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交通安全時評

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安全運転管理 あれこれ記 その97 「ハザード」の捉え方
交通リスクコンサルタント 小林 實

「安全」の概念

 最近のマスコミをにぎわしているキーワードに「集団的自衛権」という耳慣れない言葉があり、目下、国会をはじめ、各方面で盛んに議論されています。「集団的自衛権」という言葉としての意味は共通していますが、では、それがどの辺まで適用できるのか―といった運用に関する解釈の仕方は、それぞれの集団または個人の立場などにより異なるでしょう。つまり、解釈の物差しはそれぞれ違うわけであり、そういう点で、この法律が適用できる許容範囲というのは、まさにアナログ的であるといえます。
 以前、この連載でも申しましたが、「今日も安全運転で!」といった表現を、我々は何の違和感もなくごく普通に使っています。しかも、「安全」とはどういった定義なのか、「安全」という概念は何なのか、この辺に疑問を抱くことはあまりありません。「安全」の対立概念として「事故」や「災害」があり、一般には、事故や災害のないことをもって「安全」である―と理解されているはずです。しかし、何をもって「安全」な状態を指すのか―については、必ずしも明確ではありません。「気をつけましょう」とか、「今日も安全にいきましょう」といった言葉の響きはよいのですが、その内容ははっきりせず、ブラックボックス化しているのです。

イチかゼロか

 日本には、昔から「四十八茶百鼠(しじゅうはっちゃひゃくねずみ)」という言葉があります。つまり、茶色といっても一つの概念ではなく、茶色には48色の茶色があり、同じく鼠色にも100色に及ぶ鼠色があるということです。しかも、それらの色には「江戸茶」や「団十郎茶」といった固有の呼び方があり、日本人の持つきわめて繊細な感覚を表しています。ところが、これをコンピュータの処理に例えると、「茶色」といえばそれは単に「茶色」なのであって、「茶色」か「茶色でない色」というイチかゼロかのデジタル的な捉え方になってしまうわけです。
 これと同じようなことは、ハイテク機器にも見られます。最近の航空機の計器の表示には、赤とか白というデジタル的な表現をするのではなく、赤からそれがピンクに変わり、さらに白へと連続的に変化する、アナログ的な捉え方ができるものがあるそうです。今、計器に表示されているピンク色は赤に近いピンクなのか、それとも白に近いピンクなのか、赤色から白色のあいだで連続的に変化するわけですから、単に赤か白かというようなデジタル情報よりも格段に情報量が多くなります。そのため、パイロットは航空機が今どのような状態にあるのか―を詳細に把握できるようになり、より安全なフライトが可能となるわけです。

「判断」の個人差

 では次に、運転行動における「認知―判断―操作」の仕組みを見てみましょう。
 「認知」というのは、外界の刺激を主に視覚から取り込むことで得られます。生理学的に言うと、視覚で得られた刺激は、視神経を経由して大脳の後部にある視覚中枢に送られ、ここでの微調整を経て、判断をつかさどる前頭葉に送られます。もちろん、運転中に脇見などをしていては、重要な視覚情報がインプットされないこともありますが、視覚から情報を取り込む段階では、大きな個人差はありません。
 しかし、取り込んだ情報をどう「判断」するかは、認知した対象が自分にとってどの程度の緊急性があるか―によって異なります。まず、取り込んだ情報に危険(ハザード)があるかないか―というデジタル的な判断を行います。そして、ハザードがあると判断した場合、次に、そのハザードが自分にとってどの程度重大なのか、そのリスクの大きさをアナログ的に判断しなくてはなりません。当然そこには個人差がありますし、たとえ同じ人でも、そのときの心理状態によって判断は違ってきます。例えば、普段の運転では黄色信号で必ず止まる人でも、朝、会社に遅れそうになった日には、アクセルペダルを踏み込んで加速して通過する―ということもあるでしょう。つまり、判断の基準は、そのときの心理状態に左右されるわけです。
 実は、こうした判断の個人差というものが交通事故の発生に大きく関わっています。例えば、狭い交差点での出会い頭事故で、一方の当事者のAさんは「相手が止まると思ったのでそのまま進んだ」と言い、相手当事者のBさんは「まさか相手がそのまま出てくるとは思わなかった」と言うように、お互いの判断にはギャップがあります。なぜなら、お互いの持つ安全の幅の違い、つまり個人差というものが大きく関係しているからです。
 我々が通行する交通場面というのは、不確定な要素が多いものです。気象変化や路面状況など、交通環境のなかには不確定な要素が多くありますし、なにより運転者の行動そのものが不確定です。こうした交通環境のなかの不確定な要素を探すことを怠ったり、まあ大丈夫、皆がやっているから…と油断したりすることがあるように、個人・状況によって安全の幅が変化することを、一人一人の交通参加者が自覚しなくてはなりません。現代のデジタル的な思考スタイルの影響か、皆が一様な安全の幅を持っているはずだ―と錯覚していては、いつ事故に遭遇してもおかしくはありません。

 

筆者プロフィール

小林實(こばやし・みのる)

 1959年慶應義塾大学大学院修士課程修了。警察庁入庁、科学警察研究所勤務。同研究所 勤務の間、米国厚生省訪問研究員、フィリピン大学交通訓練センターでの教育指導などに従事。1989年交通部付主任研究官を最後に退官後、(株)損害保険ジャパン顧問、(財)国際交通安全学会顧問、主幹総合交通心理士。現在、交通リスクコンサルタントとして活躍。
 『運転学のすすめ』『安全への視点』『運転の構図』『あんぜんかわらばん』『クルマ社会の安全管理』『なぜ起こす交通事故』など著書多数。当社からは『安全運転管理のスタンス』『安全運転管理の心理学』を発行。 

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