★周知のことかもしれませんが、交通事故の統計分析によると、毎年、全国で発生した人身事故の30%余を占め、最も多い「事故類型」になっているのが追突事故です。ただ、幸いにも、死亡事故等重大事故になるケースが少なく、「致死率」も低いのですが、人身事故に至らず、いわゆる「物損事故」で済んだケースも非常に多く、特に、これからの「冬の季節」、北海道や東北地方など降雪寒冷地では、追突事故の防止が安全運転を確保する上での最も重要な課題になります。というのも、降雪寒冷地の冬の路面は積雪・凍結路面になることがあり、積雪・凍結路面では、タイヤと路面の摩擦抵抗が著しく低下し、夏場の舗装乾燥路面に比べ制動距離が延びてしまうほか、ブレーキのちょっとした操作ミスで、スリップが発生し、制動コントロールが難しくなるからです。
★ちなみに、北海道警察本部交通部の調査資料により、11月〜翌年3月の「冬期間」に北海道内で発生した人身交通事故のうち追突事故が占める割合を精査してみると40%弱にもなっており、やはり、積雪・凍結路面が生成する「冬期間」には追突事故が夏場以上に多発していることは確かです。また、積雪・凍結路面で発生した、いわゆる「スリップ事故」の「類型別」発生状況をみても、追突事故が圧倒的に多く、特に「市街地」で発生した「スリップ事故」では追突事故が60%ほどをも占め、「スリップ事故」の典型的なパターンになっていることも確かです。ただし、「スリップ事故」は、その全体でも「冬期間」に発生した人身交通事故のうち20%ほどを占める程度ですから、「冬期間」でも、積雪・凍結路面での「スリップ」とは直接関係のない、夏場と同様の追突事故が圧倒的に多い―というのが実情です。特に年末は、降雪寒冷地での積雪・凍結路面でのスリップによる追突事故もさることながら、何かと気忙しくなり、道路交通も混雑する傾向にあり、全国的に追突事故の多発が懸念される時期でもあります。
★そこで、以下では、追突事故の防止を効果的に図るための実戦的な安全運転のポイントを理解・工夫し実行するための一助にしていただくために、過去3年間の通年のデータを基に追突事故の意外な実態を紹介してみようと思います。
★まず、追突事故というと、適正な車間距離を保持していなかったり、不用意な脇見運転をしたりした結果の事故だろう・・・という認識を持っているのが大方のドライバーの実態であろうと思います。また、安全運転を呼び掛ける看板など、ちょっとしたスポット的キャンペーンのほとんどには、いわゆる「スピードダウン」とともに「車間距離の保持」が決まり文句のように掲げられています。しかし、警察の交通事故統計によると、「車間距離不保持」が主違反とされた追突事故は、毎年全国で20万件以上も発生している追突による人身事故のうち、ほんのわずか(2%程度)にすぎないのが実態です。
★また、「車間距離不保持」が主違反とされた追突事故はわずかしかない―ということにも連動することですが、走行中の車同士の追突事故は10%程度しかなく、90%近くの追突事故は前車が信号待ちや渋滞などのため停止しているところへ衝突している―というのが実態で、これも多くのドライバーにはあまりイメージされていない追突事故の一面だと思われます。さらにまた、追突事故の80%以上は、時速40キロ以下で走行中に発生しており、時速30キロ以下での事故だけでも60%以上を占め、追突事故の圧倒的多数は、比較的低速度で追従走行しているときに発生している―というのも意外な実態といえるでしょう。
★また、以上のことからも十分に推測可能ですが、追突事故の大半、70%以上は「市街地」の道路、すなわち、おおむね500メートル以上にわたり、道路沿いに住宅等の家屋建造物が建ち並び、かつ、それらの建造物およびその敷地が沿道の80%以上を占めている地域(道路の片側だけがこの条件を満たしている場合も該当する)の道路、つまり、一般的に言う「街なか」の道路で発生しているのが実態です。しかも、統計データとしては表示されていませんが、追突事故は、街なかの道路で、交通量が比較的多く、車の流れが停滞気味の状況下で多発しているのが実態です。
★これらの実態からすると、追突事故を防止するためには、まず何よりも、街なかで交通量が比較的多く、車の流れが停滞気味のなかで追従走行するときにこそ、追突事故への警戒心を高め、追突事故防止を第一に念頭に置いた運転を実践することが大切です。しかし、適正な車間距離を保持して運転する―というだけではあまり実戦的ではありません。先にも紹介したように、「車間距離不保持」による追突事故はごく稀にしか発生していないからです。また、交通量が多い街なか、特に車の流れが停滞気味のなかで、適正な車間距離を保持して追従する―ということは、実際問題としてそう簡単にできることではなく、現実性に欠けるからでもあります。
