減少傾向をたどっているとはいえ、半世紀ほど前に比較すれば10倍もの人身事故が発生しているのです。つまり、人身事故はそれほど減少したわけではないのに、なぜ、死者数だけが劇的に減少したのか、その事由が明確に説明されないままに、今後の動向をきちんととらえることはできません。したがって、交通事故が幸いにも減少傾向をたどっている今日、最も必要なことは、「世界一安全な道路交通の実現を目指す」という高尚な目標を掲げることもさることながら、いや、その高尚な目標を達成するためにも、なぜ、交通事故は減少傾向をたどっているのか―、それをしっかり検証すること、それを切に訴えておきたいと思います。(2011年1月24日)