★06年8月に福岡市で発生した飲酒運転3児死亡事故の被告・元福岡市職員今林大(ふとし)24歳に対し、5月15日、福岡高等裁判所(陶山博生裁判長)は、08年1月の福岡地裁の一審判決(飲酒運転は明らかだが、事故の主原因は脇見運転とし、業務上過失致死傷罪などを適用、懲役7年6カ月とした)を破棄し、危険運転致死傷罪と「ひき逃げ罪」を適用し、懲役20年を言い渡しました。
★一瞬にしてかけがえのない愛児3人をも失った被害夫妻は、当然ながら、当初から危険運転致死傷罪の適用を求めていましたので、この判決に感謝・評価するコメントを出していますが、被告弁護側は上告する方針とのことですから、最終判決はどのようになるか、今後にこそ大きな関心がもたれますが、問題は、ほぼ同じ証拠によって審理されながら、一審と二審とでは、まったく異なる性質の判決が出された「危険運転致死傷罪」の認定基準のあいまいさが、その根本要因であることは確かです。
★周知のように、危険運転致死傷罪は、01年に飲酒運転など悪質運転による事故に対する厳罰化を求める被害者遺族など世論の高まりを背景に新設された刑法で、いわゆる規定の「危険運転」で人を死傷させた場合に限って適用されるもので、規定の「危険運転」とは、以下の5つです。すなわち、(1)アルコールまたは薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって人を死傷させた、(2)(自動車の)進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させ、よって人を死傷させた、(3)(自動車の)進行を制御する技能を有しない(無免許等)で自動車を走行させ、よって人を死傷させた、(4)人または車の通行を妨害する目的で走行中の自動車の直前に進入(割り込み)し、または通行中の人や車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた、(5)赤信号またはこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた、以上、5つのケースで、これらの悪質・危険な自動車運転による死傷事故を故意的犯罪とみなし、その他一般の交通事故より厳しく処罰するものですが、肝心の「重大な交通の危険を生じさせる速度」とか、「アルコールまたは薬物の影響により正常な運転が困難な状態」など、条文自体があいまいなため、裁判官の判断も分かれることが少なくない問題のある刑法でもあり、近々にスタートする裁判員制度による裁判では、一般人である裁判員は殊更 その判断に悩む機会が多くなることが大いに危惧されます。
★今回の福岡高裁の判決では、「アルコールにより正常な運転が困難な状態」とは、「アルコールの影響で道路状況などに応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態を意味すると解するのが相当」として、被告は事故当時、飲酒により脳の機能が抑制され目が正常に物体を追従することが困難となり、視覚探索能力が低下。前方注視が困難な状態であったため、事故直前に至るまで被害車両を認識できなかったことが事故の主原因と認めることが相当とし、危険運転致死傷罪を適用しましたが、「前方注視が困難な状態であったため、事故直前に至るまで被害車両を認識できなかった」というのは、たとえば、いわゆる前方不注意のため、事故直前に至るまで被害車両を認識できなかった結果の多くの追突事故との差異は必ずしも明確ではない―などの疑問が残ります。
★もちろん、飲酒運転による死傷事故を故意的犯罪とみなし、厳罰に処すること自体には、この雑記子も基本的に異存はなく、今回の事故の被告に下された懲役20年という判決は、被害者遺族の感情等を考慮すれば妥当とも思います。しかし、ほぼ同じ証拠によって審理されながら、一審と二審とで、まったく異なる性質の判決が出される、その根拠となる法がそもそもあいまいすぎる―という根本問題を放置することは決して許されません。法律専門家や立法当局者には、これを機に早急に抜本的是正を行う責任があることを強調しておきます。
★また、この手の裁判は、もともと、事故の結果責任について加害者の罪状と責任の度合いを究明し、罪状にふさわしい処罰を下す―というのが目的ですから、事故の再発防止という観点からする事故原因の究明とは、本来的に異なる次元の問題であることも、この際、しっかりと確認しておきたいと思います。というのも、特に飲酒が伴う事故の場合、その故意性などから、即、飲酒して運転したこと自体が事故原因と単純化されがちですが、飲酒・アルコールの影響によって認知・判断・操作能力の機能低下を招き、結果的に、危険を見落としたり、危険の発見が遅れたり、判断を誤ったり、操作をミスしたりして事故に至るのであり、それら認知・判断・操作のミスこそが事故の決定的原因であり、飲酒・アルコールの影響は、あくまでも、それら認知・判断・操作ミスの要因であるというのが 厳格な理解だと考えます。それだけに、飲酒による認知・判断・操作能力の機能低下と事故の直接的原因との因果関係はもっと厳密・科学的に解明される必要があると考えます。また、たとえ、飲酒運転常習者でも、文字通り、故意に事故を起こす意図をもって運転するはずはなく、飲酒運転による危険の軽視・不理解の結果として事故に至るのであり、その事故の結果が如何に重大であるとしても、本来の故意による犯罪とはあくまでも異質であることも、改めて確認しておくべきでしょう。それだけに、飲酒運転の犯罪性や厳罰化だけを強調するのではなく、飲酒運転の危険性をこそもっと詳細かつ科学的に解明し、それを徹底して知らしめる、その方策こそが早急に模索されるべきだと強く思うものです。(2009年5月20日)