「サーブがきてるから、すぐにこい」
風邪ぎみで寝ているボクの事務所に入った連絡は、ある衆議院議員の事務所からだった。“サーブ”とは、当時、ある出来事で、すごく有名になった盲導犬のことである。雪道でスリップしコントロールを失って突っ込んでくる自動車から、視覚障害のある使用者をかばい、左前足を失ったサーブ。盲導犬にも自賠責保険が適用される法改正が実現したのは、疑いなくサーブの出来事が世の関心を集めたからだった。その法改正に尽力した議員の事務所に盲導犬サーブがお礼にやってきて、そこで、ボクが大の犬好きと知っている彼の秘書が連絡してくれたというわけなのだ。ボクは、熱にうなされていたにもかかわらず、サーブに会いたい一心でオートバイをぶっ飛ばし議員会館へと向かった。30年も前の懐かしい思い出である。
あの時代、盲導犬を街で見かける機会は今よりも少なくて、もちろん、盲導犬の仕事に対する認知度も決して高くはなかった。そのせいもあってか、サーブを描いた『がんばれ! 盲導犬サーブ』が出版されるや、盲導犬ってすごい、と、その献身ぶりに対する反響は大きく、サーブのもとには日本中から励ましの手紙が届いたという。
議員事務所でサーブと会ったボクは、ついでに、少しだけサーブといっしょに国会周辺の道を歩いている。
「すごいね、サーブ」
「えらいね、サーブ」
ボクは何度もサーブに声をかけた。
あのときのボクはサーブに会えた嬉しさで舞い上がり、サーブの優秀さにばかり意識が向いていたのを思いだす。仕事がら、本当なら、サーブに会ったのを機に、サーブが左前足を失うことになった交通事故の現場を見に行くべきだったが、その肝心なところに気がまわらなかったのだから、いかに犬好きとは言え、我ながら呆れたものだと思う。
「視覚障害の男性と盲導犬はねられ死亡」
「盲導犬 引退直前の悲劇」
「『交通安全』訴え届かず 視覚障害者はねられ死亡 盲導犬も」
新聞各紙がこうした見出しを付け、「視覚障害者と彼の盲導犬がダンプカーにはねられて死亡した」と徳島市での事故を報じたのは10月4日のことだった。
死亡したのは視覚障害のある50歳のマッサージ師の男性と彼が連れていた盲導犬ヴァルデスで、勤務先の医院に向かう途中の出来事だった。亡くなった男性はヴァルデスといっしょに交通安全運動の催しに参加するなどして盲導犬と盲導犬使用者への理解を呼びかけていたというし、事故があったまさにこの日、ヴァルデスは10歳の誕生日を迎え、高齢のため、一週間後には盲導犬を引退するのが決まっていたという。こうした事実を知らされると、大の犬好きのボクとしてはたまらなく辛くなるのである。『クイールを育てた訓練士』(文春文庫)の著者(=ボク)としては、たまらなく辛くなるのである。
産経新聞のweb サイトがこの事故の詳細を次のように報じていた(一部のみ抜粋)。
「……トラックは、車の向きを変えるために市道沿いの資材置き場に入ろうとハンドルを切り返した際に男性らをはねた。トラックの運転手は『バックミラーで人と犬が倒れているのに気づいた』などと供述。トラックにはバックの際に『バックします』と知らせる警報音声を鳴らす装置があったが、スイッチは切られた状態だった(註・警報装置の設置は義務付けられてない)」
徳島県議会が「警報装置の設置・使用の義務付け」などを盛り込んだ政策提言をだし国土交通省と警察庁に提出することを決めたのは、この事故から5日後の、10月9日のことだった。
正直なところ、後退時の警報ブザーの設置が自動車業界による自主的な安全対策だとは知らなかった。
義務化。
いいんじゃないかと思う。けれど、なのである。警報装置の義務化で話を終わらせてはいけないのではないか、とも思う。
確かに「警報装置の装着は義務ではない」のは意外だったけれど、この事故を報じた一連のニュースのなかでボクが注目したのは別の問題だった。毎日新聞の記事中に「現場は歩道のない見通しの良い道路」とあったのが気になったのだ。実は、冒頭の盲導犬サーブのケースも歩道のない国道で起こった事故だった。
つまり?
つまり、今回の事故は、警報ブザー云々を越え、“交通安全対策の在り方”みたいなものを教えてくれている気がする、と、ボクは言いたいわけである。
今回の事故の後、徳島県の交通安全対策協議会は、毎年10月に実施している「高齢者交通安全県民運動」の名称を「障がい者・高齢者交通安全県民運動」に変更すると決めたのだという。その場しのぎの思いつきみたいな感じがしなくもないが、しかし、ボクは、けっこういいんじゃないの、と思った。と同時に、惜しいッ!! と思った。“障がい者・高齢者”に広げたのはいいけれど、もっと広げればよかったのに、と。
これからの交通安全対策の在り方のひとつがここにあるのではないか。ボクの頭には、そんな思いが浮かんでいるのである。
具体的には、たとえば歩行者の安全対策でいえば、歩行者が通行する“そこ”は、歩行者も自転車も盲導犬を連れた視覚障害者も車椅子使用者も、そして、子どもも高齢者も乳母車を押した母親も、とにかく誰彼の区別なく、誰にとっても安全な空間であるべき、ということだ。年齢や性別、障害の有無、文化や国籍の違いなどを問わずに利用することができる施設や製品、情報などの設計をユニバーサルデザインというが、こうした歩行空間は、いわば、歩行者安全対策としてのユニバーサルデザインと言っていい。新たに整備された幅員の広い歩道では、すでに歩行者と自転車の通行帯が分けられるなどしているけれど、そこにはもっと“意図的なユニバーサルデザイン”が加わるべきだとボクは思う。ユニバーサルデザインを意図するか否かで、できあがる空間は、似ているようで、その実、決定的に違っている部分が生じるはずだからだ。
いつも書いていることだけれど、交通安全対策は、特に第二次交通戦争と言われた時代からこっち、自動車の衝突安全性が劇的に向上したあたりからの様々な交通安全対策――シートベルト着用率の向上とか救急医療態勢の整備とか歩車道分離とか――は、いいように歯車がかみ合って、結果、交通事故死者数は劇的な減少を続けてきた。そこにもってきて近ごろは自動車の安全運転支援システムの実現なども加わって、「日本の交通安全対策はすごい」というレベルになってきていると言っていいだろう。
あとに残ったのは、歩行者対策で言うならば「歩道のない通学路の安全対策」とか、「生活道路での無謀・無法自転車対策」とか、今回の徳島市での事故に代表されるような「視覚障害者の安全対策」とか、書きだしたらキリがないけれど、要は、交通事故全体に占める割合は小さいけれど、それぞれ、対策が必要な重大な問題である。
それを解決するためにはユニバーサルデザインの思想が必要だと、サーブとヴァルデスがボクに気づかせてくれたのだ。
矢貫隆(やぬき・たかし)
1951年栃木県生まれ。龍谷大学経営学部卒。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど多数の職業を経て、ノンフィクション作家に。国際救命救急協会理事。交通問題、救急医療問題を中心にジャーナリスト活動を展開。『自殺─生き残りの証言』(文藝春秋)、『交通殺人』(文藝春秋)、『クイールを育てた訓練士』(文藝春秋)、『通信簿はオール1』(洋泉社)、『救えたはずの命─救命救急センターの10000時間』(平凡社)など、著書多数。