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交通安全時評

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安全運転管理 あれこれ記 その134 沈着な判断と行動が鍵
交通リスクコンサルタント 小林 實

一瞬目を疑う事態

 この6月10日に愛知県新城市内の東名高速道路上り線で発生したバスと乗用車との衝突事故は、バスに搭載されていたドライブレコーダによる衝突寸前からの動画がテレビでもたびたび放映されたので、ご覧になった方も多かったと思います。何しろ、乗用車が宙を舞ってくるという画像でしたから、視聴者も一瞬目を疑ったと思います。発生したのは土曜日の午前7時半ごろでしたから、幸い交通量もそれほど多くなかったため、他の車を巻き添えにしなかったことで被害は最小限にとどまりました。
 この事故ですが、下り線を走っていた普通乗用車が、何らかの理由で路肩側のガードレールに接触、その反動で車線を横切って中央分離帯の盛り土に乗り上げ、それを踏み台のようにして対向車線の空中に飛び出したものです。最近はドライブレコーダの普及により、旅客機が道路を横切って墜落する瞬間や、大型トレーラが高速道路を暴走する―といった映像が記録され、テレビ番組などでたびたび紹介されていますが、今回のように車が空中滑走して対向車に衝突する映像は極めて珍しいものです。

50年以上前にも発生

 実は、この珍しい空中滑走による事故は、50年以上前にも起きています。それは東名高速道路ができる以前、1963年に開通した名神高速道路での事故でした。名神高速は日本初の高速道路ですが、その建設に当たり我が国だけの資金では賄いきれず、一部を世界銀行からの借入金、いわゆる借款で対応しました。今でこそ外国にお金をばらまくのは日本政府の御家芸ともいえるものですが、当時は厳しい経済状況だったのです。そのため、技術顧問が世界銀行から派遣されましたが、何か明治時代を彷彿させるものがあります。
 この顧問団の一人に、ドイツのアウトバーン建設を担当したドルシュ氏が加わっていました。彼はアウトバーンの設計に際し、直線と曲線とをつなげる部分の緩和曲線に「クロソイド曲線」というものを採用しましたが、これを名神高速にも採用したのです。
 クロソイド曲線というのは、カーブの長さに対応して曲率が徐々に変化するもので、定速走行をする際にハンドル操作がスムーズにいくような工夫がなされています。彼は、この曲線を使い、アウトバーンのような美しいカーブを持った高速道路を日本の風景にもマッチさせるよう試みました。ご存知のように、アウトバーンはそのほとんどが平地を走り、しかも十分な用地がありますから、厳しいカーブの部分はそれほどありません。しかし、名神高速は山あり谷ありで、ことに関ケ原のカーブは半径260メートル(260R)という急なカーブでした。
 当時、日本のドライバーには高速道路の運転経験がなく、あるとき、急カーブで中央分離帯のガードレールに接触した乗用車が対向車線に着地する―という事故が起きました。現場に行きますと、カーブの遠心力で車のコントロールを失ったドライバーは一瞬急ブレーキを踏んだと見え、路面に斜めのスキッドマークが確認されたのですが、途中でそれが消えており、車はそこから対向車線側に飛び出したことがわかりました。ドライブレコーダもなかった時代ですから、どのように飛び出したかは不明ですが、今回の事故と似たケースはすでに存在していたことになります。

代車だったのが災いしたか…

 今回の空中滑走の事故を受けて、ある交通評論家は緊急に再発防止策を立てることを提案していますが、リスク管理の立場からすれば、50年に一回起きるという確率の低さからしますと、そこに投じられる膨大な改修費を考えたとき、そのコストパーフォーマンスは低いといわざるを得ません。つまり、緊急対策を行う必要を感じさせないタイプの事故といえましょう。
 今回の事故の発端となった乗用車ですが、ドライバーは62歳の医師ということです。毎日、病院までの通勤に東名高速を利用しておられたようですが、一ついつもと違った点が見つかっています。それは、ご自身の車ではなく代車を利用されていたことです。このため、慣れた自分の車とは違った挙動をした―、ことに高速走行であったことから、何らかの理由でその挙動を制御できなかったのではないか…ということも考えられます。また、午前7時半ごろということでご本人は居眠りか、ついうとうとして路肩側のガードレールに接触してしまったことも考えられます。

認知・判断・操作を巧みに実行

 一方、乗用車と衝突したバスの方ですが、前方から飛んできた乗用車に対し、ドライバーは極めて沈着な行動をとったことがドライブレコーダの記録からわかります。普通ですと、自分の身の安全を考え、本能的に顔を伏せたり、身をかわす―といった回避行動に出るものですが、このバスのドライバーの頭によぎったのは乗客の安全だったのでしょう。バスのスピードもかなり速いなかで、冷静に右手でハンドルを若干左に切り、左手で排気ブレーキ(エンジンブレーキの効果を補助する装置)のレバーを引く様子が映っています。前方から乗用車が飛んでくるほんの一瞬に、認知・判断・操作を巧みに実行したわけです。この沈着なドライバーの行動は大いに評価されてよいでしょう。
 偶然かどうかはわかりませんが、彼がバスの進路を若干変えたことが幸いして、飛び込んできた乗用車はバス上部のフレーム部分で支えられました。最近のバスはガラス張りになっていますから、仮に乗用車が正面から突っ込んでくればガラスが飛散し、乗客の多くはさらなる被害を受けたことでしょう。また、もし彼が急ブレーキを踏んだとすれば、高速走行中のバスは転覆していたかもしれません。結果的にバスはゆっくり減速し、約300メートル先に停止することができました。
 このバスの場合、走行中のドライブレコーダの記録をリアルタイムに近い状態で本社に流していたことも、事故対応が迅速に行われた一つの要因だといわれています。国交省によりますと、全国の約4万3,000台の貸し切りバスのうち、ドライブレコーダを搭載しているのはその約2割とそれほど高くはありません。しかしこのバス会社では、保有する45台すべてに搭載し、しかも今回事故に遭ったバスを含め、新型のバス15台には高性能な機器を導入しているそうです。こうした安全投資が功を奏して、現場での対応がうまく機能したものと思われます。事業用車両、ことに人命を預かるバスの場合、こうした措置が安全運転管理の上で必要となってくるでしょう。また、乗客のことを常に念頭に置き、シートベルトの着用を何度も呼びかけるなどしていたそうですが、そうした姿勢も大切でしょう。
 今回のバスの対応は、幸いにも事故の極小化につながりましたが、そこには運転手の判断や行動だけでなく、いくつかの偶然もよい方向に働いたのではないかと思われます。事故の起こる状況というのはすべて異なりますので、管理者は、日頃から対応の引き出しを幅広く持つ必要があることをドライバーに伝えてほしいと思います。

 

小林實(こばやし・みのる)

 1959年慶應義塾大学大学院修士課程修了。警察庁入庁、科学警察研究所勤務。同研究所勤務の間、米国厚生省訪問研究員、フィリピン大学交通訓練センターでの教育指導などに従事。1989年交通部付主任研究官を最後に退官後、(株)損害保険ジャパン顧問、(財)国際交通安全学会顧問、主幹総合交通心理士。現在、交通リスクコンサルタントとして活躍。
 『運転学のすすめ』『安全への視点』『運転の構図』『あんぜんかわらばん』『クルマ社会の安全管理』『なぜ起こす交通事故』など著書多数。当社からは『安全運転管理のスタンス』『安全運転管理の心理学』を発行。 

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かくれんぼができない子供たち
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