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交通安全時評

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クルマは今日も走っている ノンフィクション作家 矢貫 隆 第91回 新法成立の報道を見たボクは、ものすごく強い違和感を覚えて仕方なかった

何だろう、このもやもやした気持ち

 テレビを点けると、夕方のニュースが「自動車運転死傷行為処罰法」の成立を報じ、画面には、遺影を抱いて新法の成立を見届ける遺族らの姿が映っていた。
 この新法って、確か、いわゆる悪質運転厳罰法とか言われている、あれだよな? と、ボクは画面に向かって問いかけ、すると次の瞬間、にわかにもやもやしたものが沸き上がってきて、何だかわからないその妙な気持ちに戸惑ってしまったのだった。
 何なのだろう、この複雑な思い……。
 まだ記憶に新しいけれど、京都府亀岡市の府道で登校中の児童・保護者の列に軽自動車が突っ込み、10人もの死傷者をだした交通事故。あのとんでもない事故を起こしたのは無免許の少年で、30時間以上もドライブをした末の大事故だった。いつの時代にも、この種のあまりに重大な過ちを犯してしまう輩は必ずいるもので、そのたびに、何の罪もない人(たち)が取り返しのつかないほど大きな被害を受けるのもまた、いつものお決まりのパターンだから嫌になる。このときの事故では、児童2人と保護者の、計3人が亡くなっていたのだった。
 事故の報道を知って、またかよ、と嘆き、やり場のない怒りに震えたものだけれど、赤の他人のボクからしてそうなのだから、被害者や被害者の家族にしたらその思いは想像を絶しているに違いない。
 京都地検や京都府警は、当初、事故に至った経緯を「悪質性が高い」と判断し危険運転致死傷罪を視野に入れ、報道でしか知らないが被害者側もその適用を望んだようだが、しかし、知ってのとおり適用は断念で、自動車運転過失致死傷罪での起訴となった。
 危険運転致死傷での最高刑は懲役20年。対して自動車運転過失致死傷でのそれは7年。両者の「量刑の差が大きすぎる」と、重大事故の被害者やその遺族らが見直しを求めるようになったのは、思えば、この亀岡の事件がきっかけの一つだったような気がする。そして11月20日、自動車運転死傷行為処罰法は参議院本会議で全会一致で可決・成立したのだった。
 それにしても、何だろう、沸き上がってきたこのもやもやした気持ち。

適用のハードルはそれほど下がっていない

 北海道新聞が「危険運転の対象拡大」「飲酒や薬物 厳罰化」の見出しを付けて新法成立を報じたのは20日の夕刊だった。
「現行の危険運転致死傷罪は対象を『正常な運転が困難な状態』に限定しており、立証のハードルが高い」「新法は…中略…飲酒や薬物摂取、特定の病気により『正常な運転に支障が生じる恐れがある状態で運転し、人を死傷させた』ことが適用要件となる。死亡事故で15年以下、負傷事故で12年以下の懲役とした」
 道新に限らず、どの新聞を見ても、新法によって危険運転の適用のハードルが大幅に下がったかのように読めるけれど、それは違う。危険運転の対象が広がり、さらに、前述の20年と7年の差が埋められたのは事実だけれど、それを適用するためのハードルはそれほど下がってはいないのだ(適用が簡単ならば、それはそれで怖いが)。
 新法にはこう書いてある。
「アルコール又は薬物の影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、そのアルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態に陥り…略…」
 「正常な運転が困難な状態に陥り」の部分の立証が難しいことに違いはないわけだから、仮に、また、とんでもない輩による重大事故が発生した場合、これまでと同じ壁にぶち当たるのだろうとボクは思う。
 と、ここまで書いてきて、沸き上がってきたもやもやの正体が見えてきた。
 悲惨な事故(交通事故はどれも悲惨だが)を見聞きするたびにボクが味わうやり場のない怒りとか嘆きは、マスコミ報道などが言うところの“悪質さに比べると軽い罰”に対してではないということなのだ。

無謀運転の防止策を考えていこう

 厳罰化を求める被害者や被害者の家族の気持ちは察することができる。「無謀運転の果ての悲惨な事故」のニュースを見聞きするたびに、このボクでさえ、感情的になって、これは危険運転致死傷罪だよ、とテレビに向かって叫んでしまうのだから。
 しかし、なのだ。
 冷静に新法成立の報道を見ているボクは、何だかものすごく強い違和感を覚えて仕方がないのである。
 重大事故の発生を知るたびに、またかよ、とボクは思う。またこんな悲惨な事故が起こってしまった、と。何とかならないものだろうか、と。それなのに、有効な対策が講じられないまま厳罰化だけが進んでいくという現実。それがボクに複雑な思いを抱かせていた正体だったのだ。
 無謀運転の果ての悲惨な事故。ボクは、その防止策を考えていこうと思う。
 

 

