中型免許と普通免許の間に、もうひとつの区分の免許が新設されるのだという。
なんだよ、それ!?
トラックにまつわるこのニュースを耳にした瞬間、ボクが少しばかりわだかまってしまったのは、もちろんワケありである。
実は、そのニュースが飛び込んできた日、ボクが書いていた締め切り間際の雑誌原稿は、まったくの偶然だが、リニューアルした大型トラックの試乗記、ついでに言えば、衝突軽減ブレーキを標準装備した大型トラックの試乗記だったのだ。まず、そのあたりから読んでもらいたい。
テストコースでの試乗ではあったけれど、それでも大型トラックを運転するのは久しぶりで、たぶん20年くらい前に乗って以来だったはずである。
当時の大型トラックと言えば、ちょっと大げさな表現かもしれないけれど、熟練しないことには、それこそシフトチェンジすらままならないくらい運転には技術が必要だった。だから“プロドライバー”の乗り物だった。ところが、近ごろの大型車ときたら、クラッチペダルのない2ペダル。ドライバーは、ただアクセルを踏んでいるだけで、MTの油圧クラッチを電子制御してくれるのだから驚きではないか。
トラックについて試乗記を書くなら、かつてトラック運転手だったボクとしては、その経験をまじえながら、というのがスジだろうと、次のような調子で始めたわけである。
——それは、規制緩和(1990年)がトラック業界に過当競争を引き起こすずっと前のことで、運転手は経験を積んでより大きなトラックにステップアップしていくという暗黙のルールが確かにあった時代の話である。まず2トン車のショートボディ、次はロングボディ。それから4トントラックという順序で熟練していくのが一般的で(少なくともボクやボク周辺の運転手たちはそうだった)、大型車に乗るまでには何年も経験を積んだものだった——。
で、ここまで書いたとき、問題のニュースが飛び込んできたのだった。
『毎日新聞』のwebサイトが、次のように記事を書きだしていた。
「…(警察庁は)配送に使われる小型トラックを念頭に新たな免許制度を導入し、年齢制限や運転経験の条件を緩和する方針を固めた。総重量3.5トン以上7.5トン未満のトラックを対象に新区分を設け、18歳で運転できる範囲を現行の5トン未満から7.5トン未満まで広げる…」(7月10日付け配信記事より一部引用)
要するに?
話は7年ほど前(2007年6月)に遡り、それ以前の免許区分、『普通』と『大型』の間に『中型』なる新たな区分が登場したところに始まる。
これに対する、当時のボクのまったく大雑把な捉え方は、「いわゆる2トントラックは普通免許でOKだけど、4トントラックの運転をするには中型免許が必要になった」というものだった。けれど、実際のところはそんな単純なものではなくて、と言うか、実にややこしくて、確かに普通免許で2トントラックを運転するのはOKなのだけれど、荷台の後ろにリフトがついていたり保冷車だったりすると、同じ2トントラックでありながら最大積載量が5トンを超えてしまうのである。つまり、そのタイプの2トントラックを運転するには中型免許が必要だということなのだ。
しょうがない。そういうことなら、じゃ、中型免許を取ることにしようか、となっても、20歳未満の若年者の場合、そう簡単にコトは進まない。中型免許の受験資格が「20歳以上」「経験2年以上」だからだ。
さて、これの何が問題で「新たな免許区分」という話になったのかと言えば、運転手不足解消策というのだから驚くではないか。前出、毎日新聞の記事の元ネタ、7月10日に警察庁の運転免許課がだした「貨物自動車に係る運転免許制度の在り方に関する報告書」のなかに、次のような記述がある。
「…中型免許の取得可能年齢が20歳であることから、同車両を高卒者が直ちに運転することができないため、高卒者の就職にも影響を及ぼしているという声があがるなど…」(一部のみ抜粋)
平たく言うと、運輸業界は人手不足、若い労働者不足というのが実情で、その解消策として、高校新卒者でも、たとえばコンビニの配達に使うようなリフト付きとか保冷車とか総重量が5トンを超えるトラックを運転できるようにしたい。だから普通免許と中型免許の間に、もうひとつ免許区分を新設しようじゃないか、ということなのだ。
なんだよ、それ!?
冒頭で、ボクがわだかまったというのは、まさにこれが理由だった。
前述したように、かつてボクらは、小さいトラックから徐々にステップアップという道を歩み、トラック運転手としての腕を磨いたというのに、人手不足解消策と露骨に言われたら、そりゃ、やっぱりわだかまる。
トラック運送業界の規制緩和が実施されたのは1990年(平成2年)。
その年、一般トラック運送事業者の数は3万5,888社だったのだけど、規制緩和を境に新規参入業者が急増し、わずか20年ほどで1.5倍以上の5万7,457社にまで増えていた。他方、輸送需要は伸び悩み、そして現れたのが、お決まりの“運賃値下げ合戦”である。
激化していく過当競争。その結果、しわ寄せは例によって運転手に向き、トラック運転手は、いつの間にやら「キケンでキツいのに給料が安い」の3K仕事になってしまっていた。そして、当然のごとく業界は慢性的な人手不足となり、若手不足となった。
そんな状況だもの、ボクがトラック運転手だったかつての時代のように、小さなトラックから徐々にステップアップして腕を磨く、などと悠長なことを言っていられなくなり、「免許取り立てだっていい。今日から4トントラックを運転してくれ」みたいな現実を生みだしてしまった。中型免許は、そうした事態に対処するため、新たな交通安全対策のひとつとして登場してきたと言っていい。
と、こうした一連のトラック業界の流れには目をつぶり、人手不足だから免許区分の新設って、そんなの絶対におかしいと素朴に感じるのは、たぶんボクだけではないはずだ。
来年の通常国会でこの道交法改正案が通過し、仮に、思惑どおり若い運転手が運送業界に集まったとしても、「キケンでキツくて給料が安い」という現実に変わりがなければ、せっかくの若い働き手も、さっさと業界を去ってしまうだろう。
もちろんトラック輸送業界の人たちは、ボクなんぞに言われなくたって、そもそもの問題の在り処が「免許区分」でないことなど百も承知に違いない。しかし、それでも“突破口に”と考えての「警察庁への要望」だったのだろうけれど、でも、やっぱり、それはスジが違うんじゃないですか?
矢貫隆(やぬき・たかし)
1951年栃木県生まれ。龍谷大学経営学部卒。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど多数の職業を経て、ノンフィクション作家に。国際救命救急協会理事。交通問題、救急医療問題を中心にジャーナリスト活動を展開。『自殺─生き残りの証言』(文藝春秋)、『交通殺人』(文藝春秋)、『クイールを育てた訓練士』(文藝春秋)、『通信簿はオール1』(洋泉社)、『救えたはずの命─救命救急センターの10000時間』(平凡社)など、著書多数。