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最終更新日:2017年4月24日

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交通安全時評

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安全運転管理 あれこれ記 その55
交通リスクコンサルタント 小林 實

生存を知らせるメモ

 今、東京に建設中のスカイツリーは「武蔵の国」をもじって634メートルの高さになるのだそうですが、これとほぼ同じ高さ(深さ)に相当する地下から作業員33人が無事生還した救出劇には、全世界の関心が集まりました。何しろ、チリのサンホセ鉱山という無名に近い場所からのテレビ生中継でしたから。
 2010年8月5日に発生した坑道の崩落によって作業員が地下に閉じ込められ、その69日後の10月13日に全員が無事救出されたわけですが、過去の落盤事故を見ても、これだけ地下深く、ましてや数日間分しか保存食料もないという状況下では、作業員の生存は絶望的であり、下手をすればこの33人は見捨てられていたかもしれません。ところが8月22日、地下700メートルにある避難所までドリルで細い穴を掘ったところ、ドリルの先端に生存を知らせるメモがくくりつけられていたことから、一転して救出作戦の開始となったわけです。救出に使われたカプセルが「フェニックス(不死鳥)」と命名されたのも、奇跡の生還を願ってのことでしょう。この「フェニックス」というのは、エジプト神話に出てくる霊鳥のことで、アラビア砂漠に住み、500年ごとに自ら積み重ねた香木を燃やして焼死し、その灰のなかから若い鳥の姿になって生まれ変わるという、いわゆる“不死の象徴”なのです。

過去にも落盤事故が発生

 チリは、200年以上も前から金や銅などを産出する歴史的にも有名な鉱業国で、約4,000もの鉱山があります。チリの鉱山は老朽化したものも多いのですが、IT時代の到来によって世界的に銅の需要が増加したため、危険な労働環境で掘り続けているのが実情であり、2009年には落盤事故などで計443人が死亡しています(アメリカには約8,000の鉱山がありますが、事故は極めて少ない)。
 救出劇の舞台となったサンホセ鉱山も、2005年から2007年にかけて労働監督局が閉山を決定したものの、2009年には操業再開が許可されました。しかし、サンホセ鉱山では過去04年と07年にも落盤事故が発生しており、それぞれ1人の犠牲者が出ています。これらの事故は、増産の効率を目指した会社が、99年に螺旋状の坑道直径を狭め、急傾斜にしたために地盤が緩んだことが原因とも言われていますが、事故の再発は十分に予見できたにもかかわらず、放置されていました。そして、それほどリスクが高いことを承知のうえで、職を求める鉱山労働者も集まってくるのです。

リーダーの存在

 ところで、地下に隔離された状況での人間の心理・生理状態はどんなものなのでしょうか。過去の実験で得られたノウハウは、あまり役に立たないのではないか…という気がします。というのも、実験ですと、それが終われば解放されることがわかっているわけですし、死に直面することもありません。また、宇宙空間での長期滞在にしても、多少のリスクはあるものの、ミッションが終われば地上に帰ることが保障されているわけです。過去に地下空間で行われた隔離実験でも、これほど多くの人が動員されたことはまずなかったでしょうから、多数の人間関係といった、いわゆる社会心理学的見地からの問題も多かったのではないでしょうか。
 「鉱山で起きたことは鉱山に置いてきた」というのが、救出された作業員の合言葉だそうですが、当初、限界状況に置かれてパニックに陥った作業員たちが、自暴自棄的な行動に出たことは容易に想像できます。皆がそれぞれ「自己保存」といいますか、自分さえ助かればいいという発想から勝手な行動に出た―とも言われています。なにしろ、閉じ込められた地下空間は気温30度以上、湿度90%という高温多湿だそうですから、まさに地獄のような生活環境です。幸い、バッテリーなどの補助電源によって明かりは確保され、暗黒での生活は免れました。そして何といっても、作業員を束ねられたリーダーの存在が大きかったのでしょう。全員を三つの班に分け、サブリーダーのもと、時間に従った団体行動を強いたことが、「助かる」という希望(エスペランサ)の動機づけに役立ったに違いありません。
 地下で30人を結束させるリーダーシップは、地上で300人をまとめるのに匹敵すると言われています。こうした環境では、暇にさせず、皆が一致して作業に集中することが効果的だったようです。それに加え、リーダーが、高い相互作用能力を持っていたことや、作業員一人ひとりの価値を高める方向に動いたこと、「助かる」という目標に向かって高い動機づけの役割を果たしたことも大きかったのでしょう。
 そして、作業員の結束を高めたもう一つの理由として、「宗教の力」が挙げられるでしょう。チリはキリスト教徒がほとんどで、しかもマリア信仰の強いカトリックです。宗主国であるバチカンからはるかに遠い国ほど宗教心が厚く、古くからの宗教行事が今でも続いています。これは、筆者が以前滞在していたフィリピンでも同じです。偶然とはいえ、作業員のなかには牧師もおり、聖像を掲げた礼拝所を作って、皆が救出への祈りを込めたのでしょう。

救出劇の陰にある問題

 いずれにしても、今回のドラマのような救出劇、それ自体は感動ものですが、その陰には、「生産第一」として安全は無視されていた労働環境と、行政のずさんな労働管理といった問題があることを忘れてはなりません。世間があまりこれを美化しないことが大切でしょう。当然ながら、これは鉱山に限ったことではなく、企業の安全管理においても「安全第一」が鉄則であることは言うまでもありません。

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第130回
現場の声を聞く
第129回
運転の自動化とドライバー
第128回
人類は変化を続けている
第127回
眼の動きを捉える
第126回
プロアクティブな安全管理
第125回
次世代に向けた安全管理
第124回
思い込みの心理
第123回
これからの交通社会は?
第122回
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第121回
レジリエンスと安全管理
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トンネルのリスク
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突然死のリスク
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バスの暴走
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オアフ島と交通渋滞
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自転車事故と保険
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感電のリスク
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「安全神話」は崩壊したか?
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自動運転を考える
第108回
再び問われるメンタルヘルス
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ハイタクと安全管理
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何を認知するのか?
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交通安全標語の変遷
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なぜゴリラは見落とされるのか
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若者との接し方 指導教官の話から
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