筆者プロフィール

矢貫隆(やぬき・たかし)
 1951年栃木県生まれ。龍谷大学経営学部卒。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど多数の職業を経て、ノンフィクション作家に。国際救命救急協会理事。交通問題、救急医療問題を中心にジャーナリスト活動を展開。『自殺─生き残りの証言』(文藝春秋)、『交通殺人』(文藝春秋)、『クイールを育てた訓練士』(文藝春秋)、『通信簿はオール1』(洋泉社)、『救えたはずの命─救命救急センターの10000時間』(平凡社)など、著書多数。

 

 

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第138回
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第137回
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第136回
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第135回
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第134回
デーサービスの送迎を担当するすべての運転手にシートベルトに関する基本的な知識を教えるべきだ
第133回
トラックの運転支援システムの普及は、交通安全対策として着実に効果をあげていくだろう
第132回
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第131回
小学校に通いだす新1年生を守るため、ドライバーが細心の注意を払ってやるのが当然だ
第130回
「高齢」だけに答えを求めていては、タクシーの安全対策を見誤りかねない
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第56回
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第54回
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第53回
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第52回
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第51回
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第49回
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第48回
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第47回
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第46回
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第45回
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第44回
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第43回
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第42回
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第41回
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第40回
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第39回
ゆっくり走るのが楽しいハイブリッド車は、結果的に事故の被害を軽減する効果がある
第38回
いっこうに減らないバス・タクシーの事故、その背景にはドライバーの過酷な労働実態がある
第37回
ありふれた交通安全標語みたいだけれど、「油断大敵、1,000円高速道路」とボクは言いたい
第36回
自治体の負担金軽減により、ドクターヘリの普及にはずみがつくことを期待する
第35回
交差点事故の割合が微減している、ここに交差点対策のカギがあるのかもしれない
第34回
交通事故が減少しているからこそ浮き上がってくる課題がある
第33回
高速道路でのトラック事故、その背景に異変が起きるかもしれない
第32回
飲酒運転をする不埒なやからには疑似「怖い体験」をさせるのが一番だ
第31回
路上で倒れ込んだボクの脳裏には救急患者に関するあるデータが浮かんでいた
第30回
自転車もバイクもトラックも互いのあいだにある溝に気がついていない
第29回
客探しに目が向かう空車タクシー、その速度は高すぎる
第28回
無謀運転のスポーツサイクル乗りが今、街で増え始めている
第27回
登録制度と再規制、安心・安全なタクシーは復活するか!?
第26回
高齢者講習には「免許更新のついでの徹底検診」を
第25回
絶大な効果があるAEDも、活用しなければ宝の持ち腐れだ
第24回
「安全な自転車」の開発は自転車の多様化に拍車をかけるだけ!?
第23回
迷走する自転車の安全対策、本当に重要な問題を見極めるときだ
第22回
救急車の安易な利用が増え続ければ「有料化」が現実になるかもしれない
第21回
事故死者をさらに減らしていくために死者激減の「わけ」を早急に解明すべきだ
第20回
街路灯の整備は絶対に必要だけど、現実を考えて自衛しよう
第19回
運賃値上げのない地域にタクシー戦争あり、事故増加につながる危険性
第18回
事故が減るとか増えるとか、昼間点灯だけで交通安全をかたるのは間違いだ
第17回
AEDは救命率向上に大きな効果があるが、使えば必ず命が助かるわけではない
第16回
ツーリング中の中高年ライダーはこまめに休憩をとるべきだ
第15回
いつ発生するかわからない巨大地震にドライバーはどう対処すべきか
第14回
骨抜きにされた「運転者登録制度」では、規制緩和後の「タクシー問題」を解決できない
第13回
多くのドライバーは自転車の特性を理解していない、そのことを頭にたたきこんでおくのは重要だ
第12回
死者激減の原因を合理的に説明できない限り、根本的な安全対策を講じることはできない
第11回
規制緩和それ自体が悪いとは思わないが、そのしわ寄せを運転手に押し付けてはならない
第10回
「ここにAEDがあるぞ」と大勢の人に知ってもらう方策を考えるべきだ
第09回
事故死者数を減らすことは重要だが、それと個人の意思は別問題だ
第08回
自転車の走行環境とルールの整備という問題は、大きなテーマになっていくような気がする
第07回
タクシー運転手を体験した半年間で「稼げない構造」という問題が見えてきた
第06回
理念に沿わない駐車違反取締りは「取締りのための取り締まり」に進みかねない
第05回
飲酒が運転に与える悪影響をドライバーに体験させる必要がある
第04回
高度な機械の導入など、莫大な金をかけて高齢者講習の充実を図るべきだ
第03回
危険で迷惑な違法駐車車両だけに絞って場所も時間も関係なく取締りを徹底すべきだ
第02回
タクシーの現状を改善しようとするなら、運転手の低賃金問題は避けて通れない
第01回
近ごろの無法・無謀自転車問題の本質は、自転車に限らない安全教育の問題なのでは?

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