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交通安全時評

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安全運転管理 あれこれ記 その137 企業と労働災害
交通リスクコンサルタント 小林 實

労働基準監督署の役割

 「ちょっと署までご同行願えませんか?」と道で声をかけられたら、あまりいい気分はしませんね。「署」と聞くだけで何か悪いことをしたような感じです。一昔前までは、税務署というのもそういった感じでした。また、労基署というのは、正式には「労働基準監督署」のことですが、ここは労働の安全と深いかかわりのある署です。
 「署」というのは、何らかの権限を行使する役所のことで、市役所の「所」よりも強い権限を持ちます。あまり知られていないことですが、労基署の安全監督官には、司法警察員として捜査という警察権も与えられています。これは、厚生労働省の麻薬取締官も同じです。
 工場などで大きな爆発事故などが発生しますと、その原因に作業者のミスがなかったか、さらには労働環境がどうであったか、過重労働はなかったか―などを調査するのが労基署の役目です。事故などが発生した事業所に対し、その原因調査のほか、行政的指導のために立ち入り検査を行うことがありますし、場合によっては、業務停止といった処分を行うこともあります。

労働災害とは?

 労働者の安全を確保するために「労働安全衛生法」(略して労衛法、何か機密の漏洩みたいな語感ですが)という法律があり、第2条1で「労働災害」を次のように定義しています。
 「労働災害とは、労働者の就業に係る建設物、設備、原材料、ガス、蒸気、粉じん等により、又は作業行動その他業務に起因して、労働者が負傷し、疾病にかかり、又は死亡することをいう」
 運転という労働から発生する交通労働災害も、この条文の傍線の「作業行動その他業務」という部分を「運転行動もしくは交通業務」と読むことにより、労働災害の一つと定義することができます。
  運転労働というのは、車などを利用して事業を行っている自動車運送事業(主に緑ナンバー)や建設業(白ナンバーの工事用車両)、配達業、サービス業などがその対象となります。仮に、ある事業所で従業員が運転作業中やそれに伴う付帯作業中に死亡するような大きな事故が発生した場合、労働環境に何らかの不備がなかったか、健康管理が徹底されていたかどうか―について行政的な指導を受けますし、当然、負傷事故であっても報告の義務が課せられています。ですから、自動車運送事業やサービス業の事業主におかれては、運転者をはじめとする作業員が被災せぬよう、彼らの健康や生活状況にも配慮した安全管理に万全を期しておられるわけです。
 第三者が介入する「道路」という交通場面で発生する事故は、工場内で発生する事故とは形態が大きく異なりますが、労働災害では、あくまでも「作業員が罹災したかどうか」に焦点が当てられます。
 このため、トラックが歩行者をはねて死亡させた―というような事故であっても、運転者が死亡や負傷をしない限り、労働災害の対象にはなりません。一方、郵便事業、新聞販売業などのサービス業では、バイクの使用が欠かせませんから、運転者が転倒するなどして罹災するケースが多く、それだけに従業員の安全確保への配慮が望まれるわけです。

交通労働災害の実態

 ところで、労働災害の現状はどうでしょうか。全国の労働災害による死亡者は2015年から2年連続で1,000人を下回り、2016年には928人と過去最少になっています。今から40年以上前の1974年には4,300人でしたから、当時の4分の1以下です。また、休業4日以上の死傷者数をみると、2016年は全国で約11万8,000人と、1974年の約34万人から3分の1にまで減少しています。こうした減少傾向は、労働安全に対する官民双方の努力の結果と評価してよいと思います。
 では、交通労働災害だけに着目しますと、2016年に交通事故で死亡したのは218人です。労働災害による死亡者928人のおよそ4分の1が運転労働による―ということは、運転者に対する健康管理をはじめ、安全管理をさらに強化する必要性があることを示しています。
 このうち陸上貨物運送部門に限ってみますと、作業者である運転者が死亡した99人のうち、道路上での交通事故による死亡者が57人と過半数を占めています。この原因は、対向車との正面衝突、道路からの転落、立木との衝突などですが、プロドライバーである彼らが単純に運転ミスをした…とは考えにくく、それに至るまでの過労や居眠り、さらには突発的な身体的な異常といったものがその背景にあることが推測されます。
 一方、陸上貨物運送部門の死傷者についてみますと、交通事故による運転中の死傷者の割合は極めて低く、全体の6.6%にとどまっています。これに対し、荷台からの転落であるとか、無理な動作、転倒などが圧倒的に多いのが特徴です。例えば、積み荷を覆っていたビニールシートを引き上げてたたむ作業中に、足を引っかけて荷台から転落したとか、荷崩れで荷物の下敷きになった、無理な姿勢で荷物を持ち上げて腰痛を発症した―といったようなケースです。また、宅配便のドライバーが急いで運転席から飛び降りる際に、運悪く下に落ちていたバナナの皮で足を滑らせて転倒した―とか、フォークリフトの操作を誤って他の作業員を負傷させた―という事故も起きています。
 こうした実態からすると、朝礼などで「安全運転で行きましょう」と声掛けをすることはもちろん大切ですが、同時に「運転以外の作業も決して甘く見ない」ということを徹底する必要がありましょう。長時間運転後の疲労感から、ほっとして気持ちが散漫になっていないか、ベテランだからといって荷卸し作業を甘く見ていないか―など、細かい指示を怠らないことです。


 

小林實(こばやし・みのる)

 1959年慶應義塾大学大学院修士課程修了。警察庁入庁、科学警察研究所勤務。同研究所勤務の間、米国厚生省訪問研究員、フィリピン大学交通訓練センターでの教育指導などに従事。1989年交通部付主任研究官を最後に退官後、(株)損害保険ジャパン顧問、(財)国際交通安全学会顧問、主幹総合交通心理士。現在、交通リスクコンサルタントとして活躍。
 『運転学のすすめ』『安全への視点』『運転の構図』『あんぜんかわらばん』『クルマ社会の安全管理』『なぜ起こす交通事故』など著書多数。当社からは『安全運転管理のスタンス』『安全運転管理の心理学』を発行。
 

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第144回
かくれんぼができない子供たち
第143回
これからの安全管理
第142回
「駐車場」というワナ
第141回
脅かされる歩行者空間
第140回
台車事故を考える
第139回
「注意」の落とし穴
第138回
デイサービスと安全管理
第137回
企業と労働災害
第136回
残酒(のこりざけ)運転
第135回
マナーについて
第134回
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第133回
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忖度こそ安全マナー
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タイヤ以外、何に触れても事故である
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運転の自動化とドライバー
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第123回
これからの交通社会は?
第122回
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第121回
レジリエンスと安全管理
第120回
トンネルのリスク
第119回
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第118回
バスの暴走
第117回
オアフ島と交通渋滞
第116回
安全管理八策
第115回
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第114回
交差点での安全運転
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自転車事故と保険
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第109回
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第108回
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第107回
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第105回
交通安全標語の変遷
第104回
なぜゴリラは見落とされるのか
第103回
10年後の交通を読む
第102回
若者との接し方 指導教官の話から
第101回
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第100回
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第98回
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第89回
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第85回
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