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交通安全時評

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安全運転管理 あれこれ記 その124 思い込みの心理
交通リスクコンサルタント 小林 實

様々な思い込み

 人間が他の生物と本質的に異なる点は、高次の精神機能である「心」を持つことだといわれます。そして、その「心」の働きを生み出す大脳の存在により、「思い込み」といった心理現象も起こるわけです。「思い込んだら命がけ 男の心」というのは、昔流行った歌謡曲の一節ですが、今の若い男性諸君にはあまりピンとこないセリフかもしれません。
 また、「幽霊の正体見たり 枯れ尾花」というのは、疑心暗鬼の人には、風になびく枯れ尾花(枯れたススキの穂)も幽霊に見える―という解釈が一般的ですが、この疑心暗鬼という心理状態も、幽霊が出るのではないか…という意識というか、思い込みがあってこそ成り立つ心理現象だといえましょう。
 さらに、本来は薬としての効果がないもの(たとえば味のついた水)を、効く薬だという暗示をかけると、何となく効いた気になる(これを「プラシーボ効果」といいます)のも、そうした思い込みの心理的効果を狙ったものです。
 思い込みというのは、よく事故に関係づけられることがあります。つまり、人間のエラーやミスといったものは、思い込みによって生まれる―という考えです。われわれは日常いろいろなミスを犯しますが、それらはきわめて多岐にわたっています。見間違いのミスは「知覚系」であり、物忘れというのは「記憶系」、考えないで何かをするのは「思考系」、気が散るというのは「注意系」、気分が変わりやすいというのは「感情系」など、さまざまです。
 車の運転では、「認知」「判断」「操作」の三つの段階で、こうしたミスがよく発生します。普段は、情報を認知して、それを記憶と照合したうえで、動作のプロセスに入りますが、情報をとることをせず、はじめから自分の記憶による判断をすることで、その結果、情報が歪められてしまうとか、情報処理の過程をまったく省略してしまう―といったことが起こり得ます。
 たとえば、交差点で自分が先頭車で信号待ちをしている場合、信号が青に変わり、右隣の車が発進したので、それにつられて自分も発進したとします。このとき、左側からは何もこない―という思い込みが働いて、そちらには一瞥もせずに発進してしまいがちですが、もし、赤信号を無視して左から自転車が横断してきた場合には事故が発生します。このとき、思い込みによって、認知というプロセスが省略されたわけです。

思い込みの連鎖

 先日、北海道の陸上自衛隊の輸送部隊で起きた事故でも、思い込みの心理が大きく働いていたといえましょう。演習で、実弾を空包(くうほう)と間違えて撃ってしまい、隊員2名が負傷した事故です。
 実弾と空包とを間違えることはまずあり得ないということですが、あり得ないことが本当に起きてしまった事例です。実弾と空包とは取り扱いが基本的に同じだそうですが、「復命復唱」して弾数や外観の形状をチェックしてから弾倉に手でセットするそうで、民間でいうところの「ダブルチェック」をしていますから、通常は、まず間違えることはありません。
 事故の直接の原因は、部隊が空包を請求したのに対し、電子入力システムに誤って「実弾の請求」と入力した転記ミスにあったようです。ところが、配布されているのは空包だという先入観が働き、そこに思い込みの心理が働きました。つまり、皆が、絶対に実弾ではない、空包だと信じきっている状況で、しかも、誰かがきちんとチェックしているはずであり、自分たちは言われたことをちゃんとやっていれば問題ない―と思い込んでしまったわけです。
 もしもこれが輸送部隊の隊員でなく、レンジャー部隊など射撃の名手がそろっていたら、相手方を殺傷していた可能性もありました。もっとも、レンジャー部隊の隊員であれば、撃つ前に実弾と空包の違いがわかっていただろう…という話もありますが。

行動する前に疑い、考える

 今では珍しい事故かもしれませんが、工場に産業ロボットが投入され始めたころ、作業員がロボットの特性を十分把握していないことによる接触事故が結構見られました。作業員はロボットの動作領域に入る際、細心の注意を払うことになっていますが、ロボットアームが一時停止しているのを完全に停止したと思い込んでロボットアームに接触したわけです。ロボットには力加減をするという配慮はありませんから、作業員が重傷を負うケースも結構あったようです。確かに、ロボットというのは、瞬間的に停止したと錯覚させるような動作をしますが、特に作業員が疲労していたり、あわてていて注意が散漫になっていたりするときの事故が多かったようです。
 思い込みによるエラーというのは、うっかりミスほど多発するものではありませんが、一度発生するとその被害は大きくなる―と言われています。たとえば病院では、手術すべき患者としない患者とを取り違えるという重大な事故がしばしば起きています。近年、医療におけるこうしたヒューマンエラーを防ぐ対策は進んでいるものの、これも思い込みの典型です。この場合も、思い込みの連鎖を防ぐ手段として、チェック・確認といったプロセスを徹底することが望まれます。
 また、狭い交差点での出会い頭事故も、相手が止まってくれるものと思っていた―という、思い込みの心理に強く支配されていたことによるものが多いようです。相手は、もしかすると止まらないで出てくるかもしれない…という疑いを持ち、素早く行動せず、こちらの動きにワンクッション置くことが大切でしょう。
 安全運転管理においても、朝礼をはじめとしてルーティーンな作業は結構ありますが、「慣れ」というか、いつもと同じだという固定観念をぜひ打破するよう心がけてください。そのためには、ドライバーたちが朝礼の主役になるよう、たとえば、毎回交代で3分間スピーチをやらせたりすることも一案です。
 運転作業においては、予想もしない事態が出現することがあります。交通場面では、そうした危険が隠れ潜んでいることを肝に銘じ、常に危険を予測しながら安全運転に徹するよう心がけましょう。いかなる場合にも、常に、何かおかしいのではないか…という「疑いの意識」を強く持つことが、思い込みによる事故を防ぐ最大の武器といえます。

 

小林實(こばやし・みのる)

 1959年慶應義塾大学大学院修士課程修了。警察庁入庁、科学警察研究所勤務。同研究所勤務の間、米国厚生省訪問研究員、フィリピン大学交通訓練センターでの教育指導などに従事。1989年交通部付主任研究官を最後に退官後、(株)損害保険ジャパン顧問、(財)国際交通安全学会顧問、主幹総合交通心理士。現在、交通リスクコンサルタントとして活躍。
 『運転学のすすめ』『安全への視点』『運転の構図』『あんぜんかわらばん』『クルマ社会の安全管理』『なぜ起こす交通事故』など著書多数。当社からは『安全運転管理のスタンス』『安全運転管理の心理学』を発行。 

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沈着な判断と行動が鍵
第133回
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