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最終更新日:2017年6月19日

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交通安全時評

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安全運転管理 あれこれ記 その122 レジリエントな発想
交通リスクコンサルタント 小林 實

見方を変える

 世の中には結構、不安全と思われる行動を平気でやっているケースがあり、「歩きスマホ」などはその一例です。別にこれを推奨するつもりはありませんが、うまくやるコツといったものがあるのでしょう。ですから、歩きスマホでたまたま起きた事故を例に「歩きスマホはやめましょう」と呼びかけても、しょせんは他人事…としか捉えられません。事故というものはごく限られた一握りの行動の結果であり、しかも、事故の原因を調べても、それは事故を起こした個人の特性、例えば、つい気が散ってしまった…というような個人の特性によるものとされてしまい、だから危ないのだ、気を付けて―という結論で終わりがちなのです。
 したがって、日常よく見られるスマホ利用者の行動などを十分把握し、その行動がどのような場合に事故になるのか―を分析したほうが説得性を高められるでしょう。例えば、歩きスマホの実態を、スマホ利用者の年齢やサイトの閲覧内容などによって多角的に分析すれば、彼らはどんな工夫をして歩きスマホをしているのか、どんな状態のときにそれが事故につながるような危険行動に転移するのか―を見ることも可能となるわけです。
 医療現場でも、普段は何気なくやっているような作業が、ひとたび間違えると大きな医療事故につながるケースがあります。従来ですと、起きた事故を精査して、きちんと確認行動をとれば、こうしたミスの連鎖が止められ、この事故は防げたはずだ―として、その対策を考えます。つまり、「起きた事故」という稀な事態から対策を講じるというスタンスです。この場合、どうしても起こした本人への叱責というか、次回から気をつけよ、という指示で終わり、同じような事故の再発防止にはなかなかつながりません。普段やり慣れ、今までスムーズにいっていて、過去にまったく問題が発生しなかった作業に関しては、ともすると当たり前のこととして見過ごされてしまいがちであり、そこにある潜在的な危険には気付きにくいものです。
 そこで、通常はうまくいっているはずのプロセスに着目し、うまくいっている(と思われる)事例をたくさん集めて検討することにより、今回のようなエラーが生じなかったポイントはどこにあるのか―を探り出すわけです(それは、熟練した医師や看護師の持つノウハウかもしれません)。そして、今回はなぜ事故が起きたのか―を検討すると同時に、もしかすると他のケースでも(事故にはならなかったが)似たようなことがあったのではないか…ということを調べます。つまり、そこに潜在するリスクに着目するわけです。
 こうすることによって、それぞれの立場の人の「レジリエントな発想」、すなわち「脅威を予見する洞察力」が養われていき、後追いの安全対策ではなく、先取りというか予防的な対応ができるようになります。

ビッグデータから拾い出す

 ところで、何かに成功するか、それとも失敗するかは紙一重の違いであり、その差というのは、そこに関係する人たちの見通しというか、洞察力の違いだ―とする「レジリエンス工学(Resilience Engineering)」と呼ばれる研究領域が最近注目されています。これは、人間や組織の持つ柔軟性であるとか洞察力といったものが種々の環境条件(事象)に対応する際にきわめて重要だとする理論であり、安全対策を考える上では幅の広いレジリエントな(強靭な)アプローチが必要だとするものです。
 確かに、事故という事象は稀であり、数でいえばそれほど多い現象ではありませんので、それに着目して解析し、原因を追究することも一つの手法でしょう。しかし、事故という異常状態よりも正常状態のほうに注目して、それがなぜ正常状態にあるのか、その理由を多角的に分析することで新たな対策が生まれてくる―というのがレジリエンス工学の新しい考え方です。つまり、正常状態と異常状態との間には境界というものがなく連続的であるため、数の少ない異常状態を検証するのではなく、データが豊富な正常状態のいわゆる「ビッグデータ」のなかから、事故につながる要因を拾い出していくわけです。
 これにより、普段うまくいっている山のような行動のなかから頭を出しかけている危険な事象に対し、予防的・先行的な対応をとることができるようになります。こうした予防的な取り組みを、医療分野では「Resiliency health care(強靭なヘルスケア対策)」と呼んでいるようです。

臨機応変

 交通の現場では、こうした予防的なアプローチが比較的難しく、どうしても事故が発生して初めて対策を立てるという、いわば後追いの安全対策になりがちです。しかし近年、例えば特定の交差点での事故を防止するために、普段のドライバーの膨大な交通挙動のなかから事故につながる挙動、例えば急ブレーキが多発する個所などをとらえて事前に対策を打つ―という方向性も出てきました。これはまさにビッグデータからのアプローチといえましょう。
 臨機応変な対処は、現場においては大変重要なポイントですが、だからといって定められた規則やマニュアルを無視してまでやることではありません。しかし、マニュアルを金科玉条としないという意識も必要でしょう。特に製造業などにおいて「マニュアル通りにやる」ことを進めすぎますと、現場では次第に頭を使って考えなくなる…という結果を招き、作業意欲を喪失させることにもつながりかねません。こうなると、想定外の事態が発生しても、対応に遅れが生じることになります。
 離陸直後にエンジンが停止した旅客機をとっさに不時着水させて乗客・乗員全員の命を救った「ハドソン川の奇跡」は記憶に新しいところですが、マニュアルだけでは対応できなかった事態に対し、機長の冷静な判断によって着水を成功させたことは、彼の持つレジリエンス能力、すなわち対応策を柔軟に計画できた思考力と実行力の結果だということができましょう。

 

小林實(こばやし・みのる)

 1959年慶應義塾大学大学院修士課程修了。警察庁入庁、科学警察研究所勤務。同研究所勤務の間、米国厚生省訪問研究員、フィリピン大学交通訓練センターでの教育指導などに従事。1989年交通部付主任研究官を最後に退官後、(株)損害保険ジャパン顧問、(財)国際交通安全学会顧問、主幹総合交通心理士。現在、交通リスクコンサルタントとして活躍。
 『運転学のすすめ』『安全への視点』『運転の構図』『あんぜんかわらばん』『クルマ社会の安全管理』『なぜ起こす交通事故』など著書多数。当社からは『安全運転管理のスタンス』『安全運転管理の心理学』を発行。
 

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忖度こそ安全マナー
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運転の自動化とドライバー
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