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交通安全時評

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安全運転管理 あれこれ記 その90 ハインリッヒの法則の逆読み
交通リスクコンサルタント 小林 實

組織にはびこる「正常性バイアス」

 JR北海道で貨物列車脱線事故が発生したことを発端に、過去における同社のいくつかの小さな事故や不手際などが連鎖的に浮かび上がってきています。もし、皆さんの企業で同じような事態が起きたとしたら、おそらく経営の基盤を揺るがす問題となり、事業の継続も困難になることでしょう。もちろん、JR北海道は大きな組織ですから、それなりの対策や指示といったものは、形の上では出されていたものと思われます。しかし、かつて発生した乳業メーカーによる食中毒事件で、会社の上層部は食中毒の全体像を把握していなかった―というように、JR北海道でも、事故につながる情報が全社的に共有できていなかったのではないか…という指摘があります。
事故や不祥事というのは、現場のある一人によって起きたものとは捉えにくく、そこには組織全体の風土や脆弱さが深くかかわっており、安全管理でよく言われる「正常性バイアス」が作用しているものです。
「正常性バイアス」というのは、異常(非常)事態に直面しても、それはあくまで正常な事態の延長だ、大したことではない―と捉える「考え方のゆがみ」のことです。これが作用すると、当然ながら、異常と思われる事態を上層部に報告するのは止めておこう―ということになってしまいます。ことに、周囲の環境や風土がその雰囲気をより強める(これを「同調性バイアス」といいます)ものであると、「リスク」として捉えるべき事象が背景に埋め込まれてしまい、その結果として、発見が遅れたり、不意打ちを食らったりする事態へと発展してしまうわけです。

重大事故の陰には多数の小さな事故がある

 安全の分野には、古くから「1:29:300」の比率で有名な「ハインリッヒの法則」というものがあります。この法則は、1931年といいますからずいぶん前のことですが、ハーバート・ウィリアム・ハインリッヒというアメリカの保険会社の技師が、膨大な災害データをもとに、工場での労働災害の発生比率を統計的に示したものです。交通安全の分野でも結構よく使われる法則ですので、皆さんも耳にしたことがあるでしょう。
この「1:29:300」の比率について簡単に説明しましょう。ある現場での作業中に年間330件の災害が発生したとします。そのうち300件は無傷で済んだ事故(ヒヤリ・ハット)ですが、これを放置しておくと、330件のうち29件は軽傷を負う事故になります。さらに、これも見過ごしていると、死亡や重傷を伴う重大事故が1件発生する―という意味なのですが、言い換えれば、ちょくちょく起きる小さな出来事を放置したり、見過ごしたりしてはいけない―ということです。

些細なことは無視しても大丈夫…

 通常、「ハインリッヒの法則」では、災害というのは多くの原因が重なって起きるので、その原因を可能なものから順次除去すれば災害は起きにくくなる―、大きな災害が起きる背景には小さな災害が多数あるので、小さな災害でもその除去に努める―というように、300件のごく些細な事故を大きな事故へとつなげないことを目指します。
しかし、逆の見方をしますと、災害は多くの原因が重なって起きているのだから、小さな問題はそのまま放置していても災害にはならないだろう―、大きな災害が起こる前には小さな災害が多数起こっているのだから、些細なことは無視しても大丈夫だろう―と考えることもできるわけです。この捉え方が、横浜国立大学の花安繁郎・元教授(故人)の言う「ハインリッヒの法則の逆読み」です。
花安氏は、そこにあるごく小さな危険というものが蓄積され、やがてそれが企業全体の破綻をきたすような大事故や不祥事につながるのだ―と指摘されていますが、今回話題に取り上げたJR北海道でも、こうした「ハインリッヒの法則の逆読み」をしていたのではないでしょうか。元々は一流の企業ですから、最初はこの法則の意図を正しく捉えていたのでしょうが、いつの間にか、ご都合主義の安易な捉え方に変わったのかもしれません。
アメリカの経営学者であるジェームズ・C・コリンズが提唱した「企業の凋落5段階説」のポイントの一つは「成功体験から生まれた自信過剰」、もう一つは「リスクと危うさの否定」ですが、この二つのポイントは、まさにJR北海道の実態に合致するのではないでしょうか。社内のあちこちでイエローカードが出ていたにもかかわらず、これまで大きな問題が出なかったことをよしとして、「まぁいいか、大丈夫だろう…」と無視してきた上層部の姿勢は、いわば「ぬるま湯の安全管理」ではないでしょうか。
今回の一連の出来事を他人事と思わず、皆さんも、自社における安全管理体制を見直す機会として捉えてほしいものです。


筆者プロフィール

小林實(こばやし・みのる)

 1959年慶應義塾大学大学院修士課程修了。警察庁入庁、科学警察研究所勤務。同研究所 勤務の間、米国厚生省訪問研究員、フィリピン大学交通訓練センターでの教育指導などに従事。1989年交通部付主任研究官を最後に退官後、(株)損害保険ジャパン顧問、(財)国際交通安全学会顧問、主幹総合交通心理士。現在、交通リスクコンサルタントとして活躍。
『運転学のすすめ』『安全への視点』『運転の構図』『あんぜんかわらばん』『クルマ社会の安全管理』『なぜ起こす交通事故』など著書多数。当社からは『安全運転管理のスタンス』『安全運転管理の心理学』を発行。 

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第134回
沈着な判断と行動が鍵
第133回
血液型と性格
第132回
忖度こそ安全マナー
第131回
タイヤ以外、何に触れても事故である
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運転の自動化とドライバー
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「安全神話」は崩壊したか?
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