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最終更新日:2017年8月22日

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交通安全時評

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安全運転管理 あれこれ記 その72 厳しくなるメンタルヘルス対策
交通リスクコンサルタント 小林 實

精神疾患による航空機事故

 「キャプテン、やめてください!」というせりふを覚えておられるでしょうか。これは、乗客166人を乗せた福岡発羽田行きの日航機が羽田沖で墜落する直前に、副操縦士が発した言葉です。ちょうど30年前の1982年2月、着陸寸前に機長がエンジンを逆噴射させたため、機体が前のめりになり、この副操縦士が機長を羽交い絞めにして操縦桿を引いたのでしたが間に合わず、滑走路手前の浅い海に機首から墜落、乗客24人が死亡し、乗員・乗客合わせて149人が重軽傷を負うという大事故が発生しました。くしくもこの前日にはホテルニュージャパンの大火があり、二つの大事故が重なったことから、東京消防庁は大混乱したそうです。
 当時の民間ジェット旅客機は飛行中でも逆噴射装置を作動できる仕組みになっていた—ということも事故原因の一つですが、一番の問題は、機長に「妄想性精神分裂病(現在でいう統合失調症)」という精神疾患があったことです。日航は、以前から機長の精神的異常を把握しながら放任していたそうですが、その責任は大きいでしょう。当日、この機長はフライト中に幻聴に襲われ、それがもとで逆噴射したそうですが、その後、機長は精神鑑定により妄想性精神分裂病と診断されて不起訴処分となりました。現在、その機長が悠々自適の引退生活を送っていると聞くと、ご遺族はやりきれない思いでしょう。
 つい最近、アメリカのジェットブルー機191便の機長が操縦中に異常な行動を示したため、副操縦士が危険を感じ、機長がトイレに行ったすきにコックピットの扉をロックして緊急着陸し、事なきを得た—という事件がありましたが、日航機事故ときわめて類似しています。事もあろうに、多くの人命を預かる機長の精神状態が異常だったことに対して、会社側がしっかりした対応をしていなかった、あるいは、これに気づいていなかった—というのは、非常に深刻な問題です。

企業にとって喫緊の課題

 最近では、様々な形のストレスにより、いわゆる「メンタルヘルス」なるものが注目を浴びています。
 企業においては、労働場面における成果主義や目標管理の導入、上司・同僚・部下などとの人間関係、仕事の質や量にかかわる問題などに伴うストレスの問題が近年大きく取り上げられていますが、これらが個人的な要因、すなわち、性格の傾向などと絡み合ってストレス反応を起こし、さらには、うつ病などの疾病へとつながるおそれがあります。
 メンタルヘルスとは、そうした心の病気そのものを指す言葉ではなく、「心の健康状態」を問う言葉です。精神的健康が保たれている—というのは、単に「病気ではない」というだけでなく、「身体的・心理的・社会的にも健康である」という、より広い、かつ、積極的な概念だといえます。かつては精神衛生(mental hygine、メンタル・ハイジーン)というくくりで、精神病や精神障害の早期発見・治療を主たる役割としていましたが、メンタルヘルスでは、すべての勤労者を対象とした「トータルヘルス」という視点から、心の健康問題を扱うことになります。
 2008年3月には労働契約法が施行され、事業主に対して安全配慮義務が課されるようになり、メンタルヘルス対策は、企業にとって喫緊の課題となっています。

生産性・安全性向上のための投資

 わが国では毎月2,000人を超える人が自殺していますが、働き盛りの30代・40代では、多重債務などの負担が精神疾患につながるケースも多いといわれていますし、過重労働も問題です。
 また、職業ドライバーを抱える事業所では、過重労働に対する対策をきちんとつくり、一人ひとりの健康管理に目を光らせる必要があります。運転労働、ことに長距離運転では、体を酷使しているにもかかわらず運動量は不足しているため、肥満などに陥りやすく、それにより「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」などを患うおそれがあります。このSASは、睡眠中の呼吸困難により大脳が休まらず、睡眠をとっているのに昼間異常な眠気が生じ、居眠り運転を招く危険があります。
 こうした問題を受け、昨年10月、事業者に対して従業員のメンタルヘルスチェックを義務付ける労働安全衛生法の改正案が出されました。その改正案によると、企業の規模によらず、全従業員の精神状態を把握する検査を義務付け、その検査結果は、医師や保健師から従業員に直接通知し、本人の同意を得ずに事業者に提供することを禁じています。また、従業員が希望すれば医師の面接指導を受けることができ、事業者は面接指導を申し出た従業員に対して不利益な扱いをしてはならない—としています。この改正案は、産業医のいない小規模の企業にとって大変厳しいもので、今後、問診の実施から医師による面接指導の進捗管理までをパッケージ化した商品も売り出されるようです。
 ちなみに、IT産業のトップを行くアメリカでは、うつ病治療に年間300億から400億ドルの経費がかかっており、年間労働損失日数は2億日に達するといわれています。これはIT産業という特殊な職種だからかもしれませんが、従業員のメンタルヘルスの悪化は、企業に重大な影響を与え、単に事務能力の低下にとどまらず、ミスや重大事故にもつながりかねません。また、訴訟という事態を招くおそれもあるため、これだけのコストをかけているのでしょう。
 今後は、メンタルヘルスへの投資をコストと考えず、生産性・安全性向上のための投資だと考え、積極的に取り組むことが必要になるでしょう。

 

筆者プロフィール

小林實(こばやし・みのる)
 1959年慶應義塾大学大学院修士課程修了。警察庁入庁、科学警察研究所勤務。同研究所勤務の間、米国厚生省訪問研究員、フィリピン大学交通訓練センターでの教育指導などに従事。1989年交通部付主任研究官を最後に退官後、(株)損害保険ジャパン顧問、(財)国際交通安全学会顧問、主幹総合交通心理士。現在、交通リスクコンサルタントとして活躍。
 『運転学のすすめ』『安全への視点』『運転の構図』『あんぜんかわらばん』『クルマ社会の安全管理』『なぜ起こす交通事故』など著書多数。当社からは『安全運転管理のスタンス』『安全運転管理の心理学』を発行。

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