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交通安全時評

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安全運転管理 あれこれ記 その94 歩道橋について考える
交通リスクコンサルタント 小林 實

多くは交通戦争時代に整備

 最近、いろいろな交通施設の見直しが行われています。現在の交通需要に適していないものについては存続を再考しようというわけですが、「歩道橋」もその一例で、つい先日、東京・原宿の繁華街交差点にあった歩道橋が撤去されました。この大型歩道橋の撤去により、今まで見えなかった景色が見えるようになった、景観がすっきりした―と新聞は報じています。歩行者の利用が少なくなったことが撤去の直接的な理由でしょうが、歩道橋をはじめ、こうした安全施設のあり方が再検討されています。
 わが国に初めて歩道橋がお目見えしたのは1959年といいますから、すでに50年以上前のことです。最初の歩道橋は、通学児童の安全を確保できるように―という目的で、愛知県清須市に通学児童専用の陸橋として設置されました。この効果はてきめんで、学童の死者はゼロという結果を生みました。
 また、1964年には東京オリンピックが開催されましたが、いかに、外国からの観光客が交通事故に遭うことのない安全な東京にするか―というのは、オリンピックの開催以上に大きな課題でした。そこで、オリンピック前年の1963年には、東京の五反田駅前に都で初の歩道橋が建設されました。
 その間、わが国は交通戦争に突入し、1970年には全国の交通事故の死者数が1万6,765人にも及びました。しかも、犠牲者の多くが歩行者だったことから、国は1966年から3カ年計画で、全国津々浦々に3,000以上もの歩道橋や地下道を建設しました。そして現在、東京都内だけで651もの歩道橋があるそうですが、その大部分は昭和40年代の交通戦争時代に整備されたものであり、老朽化が進んでいます。

車に押しやられた歩行者

 歩道橋の設置によって車の流れはスムーズになり、少なくともドライバーには好評でした。そして、確かに歩行者との事故も減ったことは減ったのですが、やはり歩道橋を渡るのが面倒という人も結構いて、歩道橋付近で無理に道路を渡ろうとする歩行者が後を絶ちませんでした。一方、ドライバーは、歩道橋のある場所で渡ってくる人はいない―と油断しますから、歩道橋付近での事故が意外と多く起きるようになったのです。
 さて、本来、「自動車」と「歩行者」とは対等な立場にあるはずですが、「歩行者事故を減らす」という大義名分から、現実には歩行者のほうを締め出す―、つまり、緊急避難的に歩行者を隔離した―という経緯があることは、わが国の交通問題を考えるうえで重要なポイントです。この「歩車分離」というやり方は、実のところドライバーにしかメリットがないのではないか―、つまり、いかに車をうまく流すか…という効率性や経済性の陰には、それに押しやられた歩行者が存在するわけです。日本の行政は、かつて「即効性」というものを重視しましたし、その傾向は今でも続いているわけですが、欧米では、車と歩行者は対等の権利を主張しているため、歩道橋はあまり見られません。
 そんなわが国でも1970年には、名古屋市や東京国立市において、歩道橋によって受けた心身の損害に対する国家賠償を求める訴訟が起きました。この訴訟は、歩道橋の上り下りといった生理的な負担の問題ではなく、車中心主義の風潮へ一石を投じることを目的としたもので、当時注目されました。こうした「脱歩道橋論」もあったことから、都ではそれ以降、原則として歩道橋の数を増やしていないようです。

大地震で崩落する危険

 ところで、今なぜ、この歩道橋が問題視されるようになったかといいますと、今日の高齢社会において、歩行橋の利用は高齢者にとっては身体的な負担が大きい―ということが理由の一つです。
 当初、歩道橋はこうした「交通弱者」のために作られたわけですが、今から50年前の高齢者といえば、おそらく60歳代の高齢者をイメージしていたのではないでしょうか。しかし、この50年間に平均寿命は大きく伸びて、街では80歳代と思われるお年寄りの姿も多く見かけます。確かに、この年齢層にとって階段の上り下りは大変な負担ですし、ベビーカーを押す若い母親にとっても階段はやっかいなものです。また、歩道橋付近に横断歩道が整備されてきたことも、歩道橋の利用者が減った一因でしょう。
 さらに、歩道橋の老朽化という問題もあります。幸いなことに、3.11の大地震で都内の歩道橋が崩落したケースはありませんでしたが、仮に直下型の大地震が都内を襲った場合、歩道橋が崩落して道路をふさぐことも十分予想できます。こうなると、消防や救急活動が大きく阻害されることになりますので、こうした点からも、老朽化した歩道橋をどうするか、その対策を直ちに考える必要があるでしょう。
 かつて、交通評論家の岡並木氏は、道路交通法というものは生き物であり、時代とともに成長し変化していくべきだ―と言われましたが、「人間性の回復」という面からも、氏の発想は、今日の歩道橋の存続問題を考える際の一つのヒントになるのではないでしょうか。

 

筆者プロフィール

小林實(こばやし・みのる)

 1959年慶應義塾大学大学院修士課程修了。警察庁入庁、科学警察研究所勤務。同研究所 勤務の間、米国厚生省訪問研究員、フィリピン大学交通訓練センターでの教育指導などに従事。1989年交通部付主任研究官を最後に退官後、(株)損害保険ジャパン顧問、(財)国際交通安全学会顧問、主幹総合交通心理士。現在、交通リスクコンサルタントとして活躍。
 『運転学のすすめ』『安全への視点』『運転の構図』『あんぜんかわらばん』『クルマ社会の安全管理』『なぜ起こす交通事故』など著書多数。当社からは『安全運転管理のスタンス』『安全運転管理の心理学』を発行。 

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