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交通安全時評

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安全運転管理 あれこれ記 その89 カクテルパーティー効果
交通リスクコンサルタント 小林 實

計器の確認に気を取られていた

 関西空港で先日、管制塔から離陸待機の指示が出ていたにもかかわらず、小型ヘリコプターがうっかり滑走路上に出てしまい、折から着陸態勢にあった全日空機がこれを回避した―という大事故寸前の事態が発生しました。新聞記事によりますと、ヘリのパイロットは離陸待機の指示が出ていたことは承知していたそうですが、計器の確認に気を取られ、自分のヘリが滑走路方向に進入したことに気づかなかったということです。
 「気を取られた」という心理現象は、注意が計器の動きに集中しすぎていた、もしくは計器に対する「注意水準」が過度に高かったことを意味しますが、ヘリのパイロットであれ、車のドライバーであれ、常に適切な注意水準を保つことが要求されます。
 ここでの問題は「注意の選択性」にあります。この場合、管制官からの音声指示がメインの選択対象であるにもかかわらず、目のほうが計器を追ってしまい、そちらのほうが注意の対象として選択されてしまったわけですが、このような「ついうっかり…」というミスは、注意配分の不適切さが主な原因です。

両方に、同時に注意を向けることは難しい

 「注意の選択性」について、わかりやすい例を挙げましょう。大勢の人が集まる立食パーティーなどでは、人の話し声がウオーンと響いていて、ようやく近くの席の人とだけ会話ができる状態です。ところが、たまたま別の席で話している会話のなかに自分の名前が出てきたりとか、何か自分も関心のあるテーマの話であったりしますと、そちらに注意が向きます(選択されます)。こうなると、近くの席での会話は上の空となり、話の内容はつかめなくなります。つまり、注意が遠くのものに集中し、こちらは意味的な処理がなされます(話の内容がわかる)が、近いほうの話は、視覚や聴覚を通じて目や耳には入っていますが、単なる物理的情報処理(雑音)がなされるわけです。
 こうした現象を、心理学者のチェリーは「カクテルパーティー効果」と呼んでいます。「注意」というのは、ちょうどスポットライトのように一点を明るくして、対象を浮かび上がらせますし、移動して照らす場所を変えるのです。
 ヘリの件に話を戻しますと、管制官からの音声による警告は、物理的にはパイロットの耳に届いていたはずですが、計器に対して集中的に注意が向けられていたため、意味的な処理がなされなかった―と考えられます。アメリカ映画を見ているとき、英語の音声に注意を集中すると、日本語のテロップは目に入っているのに判読できない―というのも同じ理屈で、この現象は、視覚からの情報と聴覚からの情報の両方に、同時に注意を向けることは難しい―ということを証明しています。

「選択的注意」と「集中的注意」

 さて、管理者の皆さんは、朝礼などでドライバーに「歩行者の動静に注意して運転するように」とか「脇見などで注意をそらすことのないように」といった指示をされることが多いのではないでしょうか。ドライバーも、ごく当たり前の話だと思って聞いています。
 確かに、運転行動において、注意を絶えず一定のレベルに保つことは重要です。しかし、単調で刺激の数があまり多くない高速道路のような場所や、車や人で混雑している都市部など、運転環境は千差万別です。そして、「注意する」という心理状態は、基本的には「見る」「聴く」「触れる」といった知覚対象がなければ成立しません。つまり、うとうと居眠りをしていてハンドルを握っているような状態では、ただなんとなく刺激が目に入ってくるだけで、必要な情報の抽出はまず無理です。
 そこで、適切な運転操作を行うためには、自分の意志で、あるレベル以上の注意水準を保つとともに、千差万別の運転環境のなかから、自分の運転行動に関係する重要な情報を拾い出し、それに対して選択的に注意を向ける「選択的注意」と、そこからごく短時間それに集中する「集中的注意」を行う必要があります。
 多くの場合、運転中は前方の道路の状況に注意を向けていますが、前方だけに注意を向けていると、視野の周辺にある見通しの悪い交差点などを見落とし、急にとび出してきた自転車の発見が遅れる危険がありますので、「集中的な注意」だけでなく、「分散的な注意」も重要になります。

歩きながら、運転しながらのスマホは危険

 最近、携帯電話やスマートフォンが普及し、電車に乗るとほとんどの人が夢中になって画面を見ています。これは注意の集中状態であり、周囲の状況はいわば「周辺視」の状態になっています。電車に乗っているときはまだよいのですが、ホームを歩きながら、階段の昇り降りをしながらスマートフォンを利用すると、衝突や転倒のリスクが増加します。
 運転中に携帯電話やスマートフォンを使用した場合も、これとまったく同じ状態になります。話に夢中になると、どうしても前方の情景は付加的になり、対応にミスや遅れが生じます。ハンズフリーなら大丈夫だろうと思うかもしれませんが、見ている前方の情報の取得に遅れが生じることが判明しています。運転中は、雑談や携帯など他からのノイズを排除し、常に注意水準を適当な高さに保つことで、交通環境に対応する必要がありましょう。

 

筆者プロフィール

小林實(こばやし・みのる)

 1959年慶應義塾大学大学院修士課程修了。警察庁入庁、科学警察研究所勤務。同研究所 勤務の間、米国厚生省訪問研究員、フィリピン大学交通訓練センターでの教育指導などに従事。1989年交通部付主任研究官を最後に退官後、(株)損害保険ジャパン顧問、(財)国際交通安全学会顧問、主幹総合交通心理士。現在、交通リスクコンサルタントとして活躍。
 『運転学のすすめ』『安全への視点』『運転の構図』『あんぜんかわらばん』『クルマ社会の安全管理』『なぜ起こす交通事故』など著書多数。当社からは『安全運転管理のスタンス』『安全運転管理の心理学』を発行。  

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