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交通安全時評

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安全運転管理 あれこれ記 その75 「ハザード」の持つ意味
交通リスクコンサルタント 小林 實

損失を生起・拡大させる要因

 最近は、どこにもやたらとカタカナ表記が目立ちます。安全にかかわる用語でも、「リスク管理」や「モラルハザード」といった言葉がごく普通に使われています。この「リスク」や「ハザード」という言葉を日本語の辞書で引きますと、どうも混同されているようで、いずれも「危険」というように訳されていますが、本来は若干ニュアンスが違います。
 「ハザード」というのは、例えば台風などで倒れた電柱の端にある“電気が流れている電線”のように、危険源や危険の事情(事態)を指します。一方、「リスク」というのは、この電線に触れて感電する可能性、つまり、実際に何かが起きて危険となる可能性のことをいいます。この場合、電線に近づかないとか、ゴム手袋をして作業をすることで、感電のリスクは回避できるわけです。
 以前、この連載でも述べた「ハザードマップ」という言葉は、皆さんにもおなじみかと思います。また、皆さんの車にも「ハザードランプ」というものがついているでしょう。これはもともと、故障など異常事態が発生したときにのみ点滅させる—という決まりでしたが、最近は、高速道路が渋滞しているときなど、本線で減速する際によく使われており、後続車への情報提供の手段として極めて有効です。この場合ですと、「前方が渋滞している」というハザードな状態は、もしかすると「多重衝突」というリスクにつながる可能性があるわけです。
 繰り返しますと、「ハザード」とは、損失を生起・拡大させる要因であり、潜在的に危険の原因となり得るすべての可能性のことをいいます。一方、「リスク」とは、損失の可能性のことをいいます。

病院が混雑する

 これも以前に触れましたが、メンタルな面でのハザードもあります。「モラルハザート」という言葉がそれですが、もともとは保険の用語で、「道義的危険」や「危険な事情」と訳されています。例えば、健康保険や医療保険に入っていると、自己負担額が少なくなるため、診察を受けるほどの病気やケガではないのに病院にかかり、逆に患者数が増えてしまう—という現象は、モラルハザードの一例です。
 また、モラルハザードには、倫理観や道徳的節度がなくなって社会的責任を果たさない—という意味合いまで含める場合もありますが、これは拡大解釈だという批判もあります。本来、モラルハザードという言葉は、人間の心の退行現象、つまり「モラルの低下」として捉えるものです。例えば、ギリシャで深刻化している金融危機などは、「何とかなる」という大衆心理のまま、今までうやむやにしてきたツケが回ったモラルハザードの一つといえるでしょう。

リスクに対する構えの有無が分かれ道

 さて、道路交通の場合はどうでしょうか。交通場面そのものをハザードだとする考え方もありますが、もしそうだとすると、絶えずとび出しあり、ジグザグ運転ありで、運転そのものが極めて困難となります。交通場面でのハザードを、損害の生起・拡大の要因に限ってみるならば、例えば、道幅の狭い生活道路はハザードのレベルが高い場所です。また、ハイスピードのままトンネルに突っ込む—という場面も、見えない暗やみのなかに何かあるかもしれないので、ハザードのレベルが高い状況と考えられます。
 ドライバーは、こうした交通環境のなかから、この場面はちょっと怪しい、ハザード状況である—と自ら認識しながら運転することが必要になります(これを「ハザード知覚」と呼びます)。そして、ハザードのなかから実際に危害を加える、もしくは危害を与える可能性のあるものを検出する、これが「リスク知覚」と呼ぶプロセスです。ここには、個人の持つ感性であるとか、安全に対する意識の強さというものが関係しますから、その結果には個人差が生じます。
 言い換えますと、リスクに対する構えがあるかないか—が分かれ道になります。その交通環境がハザードを含むか否か、もしハザードを知覚したなら、そのリスクを特定する作業を即座に行うことが、ドライバーには求められているわけです。
 追突事故などの当事者になったドライバーは、よく「前を見ていなかった」などと証言しますが、実際には漠然と前を見ていた場合も多いのではないでしょうか。先行する車の存在は認識していた—、しかし、それがハザードのある空間だとは認識しておらず、極めて安易に捉えていたため、事故に至った—というケースも多いのではないかと思います。

 

筆者プロフィール

小林實(こばやし・みのる)
 1959年慶應義塾大学大学院修士課程修了。警察庁入庁、科学警察研究所勤務。同研究所勤務の間、米国厚生省訪問研究員、フィリピン大学交通訓練センターでの教育指導などに従事。1989年交通部付主任研究官を最後に退官後、(株)損害保険ジャパン顧問、(財)国際交通安全学会顧問、主幹総合交通心理士。現在、交通リスクコンサルタントとして活躍。
 『運転学のすすめ』『安全への視点』『運転の構図』『あんぜんかわらばん』『クルマ社会の安全管理』『なぜ起こす交通事故』など著書多数。当社からは『安全運転管理のスタンス』『安全運転管理の心理学』を発行。

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