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最終更新日:2017年10月12日

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交通安全時評

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安全運転管理 あれこれ記 その65 無事故が続いていたら...
交通リスクコンサルタント 小林 實

日本はどのように変わったか?

 こういう想定はいささか不見識かと思いますが、仮に、3月11日の大地震とそれに伴う大津波の影響を大きく受けず、福島第一原発があのような異常事態に陥らなかったとしたら、日本はどのように変わったでしょうか? もちろん、想像を絶する今回の地震と津波は自然のなせる仕業ですから、これは人間の力ではどうしようもありません。しかし、原発のほうはというと、大地震の揺れや大津波の影響は何らかの形であったでしょうが、その後の二次災害などを見ると、「人災」の部分が大きいように思います。
 仮に、最悪の事態である「メルトダウン」が回避されたと想定してみましょう。日本の原発の安全性は高い―という認識がますます深まり、結果的に人々は節電・計画停電などを経験せず、日本がこれほどまで原発に電力を依存していることなどお構いなく、電気の恩恵を享受していたことでしょう。薄暗い繁華街もなく、自動販売機の照明も明るいままだったでしょうし、書店の店頭には大震災や原発・放射能に関する書物が今ほどには並んでいなかった、いや、むしろないに等しかったといってよいでしょう。
 東京電力のテレビコマーシャルも、相変わらず家庭の「オール電化」を促すものが流されていたに違いありません。放射能による避難指示などもなかったでしょうし、放射能汚染など想像もつかなかったでしょう。原発推進派はますますその勢力を強め、脱原発派は片隅に追いやられていたと思うのです。

現状維持で大丈夫…と過信

 一歩譲って、仮にあのような想像を絶する大津波ではなく、ある程度の津波がきて、福島第一原発の被害が軽微だったとすると、東電や原子力安全・保安院は「安全性に万全を期していたので、今回の危機を乗り越えられた」と胸を張っていたに違いありません。そして、防備体制を強化するのではなく、現状維持で大丈夫だ―という自信(過信)を深めていたに違いありません。しかしそれは、いずれくる可能性の高い大災害を後世に先送りした―、寺田寅彦氏の言う「大災害は忘れたころにやってくる」「災害はますます進化する」という二つの格言を、未来に先送りしただけのことです。
 今から25年前にチェルノブイリの原発事故が起きた際、わが国の原発担当の行政部門は、誇らしげに「わが国の原発の稼働状況はきわめて良好であり、いまやそれは世界の認めるところ」と自負(と過信)に満ちた声明を出しています。これが、その後の原発の“安全神話”なるものにつながり、以来、原発のもつ巨大なリスクを覆い隠す便利な「電力」という効用に目を奪われてしまった―といえるでしょう。
 物理学者の伏見康治氏は、原発が生活の一部となり慣れっこになることが一番怖い―と言っています。テレビにもよく登場した原子力安全委員会の斑目(まだらめ)委員長は「長年、技術を過信するあまり、原発に対する安全行政はおろそかになっていた。事故は回避できるという自信のほうが強くなり、規制をより強くしようとするDNAが育たなかった」といみじくも言っていますが、何をいまさら…という感じです。
 日本の原発に対する「安全ボケ」を、3月11日の大災害が目覚めさせてくれた―と言うにはあまりにも大きな代償を支払ったわけですが、これを、大自然からの「啓示」として受け止めることはできないでしょうか。もちろん、こうした大事故は起こってほしくありませんし、起きないに越したことはありません。ただ、被災された方々に対しては大変不謹慎な言い方になりますが、もし今も平穏が続いていたとしたら、そして原発に対する意識や安全対策が何も変わらないままだとしたら、その負荷は将来に持ち越され、時間の経過とともに負荷は着実に増大し、ひとたび大地震が発生したならば、今回以上に被害が拡大するであろうことは明らかです。

無事故が続いているときこそ警戒を…

 ところで、原発事故に比べ、交通事故というものはごく日常的な出来事であり、かつ被害の拡大は小規模ですが、「事故のリスク」という点に関しては同じです。こちらは、原発のような多重防御の複雑なシステムではなく、極めて単純で、かつ人間サイドがより積極的に安全に関与することを要求するものです。交通事故の防止は日常的な課題ですが、常に備える態度と緊張感をもって対処すれば、事故のリスクを最小限にとどめておくことができるはずです。
 「事故ゼロ」を続けておられる企業はたくさんあるでしょうが、自分の会社は皆の力で今日まで無事故で過ごしている、社員を信頼しているから大丈夫だ―というトップの方のいわば安全神話といいますか、慢心があるとすれば、それは今回の原発事故における東電の体質と同じではないか…と考えられます。
 リスクには、バイアス(思い込み・先入観)がついてまわります。たとえば、過去の業績が良く、事故が起きていない企業では「うちの会社は絶対事故が起こらない、安全だ」というバイアスが生じやすくなります。あと1ヶ月で無事故記録が1年間持続する―といったときなど、いわばゴール(目標)に近づいたときにも一種の緊張というか、達成させたいという異常心理が働きます。これもリスクのバイアスの一つです。無事故が継続している場合にこそ「これは警戒警報だ、イエローカードだ」という意識を忘れないよう、会社のトップは心がけたいものです。

 

筆者プロフィール

小林實(こばやし・みのる)
 1959年慶應義塾大学大学院修士課程修了。警察庁入庁、科学警察研究所勤務。同研究所勤務の間、米国厚生省訪問研究員、フィリピン大学交通訓練センターでの教育指導などに従事。1989年交通部付主任研究官を最後に退官後、(株)損害保険ジャパン顧問、(財)国際交通安全学会顧問、主幹総合交通心理士。現在、交通リスクコンサルタントとして活躍。
 『運転学のすすめ』『安全への視点』『運転の構図』『あんぜんかわらばん』『クルマ社会の安全管理』『なぜ起こす交通事故』など著書多数。当社からは『安全運転管理のスタンス』『安全運転管理の心理学』を発行。

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