★もちろん、適正な車間距離を保持して追従する―ということは、追突事故防止の基本的セオリーであることには違いありませんが、実際の圧倒的多数の追突事故はすでに停止している前車に衝突したものであり、予想外に停止した前車に気づくのが遅れたことが決定的原因になった事故が圧倒的に多いのです。言い換えれば、前車がその時点で停止するとはまったく思い至らなかったために漫然と追従し、前車の動向から目を離してしまった結果、予想外に停止した前車に気づいたときはもう遅かった…、というのが大方の追突事故の実態なのです。
★街なかの交通量が多い道路を時速30キロ前後の比較的低速度で、いわゆる「ノロノロ進行」しているときには、基本的に交通事故の危険に対する警戒心が乏しくなり、漫然追従に陥る危険性が高くなること、また、交通量が多く、「ノロノロ進行」しているときには、前車が思わぬところで停止する―という事態がしばしば発生することを改めて確認し、十分な警戒心を持って追従することこそが重要なのです。間違っても「車間距離を適正に保持しているから大丈夫…」などと決め込まないことが肝心です。
★ちなみに、2005年3月に、国交省自動車交通局が東京都内のタクシーに搭載されていた「ドライブレコーダー」のデータを解析しましたが、その結果をみると、追突事故に至った車と、事故寸前で回避できた車(ニアミス車)との挙動の違いが一層明らかになりますので、以下にそれを紹介しておきましょう。
★まず、ニアミス車は、前車がブレーキを踏んだ時点での車間距離は平均14メートル、そのときの走行速度は平均で時速16キロほど、それから平均1.7秒後(反応時間)、前車との車間距離が平均8.8メートルに至ったときに、平均時速18キロの制動初速度でブレーキを踏み、前車の後方1.8メートル(平均)手前で停止していた。これに対し、追突事故に至った車は、前車がブレーキを踏んだ時点での車間距離は平均約36メートル、そのときの走行速度は平均で時速約33キロ、それから平均3.3秒後(反応時間)、前車との車間距離が平均8.9メートルに至ったときに、平均時速25キロの制動初速度でブレーキを踏んだものの間に合わず前車に衝突した―という結果になっています。
★つまり、ニアミス車も、追突に至った車もともに、その走行速度から考えて適正な車間距離を保持して追従していたのに、前車のブレーキに気づき、自車がブレーキを踏むまでの「反応時間」に大きな違いがあり、追突に至った車は、ニアミスで済んだ車のほぼ2倍も長い「反応時間」を要しており、この違いが明暗を分けた、つまり、前車のブレーキに気づくのが遅れたことが追突事故の決定的原因になっていることが判明します。
★ちなみに、警察庁通達による走行速度ごとの「停止距離」は、「反応時間」を1秒と仮定して、その間の「空走距離」と実際にブレーキが効きはじめてからの「制動距離」の合計で算出されたものですが、このドライブレコーダーに記録されたデータの解析結果では、追突に至った車はもちろん、ニアミスで済んだ車もともに、その「反応時間」は1秒を大きく超えています。警察庁通達で仮定された1秒という「反応時間」は、予期された事態での「単純反応時間」を基にしたもので、実際の運転場面で、特に予期されていない危険事態での「反応時間」は2秒以上かかることも珍しくないということですから、追突に至った車も、ニアミスで済んだ車もともに、追突回避に必要な適正な車間距離を保持して追従してはいたが、前車の減速・停止を予期していなかったために「反応時間」が延びて、ニアミスや事故を招いたと考えられます。
★最多の事故類型になっている追突事故を防止するためには、以上に紹介した追突事故の実態をしっかり理解し、特に街なかの交通量が多い道路を時速30キロ前後の比較的低速度で追従走行するときは、比較的低速度であるが故にこそ、交通事故の危険に対する警戒心が乏しくなり、漫然追従に陥る危険性が高くなること、前車が思わぬところで減速・停止する―という事態がしばしば発生することを改めて確認し、十分な警戒心を持って追従することこそが重要であり、間違っても「車間距離を適正に保持しているから大丈夫・・・」などと決め込まないことが肝心であることを重ねて強調しておきたいと思います。(2010年12月9日)