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交通安全時評

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クルマは今日も走っている ノンフィクション作家 矢貫 隆 第87回 今は取り締まりについて議論するよりも事故死者激減の謎を早急に解明することが大切だ

冷静な目で騒ぎを眺めてみると…

 ボクはけっこう呆れているのだけれど、古屋圭司国家公安委員長の、あの発言が物議を醸しているようなのだ。
“あの発言”とはつまり、6月4日の記者会見の場で「危険性がない道路で、制限測度を20キロオーバーしたことで取り締まりの対象になるのは疑問」と言ったとかいう例の件である。
 年間の交通取り締まり件数(700万〜800万件)から推測すれば、日常的に自動車を運転するドライバーのうちの何割かの人が一度や二度は交通違反キップを切られた経験があると言ってもいいわけで、つまり、事が事だけに、問題発言の主が警察庁を所管する国家公安委員長となれば、話が大きくなって騒ぎになるのは当然の成り行きだった。ためしに「国家公安委員長」とか「取り締まり」をキーワードに検索してみるといい。ネット上には賛否の意見やら関連報道が、想像どおり山ほど現れてくるから。ただし、冷静な目でそれらを眺めてみると、問題がまるで本質からずれているのに騒ぎばかりが大きくなってしまっている事実に気がつくことになるだろう。
 話の成り行き上、この問題をめぐる一連の流れを要約しておくと、「20キロオーバー」発言が物議を醸し、すると国家公安委員長は、おそらく事態収拾のためだろうが、交通取り締まりの見直しに向けたプロジェクトチームを発足させることになった、となる。
 実は、ボクが呆れ気味なのは、と言うより、本当は少しばかり心配しているのは、このあたりの話なのである。つまり、プロジェクトチーム発足に至った、理屈である。
 どういうことか?

ちょっと見は、いかにもそれらしいが…

 古い記憶を思い返してみると、政治家とか警察の偉い人とか、とにかく影響力のある人物が「交通取り締まりには問題が云々」を口にして大きな話題になったというのはずっと昔にも何度かあった。ただ、今回は「20キロオーバー」発言のなかで、古屋国家公安委員長も「取り締まりのための取り締まりになっている傾向が」とは言っているけれど本当に言いたかったのは「事故防止に役立つことが大切」ということらしく、前述のプロジェクトチーム発足を明言した際にも「事故防止に……」を強調したと読売新聞(7月8日付)が書いていた。
 心配の元はこの理屈である。ちょっと見はいかにもそれらしく聞こえるものだから、もしかすると話があらぬ方向に進んでしまうのではないかと気になってしまうのだ。
 もちろん、交通取り締まりは、そもそも交通安全のために実施されるものなのだから「事故防止に役立つことが大切」と言うのは当然ではある。けれど、でもね、とボクは口を挟まずにはいられないのである。国家公安委員長の発言はもちろん、それを報じる新聞の記事を読んでいても思いは同じだ。
 たとえば「取り締まり発言 物議」の見出しを付けて「20キロオーバー」発言を報じた朝日新聞(6月8日付)である。記事中で「速度や取り締まりと事故はどう関係するのか」と書き、こう続けていた。
「岐阜県警が2011年までの5年間の死亡事故を分析したところ、人身事故で死亡に至る確率は40キロ超50キロ以下では2.2パーセントだったのに対し、70キロ超80キロ以下は23パーセントだった。
 交通取り締まりの効果を研究する森本章倫・宇都宮大教授によると、取り締まりを増やせば、事故は減ることが研究で明らかになっている……中略……。
 栃木県真岡市内の国道408号では、最高速度が60キロから80キロに引き上げられた昨年3月の前後1年間の事故件数は1件ずつで変わらないという」
 ほら、ちょっと見は、いかにも、っていう記事になっている。よく読んでみれば「20キロオーバー」発言に対する「賛」「否」と思われる数字や事実を適当に見繕って並べただけ(岐阜県警のデータは事故発生時の速度が高くなるほど死亡率は高くなると当たり前の事実を示し、国道408号のケースは取り締まりとは関係ない規制の問題)でしかないのだが、国家公安委員長の発言やこの種の新聞報道は、いかにも、なものだから気になってしまうのである。

ボクの心配とは…

 ご存じのとおり、交通事故死者数激減傾向の謎について、ボクは本項で何度となく書き続けてきた。
 事故死者数が8千人を下回った2003年(平成15年)あたりからの減少傾向は著しくて、それこそ「あれよあれよという間」に4,411人(2012年)にまで下がったわけだけれど、激減傾向が表れてきた理由は明らかだった。救急医療体制の充実、自動車の衝突安全性の劇的な向上、それを前提としたシートベルト着用の効果、などを筆頭とする、それまでとは違う新たな総合的交通安全対策が講じられての結果だったのである。
 しかし、その後がいけない。
 新たな対策以降も減少傾向は続き、2005年以降は、事故死者数だけでなく交通事故発生件数そのものも減少を続けているのだが、その理由がさっぱりわからないのだ。警察庁は「事故直前速度の低下」とか「悪質・危険性の高い事故の減少」とかを理由に挙げるのだけれど、それだけで減少傾向が続く説明とするのは説得力に乏しい。ましてや「交通取り締まりの効果」で説明がつくはずもない。交通取り締まりによる検挙件数の増減に関わらず、交通事故(死者)は一貫して12年間も減少を続けているのだから。
 では、なぜ!?
 どうしても答えを知りたくて、ボクは、この謎について何度も何度も書いてきたわけである。誰もが「なるほど」と膝を叩いて納得する交通事故(死者)減の背景を、論理的、科学的に解明しなければならない、と。
 だって、なんで減少傾向が12年も続いているのかわからないなんて、そりゃ、やっぱりマズイでしょう。合理的な説明がつかなければ根本的な安全対策は講じられないわけだし、減少傾向が、いつ増加に転じるかもわからないのだから。
 と、こうして交通事故(死者)をめぐるここ10数年の事実や問題点を踏まえたうえで「20キロオーバー」発言に始まる騒動を眺めてもらいたい。
 どう、少しばかり心配になるでしょう。
 早急に“謎”を解明しなければいけないのである。「交通取り締まりと交通事故」の関係で白熱している場合じゃない、のである。

