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2018年8月23日

ホームページの内容を一部リニューアルしました。トップページに掲載されていた「シグナル交通安全雑記」は、交通安全時評内でお読みいただけます。

最終更新日:2018年9月25日

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交通安全時評

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安全運転管理 あれこれ記 その139 「注意」の落とし穴
交通リスクコンサルタント 小林 實

「赤信号の見落とし」を目撃

 毎年新年におなじみの箱根駅伝ですが、そのちょうど通り道である国道1号線に、横浜駅のバスターミナルの出口があります。バスターミナルからは、信号に従ってバスが出てきます。ここを車で通行しても、信号機がなければバスが出てくる三差路の交差点とは気づきにくいところでもあります。
 たまたま筆者の乗っていたバスが、青信号でターミナルから左折して国道に出ようとしたときのことでした。座席越しに外を見ていますと、右方から1台の乗用車が赤信号に全く気づいていないのか、猛然と加速しながらバスに迫ってきたではありませんか。一瞬「これはぶつかるぞ!」と身構えましたが、すんでのところで乗用車は減速し、そのまま脇をすり抜けて行きました。
 しかし、その乗用車の女性ドライバーは「なぜバスが急に出てきたのだろう?」といった表情をしていました。自分は違反をしていない…と思っていたのかもしれませんが、もしバスと事故を起こしていたら「前方不注意」もしくは「信号無視」が原因とされたことでしょう。
 この交差点は、変則的な三差路ですが、国道1号線の本線上の前方には3灯型の信号機が2ヵ所にあり、停止線もあります。バス側の信号が青であれば当然、国道1号線の乗用車側は赤信号となります。どうやら乗用車のドライバーは、信号機の存在に全く気づかないまま進入した―と考えられます。
 信号機に気づかなかった一つの原因として、他の車両がなく、全くの単独走行であったことが考えられます。もし隣に車がいる状態ですと、その車の挙動に影響されますから、他の車が減速して停止線で止まったりすれば気づくはずです。やはり、このドライバーは赤信号を見落とし、突然目の前に現れたバスに驚いた―ということでしょう。

 

Bus1-1.jpg Bus2-1.jpg

 

「見えないゴリラの実験」にヒント

 では、「赤信号の見落とし」について考えてみます。乗用車の女性ドライバーは、自分の視野に物理的に存在していた対象を見落としているわけですが、これは有名な「見えないゴリラの実験」の状況にきわめて類似しています。
 この実験では、被験者に対し、画面に表示されているバスケットボールのパスの回数を数える―という指示が与えられているのですが、その画面にゴリラのぬいぐるみを着た人物が堂々と通過するシーンが映っているにもかかわらず、かなりの人がゴリラの存在に気づかなかった―というのが実験の結果です。つまり、何かに気を取られると(頭の中で何か別のことを考えている場合も含めて)、他の重要な情報に気づかないことがあるのです。もちろん、事前にボールのパスの最中に何かおかしなものが出てくる…と教えていれば、ゴリラのぬいぐるみに気づく人は多くなります。
 そこで、「赤信号の見落とし」の原因としてまず考えられるのは、乗用車のドライバーに、バスの出口である三差路は交差点だ―との認識がなかったのではないか…ということです。しかも全くの単独走行でしたから、停止の手がかりが少なかったことも影響しているでしょう。
 また、停止線から約60メートル先には別の交差点があり、その信号機も赤の表示でした。もしかすると、彼女はそちらの信号機に注意が向いていたのかもしれません。それならば、加速状態でバスに急接近したことも理解できます。もし本人が信号機を探す、もしくは、信号機があることを予測する―という態度で運転していれば、手前の赤信号は容易に認知できたと思うのですが…。交差点という枠組みでとらえられていなかったところが、赤信号を見落とした最大の原因でしょう。

思い込みのリスク

 「注意」とは、ある刺激に対する予備的興奮状態であり、特定の刺激への感受性が高まり、明瞭に意識されることだ―といいます。ちょうど車のガソリンとエンジンとの関係に例えて、「注意」というのは認知や行動(=エンジン)のための資源(=ガソリン)だ―と説明する学者もいます。
 前方の空間を「交差点ではない…」と判断した場合でも、そこに存在している赤信号は物理的信号として網膜に映っているはずなのですが、先ほどの「見えないゴリラの実験」のように、これに気づかないことがあります。こうした見落とし現象を「非注意盲」と言いますが、要するに、特定の場所(この場合は信号機)に目を向けようとする注意が働いていないために、こうした現象が起こるわけです。突然何かが出てくるかもしれない…といった予測が働いている場合、こうした「非注意盲」は起こりません。
 運転中、ドライバーの「注意」が行き届く範囲は、見える範囲(視野)のごく一部分でしかなく、その「注意」というスポットライトで空間のあちこちを照らすことによって情報を取り出している―ということを再認識すべきでしょう。そして、安全運転には「構え」、つまり、何か変わったことはないか…というように、ある課題をルールに基づいて適切に処理しようとする心の状態が必要不可欠なのです。
ところが、運転に慣れてくると、行動はだんだんと自動化していきます。と同時に心的機能、 例えば今回問題とした「注意」も自動化されるというか、消極的になります。道に不慣れな場合などですと、情報処理は慎重にならざるを得ませんから、スピードを落としつつ注意配分を行うはずですが、今回取り上げたドライバーの場合、かなりのスピードでバスに接近してきましたから、そうではないでしょう。
 今回のインシデントでは、「ここは交差点ではない」とする「思い込み」が働いたことは明らかです。運転中は、何かに注意を集中しすぎないよう適切に注意を分散する必要があり、そのためには、気を抜かない運転、思い込まない運転をすることが重要です。
「赤信号の見落とし」は結果として「信号無視」と同じことのように見えますが、「注意」という視点で見た場合、心理的には大きな違いがあることがおわかりいただけたのではないでしょうか。

 

小林實(こばやし・みのる)

 1959年慶應義塾大学大学院修士課程修了。警察庁入庁、科学警察研究所勤務。同研究所勤務の間、米国厚生省訪問研究員、フィリピン大学交通訓練センターでの教育指導などに従事。1989年交通部付主任研究官を最後に退官後、(株)損害保険ジャパン顧問、(財)国際交通安全学会顧問、主幹総合交通心理士。現在、交通リスクコンサルタントとして活躍。
 『運転学のすすめ』『安全への視点』『運転の構図』『あんぜんかわらばん』『クルマ社会の安全管理』『なぜ起こす交通事故』など著書多数。当社からは『安全運転管理のスタンス』『安全運転管理の心理学』を発行。 

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