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交通安全時評

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安全運転管理 あれこれ記 その88 指差し称呼
交通リスクコンサルタント 小林 實

ヨーロッパでは行われない「指差し称呼」

 最近、BSテレビ番組のなかで人気が高いのは、海外旅行番組ではないでしょうか。ことにクルーズ客船や鉄道の旅は人気があるようで、こうした番組を見ただけで現地に行った気分になる―という人もいるようです。飛行機で現地までひとっ飛びというのは、スピードを重視する時代的なニーズでありましょうが、これはあくまでも点から点への移動にすぎず、その間は空白なものといえます。これに対し、鉄道の場合は点と点を線でつなぐ、さらにそれが面にまで拡大する要素がありますから、視聴者の想像力をいやがうえにも高めるのでしょう。
 鉄道の旅が放映される際に必ず出てくるのは、運転席の様子です。一部の高速鉄道を除いてスピードが比較的ゆるやかなことから、ここから見た風景はなかなか絵になります。運転士のほとんどは、日本と違って制服も着ず、シャツ姿のラフな格好で運転しています。日本ではJRや私鉄を問わず、運転士が盛んに「信号よし」、「出発進行」などと大声を出しながら指差ししているところをよく目にしますが、ヨーロッパなどでは、この「指差し称呼」のようなものは行われていません。
 日本での「指差し称呼」は明治の終わりごろ、旧国鉄の蒸気機関車を運転する際、運転席から信号が見にくかったことから、信号を確認するために始まったようですが、その後、安全チェックの方法として鉄道に定着した―と言われています。

指を差すしぐさは非礼

 こうした安全確認のための「指差し称呼」は、なぜヨーロッパでは行われないのでしょうか? というよりも、なぜ普及しないのか、その理由を少し考えてみることにします。
 指を差すしぐさというのは、もともとヨーロッパでは非礼なこととされてきました。かつてパリのブランド店で、日本人の客が棚の上にある欲しい商品を指差して店員に訴えるしぐさは、あちらでは奇異に映ったようです。物に対する指差しでも奇異なのですから、ましてや人に向けて指を差すことは、よほどの場合を除いてないと言ってよいでしょう。陸上100メートル走の世界記録をもつウサイン・ボルトが「勝利のサイン」として指を空中に向けて差すことがありますが、その相手は天空であって、人を差しているのではありません。
 日本では、人を差すときの指を「人差し指」と呼びますが、ヨーロッパやアメリカでは呼び方が違います。英語では「フォアフィンガー(forefinger)」もしくは「インデックスフィンガー(index finger)」と呼び、そもそも「人を差す」という意味がありません。フォアフィンガーとは「第一位の指」という意味ですが、ご自分の手を見ると、親指だけが他の4指と離れて独立している感じがしませんか? 英語には“four fingers and a thumb”という表現がありますが、つまり、親指は他の4指とは別の存在である―と英語圏では考えられているようです。
 外国人は、4本の指を握って親指を立てるしぐさをよくやりますが、これは、自分はOKだとか、満足だといった意味です。逆に、立てた親指を下に向けるのは、反対や失敗を意味します。つまり、親指というのは自己主張のシンボルなのです。
 日本ではおなじみの「KYT(危険予知訓練)」でも「指差し称呼」が行われますが、KYTの発祥地であるベルギーでは「指差し称呼」は行われていません。何かに対して指を差す―という行為は、欧米の人にとって心理的にやりにくいのかもしれません。
 そもそも、彼らの発想の根底には「機械に頼る安全文化」があり、わが国においては「人に頼る安全文化」がある―という根本的な違いがあります。確かにヨーロッパは異民族の集まりですので、人に頼りきれない文化なのでしょう。一方、日本は単一民族であり、人に依存できる文化といえます。欧米の人に多い「おれたちは機械を信用している」という考え方からすれば、日本の「指差し称呼」はナンセンスなのかもしれません。

「指差し称呼」で防げた列車事故もあったのでは…

 ところで、このところヨーロッパでは鉄道事故が頻発しています。7月12日にはフランス・パリ近郊で在来線の特急が脱線して7人が死亡、30人が負傷した事故がありました。また、24日にはスペインの高速鉄道で、本来は時速80キロで通過するカーブに倍以上のスピードで突っ込んで脱線・転覆し、79人が死亡、140人以上が負傷した―という事故が起きていますし、さらに29日には、スイス西部で普通列車が正面衝突し、運転士が死亡、35人が負傷した―という事故も起きています。
 フランスとスペインの事故原因としては、高速鉄道網の急速な整備や、それに伴う在来線の老朽化が指摘されていますが、スペインの事故については、事故直前まで運転士が車掌と電話をしていたことから、電話で注意力が散漫になっていた―などの人為的なミスも取りざたされています。
 それだけに、もしヨーロッパでも日本と同じような「指差し称呼」が行われていたとすれば、防ぐことができた鉄道事故もあったかもしれない…と思えてなりません。

 

筆者プロフィール

小林實(こばやし・みのる)

 1959 年慶應義塾大学大学院修士課程修了。警察庁入庁、科学警察研究所勤務。同研究所 勤務の間、米国厚生省訪問研究員、フィリピン大学交通訓練センターでの教育指導などに従事。1989年交通部付主任研究官を最後に退官後、(株)損害保険ジャパン顧問、(財)国際交通安全学会顧問、主幹総合交通心理士。現在、交通リスクコンサルタントとして活躍。
 『運転学のすすめ』『安全への視点』『運転の構図』『あんぜんかわらばん』『クルマ社会の安全管理』『なぜ起こす交通事故』など著書多数。当社からは『安全運転管理のスタンス』『安全運転管理の心理学』を発行。  

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