 

筆者プロフィール

矢貫隆(やぬき・たかし)
 1951年栃木県生まれ。龍谷大学経営学部卒。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど多数の職業を経て、ノンフィクション作家に。国際救命救急協会理事。交通問題、救急医療問題を中心にジャーナリスト活動を展開。『自殺─生き残りの証言』(文藝春秋)、『交通殺人』(文藝春秋)、『クイールを育てた訓練士』(文藝春秋)、『通信簿はオール1』(洋泉社)、『救えたはずの命─救命救急センターの10000時間』(平凡社)など、著書多数。

 

 

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第135回
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小学校に通いだす新1年生を守るため、ドライバーが細心の注意を払ってやるのが当然だ
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第60回
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第57回
運転に深くかかわる生体機能の検査を広く多くのドライバーに行うべきだ
第56回
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第53回
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第52回
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第51回
高速道路での走行には、いろいろな落とし穴が潜んでいる
第50回
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第49回
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第48回
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第47回
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第46回
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第45回
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第44回
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第43回
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第42回
タクシーの「安全」「安心」が揺らいでいる、それこそが最大の問題なのだ
第41回
タクシーを運転するボクの目にはいくつもの「小さな危険」が飛び込んできた
第40回
トラック事故が減少している今こそ、事業者によるトラックドライバーの教育が必要だ
第39回
ゆっくり走るのが楽しいハイブリッド車は、結果的に事故の被害を軽減する効果がある
第38回
いっこうに減らないバス・タクシーの事故、その背景にはドライバーの過酷な労働実態がある
第37回
ありふれた交通安全標語みたいだけれど、「油断大敵、1,000円高速道路」とボクは言いたい
第36回
自治体の負担金軽減により、ドクターヘリの普及にはずみがつくことを期待する
第35回
交差点事故の割合が微減している、ここに交差点対策のカギがあるのかもしれない
第34回
交通事故が減少しているからこそ浮き上がってくる課題がある
第33回
高速道路でのトラック事故、その背景に異変が起きるかもしれない
第32回
飲酒運転をする不埒なやからには疑似「怖い体験」をさせるのが一番だ
第31回
路上で倒れ込んだボクの脳裏には救急患者に関するあるデータが浮かんでいた
第30回
自転車もバイクもトラックも互いのあいだにある溝に気がついていない
第29回
客探しに目が向かう空車タクシー、その速度は高すぎる
第28回
無謀運転のスポーツサイクル乗りが今、街で増え始めている
第27回
登録制度と再規制、安心・安全なタクシーは復活するか!?
第26回
高齢者講習には「免許更新のついでの徹底検診」を
第25回
絶大な効果があるAEDも、活用しなければ宝の持ち腐れだ
第24回
「安全な自転車」の開発は自転車の多様化に拍車をかけるだけ!?
第23回
迷走する自転車の安全対策、本当に重要な問題を見極めるときだ
第22回
救急車の安易な利用が増え続ければ「有料化」が現実になるかもしれない
第21回
事故死者をさらに減らしていくために死者激減の「わけ」を早急に解明すべきだ
第20回
街路灯の整備は絶対に必要だけど、現実を考えて自衛しよう
第19回
運賃値上げのない地域にタクシー戦争あり、事故増加につながる危険性
第18回
事故が減るとか増えるとか、昼間点灯だけで交通安全をかたるのは間違いだ
第17回
AEDは救命率向上に大きな効果があるが、使えば必ず命が助かるわけではない
第16回
ツーリング中の中高年ライダーはこまめに休憩をとるべきだ
第15回
いつ発生するかわからない巨大地震にドライバーはどう対処すべきか
第14回
骨抜きにされた「運転者登録制度」では、規制緩和後の「タクシー問題」を解決できない
第13回
多くのドライバーは自転車の特性を理解していない、そのことを頭にたたきこんでおくのは重要だ
第12回
死者激減の原因を合理的に説明できない限り、根本的な安全対策を講じることはできない
第11回
規制緩和それ自体が悪いとは思わないが、そのしわ寄せを運転手に押し付けてはならない
第10回
「ここにAEDがあるぞ」と大勢の人に知ってもらう方策を考えるべきだ
第09回
事故死者数を減らすことは重要だが、それと個人の意思は別問題だ
第08回
自転車の走行環境とルールの整備という問題は、大きなテーマになっていくような気がする
第07回
タクシー運転手を体験した半年間で「稼げない構造」という問題が見えてきた
第06回
理念に沿わない駐車違反取締りは「取締りのための取り締まり」に進みかねない
第05回
飲酒が運転に与える悪影響をドライバーに体験させる必要がある
第04回
高度な機械の導入など、莫大な金をかけて高齢者講習の充実を図るべきだ
第03回
危険で迷惑な違法駐車車両だけに絞って場所も時間も関係なく取締りを徹底すべきだ
第02回
タクシーの現状を改善しようとするなら、運転手の低賃金問題は避けて通れない
第01回
近ごろの無法・無謀自転車問題の本質は、自転車に限らない安全教育の問題なのでは?

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