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2018年8月23日

ホームページの内容を一部リニューアルしました。トップページに掲載されていた「シグナル交通安全雑記」は、交通安全時評内でお読みいただけます。

最終更新日:2018年11月8日

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交通安全時評

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安全運転管理 あれこれ記 その132 忖度こそ安全マナー
交通リスクコンサルタント 小林 實

日本語の持つあいまいさ

 森友学園騒動以来、耳慣れない言葉がマスコミを賑わせています。ただでさえ漢字離れが進んでいるご時世に出てきたのは「忖度(そんたく)」という単語です。この忖度とは、本来どういう意味でしょうか。それは「人の心を推測する、察する」ということなのですが、外国人記者クラブでの籠池氏の会見で、これを適切に翻訳する英語が見つからず、日本語の持つあいまいさが表れた感じです。
 英語で一番近いと思われる単語は、conjectureとかguess(いずれも「推測する」という意味)がそれに当たりますが、「忖度する」という語意を必ずしもはっきりと示していません。むしろ、predicting from incomplete evidence(不十分な証拠から予測する)といった感じでしょうか。また、read between the lines(行間を読む)と表現することもできそうですが、他人の心中を推し量る、あえて言葉にしなくとも価値観を共有しあえる、阿吽(あうん)の呼吸といった感じです。これだけ話題となった「忖度」は、今年の流行語大賞の有力な候補となる可能性があるでしょう。
 この忖度という言葉を含め、日本の官僚にとっては、政治家の顔が立つようにする「さばき能力」というものが、人事評価の対象になるほどの重要なポイントです。こうしたいわば「忖度文化」なるものは、社会が同一の価値観で動いていた時代には効率的に機能するシステムであったわけですが、価値観が多様化した現代では、忖度の前提となっている「言わなくともわかるのでは…」という道理が通りにくくなっており、ある意味「ムラ社会」である霞が関以外ではなかなか通用しないのではないか…というわけです。
 しかし今、交通を含め、一般にマナーの低下している状況をみますと、相手の気持ちを推量する、相手の立場に立って考える―という「忖度する」ことが必要なのではないでしょうか。

気持ちよく生活するための知恵

 警察庁が監修した「運転者教育ハンドブック」には次のように書かれています。
 「安全教育の中では道交法に定められたルールや交通マナーについて教えることになりますが、これらのマナーやルールをただ『守るように』と指導するのではなく、なぜそのようなルールがあるのか、なぜマナーに配慮しなければならないかといったその理由を示し、ルールやマナーには交通の秩序を維持し、事故を防止する役割があることを理解させる必要があります」
 これが、相手の心中を察して行動するということにつながります。別の見方をすれば、道路上における自分の存在や行為が他の人に与える影響を常に頭に置いて行動することが求められているわけです。他者の存在を意識し、迷惑をかけないことが交通の場でのマナーであるわけで、ある意味「忖度する」ことと共通しています。
 つまり、交通という「空間」において他者を不快にしない、もしくは快く思われる行動基準の一つがマナーということになります。ベビーカーを押して混雑した電車内に突進したり、エレベーターの前に立ちはだかって降りる人の進路を妨害したりするケースは、日常生活でのマナー違反です。
 マナーというのは、そこに生活する人々が気持ちよく生活していくための知恵であり、相手への気遣いによる自発的行動だといえましょう。貴方が相手を思い、ほんのちょっと我慢することが、状況を良い方向に向けることになるのです。

坂道では上りが優先なのだが…

 交通場面では、例えば、よくあるのが狭い道での車のすれ違いです。当然、2台の車がすれ違うためには一方が譲る―という発想が必要になります。相手がトラックのように大きな車の場合、こちらはその力関係から止まって譲ることが多いのですが、相手が自分と同じ乗用車の場合、どうしても自分が先に行きたい…という心理にかられます。こうしたときに、忖度する気持ちがあれば、「相手も急いでいるのだろう」とか「どうも運転になれていない人らしい」と配慮して、こちらが率先して待つ―というスタンスができます。
 また、急な坂道などでは、こうした忖度の気持ちがあるのとないのとでは運転に大きな違いが出てきます。国家公安委員会告示の「交通の方法に関する教則」にも記されている通り、「上り優先」を原則としますが、これを知らないドライバーが結構おられます。最近の車は加速性能もいいのだから、何も上りを優先する必要はない…などと思っておられる人もいるようで、坂を上ってくる車に対し、自分には全く関係ないとばかり、このルールを無視して猛スピードで坂を下ってくる車に出会うことがしばしばあります。ことに、狭い道でのすれ違いといった場面では、すれ違いに恐怖心すら覚えることすらありますし、接触の危険性も高まります。
 坂を下る車のドライバーは、まず下から上ってくる車がいるかいないかをチェックし、いる場合には向こうを優先するようにし、そしてスピードを落としてゆっくりと下ることで相手に安心感を与えることが求められます。ほんのちょっとした気配り、タイミングなのですが、相手は「ありがとう」と心から思うはずです。これこそ「忖度」のいい例ではないでしょうか。

先人の培った慣習を大事に…

 ひところ、「江戸しぐさ」というものが話題になったことがあります。これは、江戸時代の人々、中でも商人たちの行動規範ともいえるもので、他人を思いやり、他人と共生するためのノウハウを示したものです。例えば「傘かしげ」というしぐさは、雨の降る狭い道ですれ違う際に、お互いの傘を外側に少し傾ける―というものです。こうすることで、お互いの傘がぶつからず、気分よくすれ違うことができるわけです。また、「肩引き」というしぐさは、狭い道でぶつからないようにするために、肩をおたがいにひくことでスペースを作る―という工夫です。これらもまさに、相手の気持ちを忖度している態度ではないでしょうか。
 我々の先人が培ったこうした社会的慣習が、時代の流れとともに次第に失われていくことは致し方ないことかもしれませんが、忖度する気持ちを少しでも持つことは、交通をよりスムーズに、より安全にするうえで必要なことと思うのですが。

 

小林實(こばやし・みのる)

 1959年慶應義塾大学大学院修士課程修了。警察庁入庁、科学警察研究所勤務。同研究所勤務の間、米国厚生省訪問研究員、フィリピン大学交通訓練センターでの教育指導などに従事。1989年交通部付主任研究官を最後に退官後、(株)損害保険ジャパン顧問、(財)国際交通安全学会顧問、主幹総合交通心理士。現在、交通リスクコンサルタントとして活躍。
 『運転学のすすめ』『安全への視点』『運転の構図』『あんぜんかわらばん』『クルマ社会の安全管理』『なぜ起こす交通事故』など著書多数。当社からは『安全運転管理のスタンス』『安全運転管理の心理学』を発行。 

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