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交通安全時評

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安全運転管理 あれこれ記 その115 安全の費用対効果
交通リスクコンサルタント 小林 實

会計検査院が着目した高速道路

 最近よく耳にする略語に「コスパ」というものがあります。これは、何でも省略する最近の傾向から出た用語で、かかった費用(コスト)に対する効果(パフォーマンス)の度合いをいいます。つまり、費用は安いのに効果が高ければ「コスパが高い」ということになります。お役所あたりでは、効果を「Benefit」とし、これをコスト(Cost)で割る「B/C(ビーバイシー)」という呼び方もあります。
 このコスパ、なかでも国のお金が無駄なく有効に使われているかどうか―をチェックする機関に「会計検査院」というものがあります。この会計検査院は、各省庁で使った経費が成果に対し妥当であったかどうかを精査し、必要であれば是正を勧告していますが、最近新聞でも報じられたとおり、このほど高速道路運用の妥当性に着目し、安全性を効果、交通事故のコストを経費として、その「コスパ」を評価しました。
 本来、高速道路は4車線での建設が計画されているのですが、近年、新設区間では交通量の増加が期待できないため、当分の間は中央分離帯を設けないで暫定的に2車線で運用するケースが増えています。皆さんも通られた経験があると思いますが、高速道路の暫定2車線区間の多くは、ゴム製のポールなどで上下線が簡単に分離されているだけです。当然ながらこうした区間では、中央分離帯があるところに比べ、対向車線からのはみ出し事故などが多く、2014年までの10年間に約2,200件の事故が発生、死者は119人にものぼっており、危険性が非常に高い―ということがわかりました。それにもかかわらず、現在、全国で1,700キロ以上もの区間が簡易分離のまま運用されています。

簡易分離区間のコスパ

 ドライバーは、簡易分離区間であっても「高速道路」だと認識していますから、ある程度はスピードを出しますし、信号機もなく歩行者もいないところですから注意も散漫になり、居眠りなどをして対向車線にはみ出すケースがあることは想像に難くありません。もしもこうした簡易分離ではなく、コンクリート製の分離帯が設置されていれば、対向車線へ突っ込む事故はかなり防ぐことができるでしょう。
 1日あたりの交通量が1万台以上あることが4車線化の目安だそうですが、これをクリアできない路線がほとんどで、高速道路を管理する国土交通省や高速道路会社にしてみれば、4車線になるまではとりあえず簡単な工事で暫定的に上下を分離して運用しよう―ということなのでしょう。当然、この方がコストはかかりません。
 しかし、会計検査院が指摘するように、事故で生じたコストを算出してみると、簡易分離区間は事故が多く、明らかにパフォーマンスが悪くなっています。これに対し、4車線化までには時間がかかることを想定して、対向車線とはガードレールなどであらかじめ分離した区間(石川県の穴水道路など)では、開通以来、対向車線へのはみ出し事故は1件も起きていないそうです。この場合、分離帯設置にかかる費用以上の事故のコストが発生していない、つまり「コスパ」が高い道路といえるでしょう。
 たとえ簡易分離のままでも、高速道路が開通すれば経済効果が高いかもしれません。コンクリート製の分離帯を設置するよりも、簡単なポールで分離したほうがはるかに建設コストも下がります。しかし、簡易分離区間では、大型トラックが関与する事故や正面衝突事故が多いことから、被害レベルが圧倒的に高くなります。こうした簡易分離区間で死亡事故が発生する確率は、中央分離帯のある4車線区間の2倍近くになっているそうです。このような実態から、会計検査院は、これら簡易分離区間への中央分離帯の建設を勧告したわけですが、こうした指摘は、独立した政府機関だからできることであり、評価されてよいでしょう。

人の命の値段

 ところで、今回の会計検査院の監査では、死亡事故を扱っていますので、当然ながら「人の命の値段」がコストとして算定されています。では、人の命にはどれくらいの値段が設定されているのでしょうか?
 自動車損害賠償責任法に基づく強制保険が制度として導入されたのは、今からちょうど60年前の1955年(昭和30年)のことです。当時はまだマイカー時代に至らず、ダンプカーが街を疾走していた時代でした。「神風タクシー」という言葉も今では死語になりましたが、東京オリンピックにきた外国人が乱暴なタクシーの運転ぶりをこう称したものです。
 そんななか、交通事故に遭う交通弱者が多かったにもかかわらず、保険制度が整っていなかったため、被害を受けても泣き寝入りせざるを得ないケースが少なくありませんでした。そこで、弱者救済の手法として、この強制保険制度が導入されたわけです。しかし、当時の補償額は30万円でした。人間の値段を30万円としたのは、当時の大卒の初任給が1万円そこそこであったこと、日本がまだ経済発展の途上であったことなどが理由だったようです。
 では、現在は…といいますと、2008年に発行された「自動車保険データにみる交通事故の実態」という調査報告書によれば、交通事故による人身損失額は約1兆5,000億円という膨大な数字で、これを被害者1人当たりの平均にしますと、死亡が約3,300万円、後遺障害が約1,000万円、傷害が約60万円となっています。

交通安全予算が縮小

 第2次大戦後に交通事故で亡くなった方の総数は、20年近く前の1996年に50万人を突破していますが、これは大変な社会的損失です。このほど会計検査院が行ったように、個々のハードの対策効果を個別のターゲットごとに示せば国民の理解も得られやすいでしょうし、行政がかける費用の妥当性も納得できるでしょう。
 近年、交通事故による死者数が減少しているのは喜ばしいことですが、これに伴い、安全のための予算が縮小されていることは見逃せません。ことに効果が目に見えにくいソフト面、たとえば交通安全キャンペーンや、啓発パンフレットの印刷といった予算が年々減らされているのが各地域の現状です。交通事故死者が減ったのだから予算も減らす―というスタンスが仮に行政にあるとすれば、それは問題ではないでしょうか。そのつけが、ちょうどボクシングのボディブローのようにじわりと後で効いてくることも考えなくてはいけないでしょう。
 今回のような会計検査院による厳しい監査が、今後、交通事故での費用対効果、ことにソフト面にまで及ぶことを大いに期待したいと思います。

 

小林實(こばやし・みのる)

 1959年慶應義塾大学大学院修士課程修了。警察庁入庁、科学警察研究所勤務。同研究所 勤務の間、米国厚生省訪問研究員、フィリピン大学交通訓練センターでの教育指導などに従事。1989年交通部付主任研究官を最後に退官後、(株)損害保険ジャパン顧問、(財)国際交通安全学会顧問、主幹総合交通心理士。現在、交通リスクコンサルタントとして活躍。
 『運転学のすすめ』『安全への視点』『運転の構図』『あんぜんかわらばん』『クルマ社会の安全管理』『なぜ起こす交通事故』など著書多数。当社からは『安全運転管理のスタンス』『安全運転管理の心理学』を発行。 

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