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交通安全時評

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安全運転管理 あれこれ記 その60 稲叢(いなむら)の火 ―防災の伝承を考える―
交通リスクコンサルタント 小林 實

米を犠牲にして津波から人々を守った

 かつて、昭和12年から同22年までといいますから、ほぼ戦時中の約10年間、国定教科書に掲載されていたので、かなり年配の方なら記憶にあるかと思いますが、「稲叢(いなむら)の火」という、村人を津波から救った物語があります。これは、今から157年前の1854年(安政元年)に「安政東海地震(マグニチュード8.4)」が発生、その32時間後に襲った「安政南海地震(同8.4)」の際の、紀州藩廣村(現在の和歌山県広川町)での実話に基づいています。
 『「これはただ事でない」と、つぶやきながら、五兵衛は家から出て来た』から始まる物語のあらすじを書きますと…。
 長くゆったりとした揺れ方と、うなるような地鳴りは、老いた五兵衛にとって今まで経験したことのない不気味なものだった。村の高台にある自宅の庭から海を見ると、波が沖へ沖へと動き、岩底が現れていた。これは大津波がくる、一刻の猶予もない…と感じた五兵衛は、大きな松明(たいまつ)を持ち出し、刈り入れたばかりの自分の稲叢(積み上げた稲の束のこと)に火を放った。火は瞬く間に燃え広がり、その火に気づいた村人は続々と高台に集まってきた。そのおかげで、人々は大津波から救われた―というものです。
 真っ暗やみのなかで、この稲叢の火が避難の道しるべになったとも言われています。また、五兵衛は、自分の米を犠牲にして村人を助けただけでなく、その後、私財を投げ打って広村堤防を建設し、これがおよそ90年後に発生した東南海地震・昭和南海地震による津波に耐えて村を救った―とも言われています。

“疑似体験”では不可能

 統計学者として著名な林知己夫氏はかつて、学童に向けた防災教育として重要なのは、単に災害を避けるノウハウの教育だけでなく、物心ついた子どもたちに対して、防災に関する基本的な考えを情緒的に感得させることである―と強調されています(予防時報、153号、1988)。教科書の「稲叢の火」はその好事例の一つであり、原文ではさらに細かい現場の描写もあるため、これを読んだ学童たちの脳裏には、津波の恐怖が深く刻まれたのではないでしょうか。こうした情緒教育の上に、「避難」といった実際の行動が構築される―と考えるべきでしょう。実は、2011年度から小学校の教科書に「稲叢の火」が復活したそうなのですが、その矢先に今回の大津波がきてしまったのは、何とも皮肉なことです。
 調査によりますと、児童にとって、頭から入った防災教育の印象というものは極めて希薄であり、ことに、大人から伝えられる防災に関する情報は内容の伴わないものが多く、避難のノウハウなどは、あまり子どもたちに伝えられていないことが分かりました。教科書から「稲叢の火」のような物語が消えてしまったのには、話が古臭く時代にそぐわない、もっと近代的なものでなければ…という発想があったのかもしれませんし、ハード面でも「津波防災システム」が構築され、さらに言えば、あんな大津波はめったにこないだろう…と、いわば“想定外の事態”と考えたからかもしれません。
 災害を切り抜ける自信は、実体験が伴わないとできないものであり、いわゆる“疑似体験”では不可能です。これまで、三陸海岸の小中学校の生徒に対して献身的に津波防災の指導をされてきた大学の先生は、パソコンなどで大津波のシミュレーション結果を見せても、「わぁ、すごいな!」といった程度の反応で、これは現実にはこないものだという印象のほうが強く、そこが津波防災教育の難しさである―とおっしゃっていました。おそらく東京電力でも大津波のシミュレーションはいくらでもできるのでしょうが、今回の原発事故を見ていると、「100年に1回の事態なら想定外」と判断した…としか思えません。

将来に語り継いでいく義務

 不謹慎な言い方かもしれませんが、地震のたびにテレビやラジオを通して当局が出す津波警報や注意報に対して、人々がマンネリ化していたことも避難に遅れを生じさせた一つの原因ではないでしょうか。情報を出す行政と、それを受け止める国民とのあいだの温度差は、ちょうど「狼少年」の寓話、つまり「狼がくるよ!」と触れ回る少年の言葉に、最初はあわてて避難していた村人たちも、それを何度か繰り返しているうちに、少年の言葉を信じなくなった…という話に何となく似ていないでしょうか。近年は、津波警報や注意報が発令されてもせいぜい数十センチという観測結果が多く、過去に「三陸津波」を経験した人たちでさえ、津波に対しては、ある程度楽観視していたのではないでしょうか。
 「高き住居は児孫の和楽 想へ惨禍の大津浪 此処より下に家を建てるな」という石碑が、岩手県宮古市重茂(おもえ)半島姉吉地区の海抜60メートル地点にあるそうです。明治29年と昭和8年の三陸地震で大きな被害を受けた先人が、ここより低い場所は津波に襲われる危険がある―という教訓を石碑にして残したわけですが、これが今回の大津波でも生きました。
 “Don’t learn safety by accident”とは、安全の分野でよくつかわれる標語です。これは「事故から学ぶな」とか「事故防止は泥縄式であってはならない」という意味ですが、自然災害においては、過去の大災害から学ぶことは多いはずです。先人の残したものを語り継いでいく、そして、今回の大地震と、それに伴う津波による大きな被害を将来に語り継いでいく義務が、我々にはありましょう。

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血液型と性格
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