■夕暮れ時
北国で雪が降り始めるころから、夕暮れの時間帯はすっかり短くなって、たちまち夜がやってくるようになる。困ったことに、この短い夕暮れの時間帯に人身事故が多く発生している。また、全国で死亡事故が減少傾向にあるなかで、高齢者の死亡事故は際立って多くなっており、全年齢層に占める65歳以上の犠牲者は実に4割を超えているという。
また、警察庁の2005年の事故データによると、30〜60歳代の1万人当たりの事故死者数は0.4人であるのに対し、70〜74歳では1.0人、75〜79歳では1.3人、80〜84歳では1.6人と、年齢が上がるほど多くなっていることがわかる。高齢者を交通事故から守るには、どうすればいいのか。被害者と加害者、人と車の双方から防衛策を探り出さなければならないだろう。
■「老い」の始まり
いったい「老い」はいつから始まるのだろうか。明確な基準があるわけではない。一般的には、成人病とされる症状が広く見られるようになる年齢から─と考えられるが、それを受け入れるかどうかには個人差があるので、なかなか線引きは難しい。
運動能力が加齢とともに低下していくのは確かで、日常生活のなかで不自由さを感じることが多くなると、歳のせいかな…と「老い」を認めざるを得なくなってくるが、やはり、これで決まりということではない。また、男女差はあるのか─などと考えていくと、ますます複雑微妙になってくる。
また、そうした「老い」が車の運転とどうかかわるのか─、単純な能力測定では答えが出せないが、統計的に「高齢者事故」多発の状況が客観的な数値で示されている以上、まずその原因を明らかにしなければならない。
では、高齢者はなぜ、事故に巻き込まれやすいのだろうか。横断歩道を横断中の高齢歩行者を想定してみよう。時刻は夕暮れ、日没直前で上空にはまだ輝きが残っている感じのころ。交通量は多くはない市街地の交差点である。高齢歩行者は、信号が青であることを確かめてから歩き始める。よく見られる光景である。
こうした場面で、高齢歩行者は、「まだ周りには十分な明るさが残っているし、信号交差点周辺の灯火類と相まって、自分の姿は十分に目立っている(ドライバーからも見られている)」と、当然のこととして思い込んでしまう。
しかし、高齢者は、どちらかというと地味でくすんだ色の衣服を身に着けていることが多く、建物の影などに溶け込んでしまいやすいということに気づいていない。白や黄などの明るい色に比べて、暗い色は夕暮れの色に埋没しやすい、ということをほとんど気にかけていない人が多いのだ。
したがって、右左折車が目前にきているのにもかまわず、横断歩道を強引に渡り切ろうとして、取り返しのつかないことになってしまう。つまり、ひとりよがりの思い込みで行動して、実際には、自分がドライバーから見えにくくなっているということを考えようともしなかったのである。
■無意識の領域
高齢歩行者が交通事故の犠牲者になりやすい最大の理由は、身体機能の低下のため、とっさの場合に機敏な動作ができないということだが、立場を変えて、高齢者がドライバーとなった場合、歩行者に対して安全な操作が実行できているか、という安全運転能力をチェックすることは難しい。
特に夕暮れ時には、人によって差異はあるが、視力は3分の1程度まで低下するといわれている。また、眼の「老い」の象徴ともいえる白内障は、早い人では40歳代から始まるそうだ。白内障は、眼の水晶体が白濁する病気で、強い光を受けると乱反射を生じてまぶしいと感じるが、病状がよほど進行しなければ自覚しにくい。だから、少しおかしいと感じたら、早めに検眼すべきだ。
それはさておき、「明るさの相対性」についてご存知だろうか。ドライバーの視線は、あたりが暗くなり始めると、無意識のうちにより明るいほうへと向こうとする。逆にいうと、気づかないままに暗いところから目がそれてしまい、暗がりにある重大な情報を見落としてしまうというようなことが起こってしまうのだ。
同じような理屈から、まだ上空に夕暮れの輝きが残っていると、もう暗くなりかけた地表も明るいと錯覚してしまい、黒っぽい服装の高齢歩行者をあっさりと見落としてしまうことがある。この場合の「見落とし」のメカニズムを詳しく説明すると、自分の進路上のさまざまな灯火を眼にした時点で、光の連続性による運転視界を構築し、前照灯の外縁の見えない空間を視界から切り捨ててしまっているということである。
これらはすべて無意識の領域で完了しており、ドライバー本人はあくまで安全はきちんと確認した、と思い込んでいる。ここに、同じような事故が繰り返される原因が潜んでいると考えられる。この無意識の領域をチェックし、ドライバーに再確認することを警告するシステムが開発されたら、おそらく交通事故件数も死傷者数も半減するだろう。
■「強者」の主張
ところで、「車はすぐには止まれない」という標語は、静かな説得力がある佳作だと思うが、このフレーズがふさわしい場所は、人と車の接点が多い交差点とその周辺ということになるだろう。交差点では、人と車の双方が「よく見る・よく見せる」ことによって注意力を高め、特にドライバーは、交通弱者とされる高齢者に対していたわりの気持ちを込めて、夕暮れ時の早め点灯を日ごろから心がけることが大事である。こうしたマナーは、一般論としては納得しやすいが、実際の交通場面では、エゴをむき出しにした「強者」の主張が露骨に出てしまいやすい。
特に、これからは本格的な降雪の季節である。道路上の雪が解けたり、シャーベット状になって凍りついたりすると、歩行者の足元はおぼつかなくなる。とりわけ高齢者の難渋ぶりは、外からは想像もつかないほどだ。そんな状態なのに、泥まじりの雪解け水をはねかけたり、追い立てるようにホーンを鳴らしたりするのは、許されることではない。マナー以前の問題である。