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交通安全時評

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安全運転管理 あれこれ記 その69 交通での安全マネジメント
交通リスクコンサルタント 小林 實

リスクとハザード

 この世の中にはありとあらゆる無数のハザード、つまり事故の原因となるものが存在しています。1:29:300で有名な「ハインリッヒの法則」の裾野部分にはこれら無数のハザードが広がっており、皆さんよくご存じの「ヒヤリハット」の類もこのなかに入ります。もちろん、ハザードには目に見えるものもあれば見えないものもあるわけで、見えないものを「潜在的ハザード」といいます。
 東日本大震災が発生した3月11日以降は、「リスク」であるとか「ハザード」といった言葉がちまたに飛び交いました。たとえば、津波や大洪水などの被害がどこまで及ぶか、地震による液状化現象がどこに起きやすいか—などを事前に調査し、これを地図上に落とした「ハザードマップ」というものがあります。かつては、こうしたものを開示することにかなり反対意見もありました。人々の恐怖心をあおるとか、これが不安材料になって土地の値段が下がるなどがその理由でしたが、人々にとってリスクやハザードという言葉がより身近になったことから、こうした言葉に対する抵抗感がなくなってきたことは事実です。
 さて、ハザードに対し、そこに何らかの形で人間が介在すると、これがリスクとなるわけです。リスクとは、そこにトラブルが発生する確率のことであり、その人がどれくらい危険かと感ずるか—です。よくいう「リスク管理」とは、こうしたハザードを事前に拾い出し、そこに発生するリスクから災害や事故に至る経路を遮断しようとするもので、仮に不測の事態に至っても最小の被害(コスト)でこれを処理するのがリスク管理の手法だということができます。

危険情報の共有化

 ところで、労働安全の分野では、国際化の波に乗るため、国際基準であるISO9000シリーズ(組織における品質マネジメントシステム)の認証取得に始まり、OSHMS(Occupational Safety and Health Management Systemの頭文字をとったもので「労働安全衛生マネジメントシステム」という)の導入がみられ、以来、労働災害防止に向けていろいろな試みがなされてきました。1999年には労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針が出され、2005年には労衛法が改正され、安全水準の向上を目指し、潜在する危険性を調査し除去するためのリスクマネジメントの一環として、「リスクアセスメント」というものが導入されました。
 この「リスクアセスメント」という管理手法は、リスクを組織的にマネージし、損失の可能性を抽出してリスク低減のための措置を講じ、その効果を評価しようというもので、リスクの度合いを調べることにより、今まで見過ごされていた軽微なリスクをも低減できる—というメリットがあります。いわゆるPDCA(Plan=計画、Do=実行、Check=評価、Act=改善)サイクルを回すプロセスのことをいいますが、要するに、最小限の費用で効果的な処理を行うための管理手法なのです。
 「リスクアセスメント」の手法は、大規模な製造業などではかなり定着してきています。なぜなら、製造業などでは一定の作業現場での定常的な作業が主体であり、ハザードとそれに伴うリスクを特定することが比較的容易だからです。職場全員が参加することにより、リスクに対する感受性が高くなる—といったメリットも見逃せません。
 この管理手法では、リスクのアセス(評価)を行うなかで、リスク低減措置の優先順位をつけるわけですが、法的規制の遵守であるとか、ハード的な対策を優先している点が注目されます。人の行動による低減措置だけではリスクの程度は下がらないとして、むしろこれを「残存リスク」という形で捉えているわけです。

まず現状を把握することが肝心

 一方、道路交通における「運輸安全マネジメント」では、PDCAサイクルを回す手法をとる点は同じですが、公共の場での運転が対象であることから、ハード面の対策よりもむしろドライバーの訓練や教育、ことに現場のドライバーによるヒヤリハットの共有をかなり重視している感じがします。これは、第三者の介入する交通場面でのハザードの特定は難しく、また、その場面がハザードであるか否かは状況に応じて変わるという難しさがあるためです。
 ところで、このPDCAサイクルを回す一歩手前の段階に、「現状把握」を意味する“See(見る)”の「S」も含めたS・PDCAというものが必要ではないかと思います。たとえばバス会社では、社長や幹部が自ら自社のバスに乗るなど現場を見て、果たして乗客の満足度はどうだろうか、運転手本人は気づいていないが、お客にヒヤリとさせているような行為はないか、言われていることがきちんと実行されているか—などを観察することが大切です。そうしないと、このPDCAサイクルを回したとしても、そのスパイラルが上昇するどころか、マイナス方向への下降スパイラルにもなりかねません。
 今や企業においても、将来を見据えた「存続可能性」というものが大きく問われ始めています。100年に一度といわれる世界的な未曾有の大不況のなかで今回の東日本大震災が発生し、自動車産業をはじめ、多くの企業が不安材料に取り囲まれている状況です。この不況を乗り切るために、無駄なものを省こう、できるだけカットできるところはカットしよう—と考える企業も少なくありません。企業では、安全、ことに交通安全となると成果が目に見えにくいこともあって、コスト削減の槍玉に挙がりがちです。しかし、企業の安全管理において、手抜きの結果が現れるのは数年後といいます。つまり、ボクシングのボディブローのようにじわりと効き始め、気がついたときには原状復帰が難しくなっている—というわけです。
 こんな時勢だからこそわたしたちは、「安全文化」を脈々と今日まで継続している、あのデュポン社に学ぶべきではないでしょうか。
 

筆者プロフィール

小林實(こばやし・みのる)
 1959年慶應義塾大学大学院修士課程修了。警察庁入庁、科学警察研究所勤務。同研究所勤務の間、米国厚生省訪問研究員、フィリピン大学交通訓練センターでの教育指導などに従事。1989年交通部付主任研究官を最後に退官後、(株)損害保険ジャパン顧問、(財)国際交通安全学会顧問、主幹総合交通心理士。現在、交通リスクコンサルタントとして活躍。
 『運転学のすすめ』『安全への視点』『運転の構図』『あんぜんかわらばん』『クルマ社会の安全管理』『なぜ起こす交通事故』など著書多数。当社からは『安全運転管理のスタンス』『安全運転管理の心理学』を発行。

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第137回
企業と労働災害
第136回
残酒(のこりざけ)運転
第135回
マナーについて
第134回
沈着な判断と行動が鍵
第133回
血液型と性格
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忖度こそ安全マナー
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タイヤ以外、何に触れても事故である
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レジリエンスと安全管理
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「安全神話」は崩壊したか?
第110回
新人教育のヒント
第109回
自動運転を考える
第108回
再び問われるメンタルヘルス
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ハイタクと安全管理
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何を認知するのか?
第105回
交通安全標語の変遷
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なぜゴリラは見落とされるのか
第103回
10年後の交通を読む
第102回
若者との接し方 指導教官の話から
第101回
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第100回
異常気象と安全運転管理
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どうする物損事故
第98回
ミラーの効用
第97回
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第96回
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第95回
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第94回
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第93回
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第92回
交通違反の悪質性
第91回
見える化
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ハインリッヒの法則の逆読み
第89回
カクテルパーティー効果
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金魚のフン
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仮眠と過労
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第71回
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第70回
多発するトレーラー事故〜プロドライバーの資質を問う
第69回
交通での安全マネジメント
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第67回
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第66回
北欧・コペンハーゲンの自転車道
第65回
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