★この『雑記』、前回第1回目には、1〜2週間に1回程度の割で更新していくことをご案内しておきましたが、瞬く間に2週間以上が経過し、更新が遅れましたことお詫び申し上げます。
★さて、前回は、交通事故の死者数が半世紀以上も前のレベルにまで激減したことは、大いに喜ぶべきことだが、交通事故そのものはさほど減っていないのに、なぜ、事故死者だけが激減したのか・・・、また、全国的にはこの3年間、交通事故件数そのものも毎年減少しているが、国や地方自治体の財政悪化等の影響を受け、関係機関・団体の交通安全関係予算が年々減少しているなかで、なぜ、交通事故が減少傾向に転じたのか・・・、それをきちんと解明することが今後の交通安全推進上の大きな課題で、その解明に少しでも役立つ情報等をこの『雑記』で提供していきたいと記しました。
★そこで今回は、交通事故そのものは減っていないのに、なぜ、事故死者だけが激減したのか・・・に関する情報等を記してみます。まず、一般的には、シートベルト着用の普及や衝突時の衝撃をできるだけ吸収し、乗員に与えるダメージを軽減する車体の衝突安全性能がこの10年ほどの間に飛躍的に向上し、その車が普及したこと、それに加え、救急医療体制が充実したこと、少子化により死亡事故を起こしやすい若年ドライバーが減少したことなどが、交通事故そのものは減っていないのに、事故死者だけが減少した要因として考えられています。
★しかし、東北学院大学の吉田信彌教授の研究(『事故と心理』中公新書)によれば、人対車の死亡事故や右左折時の対バイク・自転車との死亡事故の減少は、シートベルト着用の普及や車体の衝突安全性能の向上ということでは説明しきれず、また、救急医療体制の充実が「24時間死者数」を減少させたとするならば、30日以内の死者数との比率関係に変化がみられるはずだが、30日以内の死者数も24時間死者数とほぼ同比率で減少している。さらにまた、若年ドライバーによる死亡事故は確かにその人口や免許人口とともに減少しているが、事故そのものは減っていないなどからして、これらを交通事故そのものは減っていないのに、事故死者だけが減少した絶対的要因とするには無理があるとして、安全への動機づけ、つまり、安全意識は高まったが、具体的な事故回避の実行力の改善に至らなかったことこそが、交通事故そのものは減っていないのに、事故死者だけが減少したことの最大要因であるとしています。
★すなわち、全国の交通事故死者数が年々減少の傾向をたどりはじめたのは1990年代半ば以降だが、90年代初頭の「バブル経済の終焉」に伴う新たな価値観の模索、95年の阪神・淡路大震災やオウム真理教無差別殺人事件などにより社会全体の安全志向の高まりを受け、ドライバーにおいても、安全への動機づけ、つまり、安全意識が高まり、シートベルトを着用する、走行スピードを控えめにする、無理な運転をしないなどの行動変化が起きた。が、これらの行動は、事故に遭ったときの被害を軽減するには多少役立つが事故を未然に防ぐ行動としては十分ではない。事故を未然に防ぐためには、動機だけでなく、具体的な事故回避の手段を実行しなければならない。その実行力の改善に至らないために交通事故は減っていない―というわけで、この所見のポイントは、いわゆる安全意識を高めるだけでは安全を確保できない―という点で、大いに傾聴に値します。
★ちなみに、その典型的な事例として、シートベルトの着用者と非着用者との間には安全確認の履行率に差はなかった―という調査結果を紹介しています。つまり、安全意識が高いとみられるシートベルトの着用者でも、安全確認という事故回避に不可欠な実行力が備わっていない者も少なくないというわけで、今日の安全運転の実態、その問題点を見事に突いていると思います。この吉田信彌教授の『事故と心理』という著書、残念ながら弊社の出版物ではありませんが、ぜひ、ご一読をお勧めします。(2008年3月18日)